第3話 ……まあ、なんとなく
「――いつものしようよ」
そう口にする渋谷さんは、きらきらと瞳を揺らしていた。
彼女が家に来る理由の半分がゲームであるならば、あと半分は私と触れ合うこと。触れ合うのがどこまでを指すかと言えば、手を繋ぐことに始まり頭を撫でたり、ハグしたりするところまで。キスとかそれ以上のことはしていない。
なぜこういうことをするようになったのかと振り返ると、初めて彼女が部屋に来た時に抱き着いてきて、それを私が嫌がらなかったからだと思う。女子同士だしこれくらい普通かな、と思っていると、いつの間にか習慣化してしまったのだ。
「いいよ」
頷くと、渋谷さんが私の胸に飛び込んできた。
ぎゅむ、と音を立てて私の胸が圧迫される。
そこまで胸が大きくないので、彼女の衝撃を吸収しきれず肋骨にまで響いた。
密室で抱き合うなんて私たちはいったい何をしてるんだろう、と思うときもあるけれど、もし渋谷さんに「これくらい普通じゃない?」と真顔で言われたら、やっぱりそうなんだろうと考えてしまうと思う。
渋谷さんとこういうことをするのは嫌ではないし、せっかくなら期待に応えてあげたい、という気持ちもある。そのため、渋谷さんにやめてほしいとは言わないし、今のところやめるように言うつもりもない。
ぎゅっと抱きしめてきて、私たちの制服が擦れる音が部屋に響く。
そして彼女の柔らかな匂いが鼻に抜けた。
どの柔軟剤を使ってるのかな、とぼんやり考えていると渋谷さんが口を開いた。
「二宮さんって、こういうことされても全然嫌がらないよね」
「まあ嫌ってほどではないし」
「ふーん。じゃあ胸触られても嫌じゃない?」
そういって彼女は私の胸にぽんと手を置いた。
「嫌じゃないけど、付き合ってないのにこういうことするのは違うかも」
「そういうところはしっかりしてるんだね」
「いいと思う」と手をのけてから、ふたたび私を抱きしめた。
手持ちぶさたになった私の手は渋谷さんの髪に伸びる。
さらさらと零れる髪を一束手にして手の中で遊んでみる。
私より長くて整えられた髪は、照明を柔らかく反射していた。
こういうときに疑問に思うのだけれど、なぜ渋谷さんは私にこれほど関わってくるのだろう。一年生のころから同じクラスだったけど接点はそれほどなかったし、家に来るほどの仲でもなかった。まして付き合うなんて、想像にも及ばないことだった。
でも実際には付き合って、別れて、今はふたりで抱き合っている。
何がどう捻じれて、こんな関係になったのだろう。
「私たちってなんで別れたんだっけ」
ふと尋ねてみると、渋谷さんの腕がほんの少しこわばった。
「……まあ、なんとなく」
そういって渋谷さんは斜め上を見る。
彼女の髪が擦れる音から、顔を上げたのだろうと判断した。
「でも二宮さんが悪いってことでもないから安心して」
「それはよかった」
「……うん」
そういうことだから、と渋谷さんはもう一度抱きしめてきた。
*
「じゃあまた明日ね」
「うん。バイバイ」
抱きしめることに満足すると、渋谷さんは私の家から出ていった。
部屋に戻ると、まだ彼女の甘い匂いが色濃く残っていた。
換気してもよかったけれど、ひとまずそのままにしておく。
渋谷さんの匂いの籠る部屋の中、私は腕を組んだ。
――なんとなく、私はフラれたのか。
付き合ったのもなんとなくだし、別れるのもなんとなくなのは納得だ。
人間の出会いなんてその程度だと思うし。
だけど。だけど、である。
なぜ別れてからも渋谷さんは私とこうも密接にかかわろうとするのだろう。もししていることが普段と変わらないのであれば、付き合ったままでもよかったと思う。私が渋谷さんと付き合ったのは一カ月かそこら。普通がどの程度なのかわからないけれど、別れるにしては早い部類に入ると思う。
そうなってくると、何かしら理由があったのでは、と思ってしまう。
「……まあいいか」
あえて声を出すと、部屋の空気が揺れた。
どうでもいいというわけではないけど、取り立てて気にするべきことでもない。渋谷さんはなんとなくと言ってたし、私が何か悪いことをしたわけでもないのだ。深く考えたとしても確実な答えが得られるとも限らない。
とりあえず先延ばしにしよう、と自分を納得させると胸がすっと軽くなった。
ちょうど玄関から扉を開ける音が聞こえた。親が帰ってきたのだろう。
せめて勉強してるポーズだけでも取っておこうと、鞄から宿題を取り出す。
――私の部屋はまだ、渋谷さんの甘い匂いに包まれていた。




