第2話 親っていつ帰ってくる?
渋谷さんと付き合っていたというのは、私の人生でかなり重要な事実だと思う。
もともと彼女と一年生の頃は同じクラスで、進級してからも一緒のクラスになった。それ以前もたびたび話をしていたけれど、二年生になってからもっと関わってくるようになった。
そして新学期が始まって数週間が経過した帰り道、渋谷さんに告白された。
告白とは言っても、「好きです。付き合ってください」なんて真面目な感じじゃなくて、「付き合おー」くらいの肩の力が抜けていた告白だった。暇だから付き合ってくらいのノリで私も「まあいいけど」みたいな気の抜けた返事をした。
そして先週の放課後に、「やっぱ別れよー」と言われ、「おっけー」と応えて別れることになったのだ。
たしかに恋人らしいことはそれほどしなかったけれど、そんな簡単に前みたいな距離感に戻れるものなのだろうか。
「私たちってさ、もう別れたんだよね?」
「うんうん。先週別れたよー」
他愛のないことであるかのように、隣の女の子は頷いた。
別れることになった理由を渋谷さんから聞いたことはない。
まあ付き合うことになった理由も聞いたことがないのだけれど。
ひとまずまとめると、渋谷さんは私の元恋人ということになる。
そしてさっきから私の手にちょんちょん触れてきて、手を繋ごうとしている。
「それなら手を繋ぐのおかしい気がするんだけど」
「友達とかでも手くらい繋ぐよ?」
そもそも私たちって友だちだっけ、という言葉が喉元まで出かかった。
彼女と外に出かけたことなんて付き合っている間の一度か二度で、食事しただけで終わった。だから私の感覚では知り合い兼元恋人みたいな立ち位置だ。
しかし繋ぐことが嫌というわけではない。
とりあえず渋谷さんの望むとおり手を繋ぐことにした。
彼女の手を取ってぎゅっと握る。
「ありがとー」といって、渋谷さんは笑みを覗かせる。
柔らかい指先が私にぴったりと吸いついてきた。
本当に触り心地の良い手だと思う。ずっと触っていたくなるくらい気持ちがいい。
けれど手を繋ぐ行為が私たちの関係で適切なのかどうか判断がつかない。
それに少しもやもやとしながら、私たちは歩みを進めた。
「どうぞー」
「おじゃましまーす」
手を離してから鍵を開けると、渋谷さんは慣れた様子で中に入っていった。
彼女が家に来ることは意外と多く、付き合う前から家に招いていた。もし相手が異性なら家に入れることのハードルはかなり高かったかもしれないが、渋谷さんだったので、それほど躊躇しなかった。
階段を上って自室へと足を踏み入れる。
「じゃ、ゲームやろゲーム」
鞄を置くと、すぐに彼女は私を急かしてきた。
彼女の目的の半分が、私の部屋にあるゲーム機だった。
詳しいことは知らないけれど、彼女の家にはゲームといった類のものがないらしい。それが理由なのか、彼女の成績はすこぶる高い。意外、と言ったら失礼かもしれないだけど、渋谷さんは二百人中十位前後という好成績を維持している。一方の私は100位付近をふらふらとしてて、学力に関して言えば渋谷さんと雲泥の差があると言ってもよい。
しかし、ゲームになってくると話は変わってくる。
コントローラーを彼女に渡して、私たちは落ちものパズルをすることにした。
4人対戦でふたりはコンピューター。
強さは普通にして、さっそくゲームを始めた。
「またコンピューターに負けた……」
二点先取の三試合目になって渋谷さんの声のトーンが落ちた。自分の画面から目を離すと、彼女の操作するキャラクターがばたんきゅーしている。
「まあ慣れみたいなとこあるからね」
ぐぬぬ、と悔しがる渋谷さんを横目にコンピューターを軽くさばき、私の勝利が決定した。それほどゲームをしているわけではないけれど、初心者の渋谷さんよりは一日の長があるのかもしれない。
「もう一戦する?」
「いや、今日はこれくらいにしとく」
負けた人が言いそうなことを口にして、渋谷さんはコントローラーを私に返してきた。ゲーム類を収納しているかごに放り込んでから、彼女と向き合った。
――渋谷さんと目が合い、部屋の空気がほんの少し温かみを帯びる。
このときを待っていたかのように、渋谷さんは口を開いた。
「二宮さんの親っていつ帰ってくる?」
「いつもだったらあと三十分後とか」
「ふーん」
それならさ、と口にして私の制服をくいくいと引っ張る。
「――いつものしようよ」
渋谷さんの瞳は、柔らかく私をとらえていた。




