第1話 家に行っていいー?
人との出会いというのは一期一会なのだと思う。
何十億人もいる地球で隣の人と出会うことのできる確率ってそんなに高くない。
少なくとも適当にマークしたテストが全問正解だった、というよりは低い。
だから人との出会いは大切にしよう、なんて言うつもりはなくて、私が言いたいのは、人とのつながりは一期一会と言われるくらい希薄なんですよってこと。
――だからこそ、渋谷さんという女の子は特殊だった。
*
「ねー二宮さん、今日の放課後、家に行っていいー?」
昼休みが終わる数分前、自分の席に戻って飲み物を口にしようとすると、可愛らしい女の子がとことこ近づいてきた。
五月中旬という春を抜けた温かな陽気で、その少女は長袖の制服をまくって華奢な二の腕を露わにしている。私も袖はまくっているけれど、まくる折り目が一回分多いから明るい印象が強まっているような気がする。
ミネラルウォーターをどうするか悩み、いったんキャップを閉じる。
「私は大丈夫だけど、今日は親が早く帰ってくるかも」
「全然いいよー」
じゃあ終わったら一緒に帰ろー、と手を振って少女は自分の席に戻り、仲の良い友だちと楽しそうに雑談を始めた。
ペットボトルのキャップを開けて、ミネラルウォーターを傾ける。喉にするすると液体が滑っていき身体の奥に飲み込まれていった。喉がしっとりしてから、キャップを閉めて口元を軽く拭う。
――渋谷さんと私は、別の軸で廻っている。
彼女と教室で話をすることはあるけれど、いつも話しているわけではない。というのも属しているグループが違くって、彼女はクラスの中でも明かるい系のグループで、私は落ち着いた人たちと一緒にいることが多い。
だから彼女と私の関係性は本来、かなり希薄なものになるはずだと思う。
「……もう授業か」
ちょうどチャイムがなり、ぼんやりとした思考が断ち切られてしまった。
とりあえず教科書とノートは準備しないと、と思って引き出しをがさごそしていると先生が入ってきて、すぐに授業が始まった。作業のように板書をノートに落とし込んでいると、いつの間にか授業が終わる。そして起立と着席を繰り返しているうちに授業が終わって放課後になってしまった。
学校生活というのは、あまりにも早すぎると思う。
先生の話を聞いてノートに書き写して、宿題を出されて家で片付けるというサイクルを、私たち生徒は毎日のように繰り返しているわけだ。高校二年生にもなって学校の仕組みについていけてないというわけではないけれど、リズムが合わないなぁと感じることは少なくない。
そんなこと考えていると、机の隅をトントンと指で叩かれた。
「やほー二宮さん、準備できた?」
「ごめん。もうちょっと待ってて」
ちらと彼女を見ると、袖をまくる折り目が一回分短くなっていた。
昼とは違って過ごしやすい温度になっているからだろう。
持って帰らないと困りそうなものだけ鞄に入れて椅子から立ち上がった。
「ちゃんと教科書も持って帰らないとだめだぞー」
渋谷さんが教科書を置いたままにしていることを指摘してきた。
「使わないからいいんだよ」
「使わなくても持って帰るべきだと思うけどなー」
まぁいいけど、と流してくれた。
渋谷さんは私を正道に戻す気なんてさらさらない。
むしろ、私を正道から外れさせた張本人といっても過言ではないだろう。
教室を抜けて階段を下り、玄関で靴を履き替えて正門を抜ける。バス停に待っている人たちの間を抜けて歩き続けると、ひとけが一気に少なくなった。
心地よい風が吹き抜けたタイミングで、渋谷さんは私の手の甲にちょんと触れた。それが何を意味しているのか、私たちの間では明々白々だ。
でも――
「今さらなんだけど確認していいかな」
「んー、なにー?」
教室にいるときと変わらない雰囲気で、渋谷さんが聞き返してきた。
比較的に小さい遊歩道だから車の往来は少ない。
西日が私たちの影をうっすらと伸ばす。
いちおう立ち止まり、一拍おいてから続けた。
「私たちってさ、もう別れたんだよね?」




