第26話 ……セフレ
とても心地の良い朝だった。
カーテンの隙間から漏れる光から察するに今日は晴れ。
冷房がなくても過ごせるくらい、心地の良い空気が流れていた。
うっすらと目を開けると、私の隣には裸の女の子がいた。
まだ眠っているようで、規則正しくすうすうと寝息を立てている。なるべく彼女を起こさないように、ベッドを抜け出してふたり分のパジャマをまたぐ。
そして音を立てないように部屋から抜け出した。
まだはっきりとしない頭で、渋谷さんの家の内装を思い出す。
ここからまっすぐ行くとリビングで、左に抜けるとお手洗いと洗面台。
だから裸の私はまっすぐ進んでから左に抜けた。
ぺたぺたと冷えたフローリングを歩く音はほとんど聞こえない。
そして十歩もしないうちに目的地にたどり着く。
私はすっと顔を上げて、鏡に映る自分の姿を見た。
「……はぁ」
ため息がひとつ零れる。
鏡に映っていたのは、もちろん私。
でも普段と違っていることがあった。
「どうしよ、これ……」
私の身体には、渋谷さんのキスマークが数えきれないくらいついていた。
首筋やお腹あたりに集中していて、服を着ても隠せないところにある。太ももにもいくつかついていて、昨晩のことが現実だと私にはっきり示しているようだった。
――私は昨日、渋谷さんとセックスした。
ただそれだけ。
それ以上でも以下でもない。
言葉にしてみればそれだけなのに、どうして私の気分をここまで重くするのか。
「……もう」
二文字を吐き出して、私はベッドに戻った。
さきほどと同じく物音を立てないように戻る。
扉を開けると、渋谷さんはまだ寝ていた。
数分の間に寝相を崩したらしく、綺麗な胸が露わになっていた。
キスマークひとつついていない綺麗な胸――。
冷えるとよくないからと渋谷さんに布団をかけてから自分の服を拾って、すぐにその場を後にした。
リビングのソファに服を放り投げて、ソファに身体を沈み込ませる。
布製のソファが身体をやさしく包み込む。
天井を見上げても、目に入ってくるのは無機質な模様。
何の変哲もない、つまらない天井。
テレビに反射する裸が気になってソファに着地した服を手に取って着替えた。
さっきまで気持ちよかったソファなのに、薄い布地が挟まったせいでもどかしい。でも服を着たおかげで安心感を覚えるという不思議な状態だった。
そして私はもう一度天井に視線を逃がす。
やっぱりつまらない模様。
すぐに変わるはずがないのは知ってるけど。
「……もう」
少し前に口にした二文字をもう一度呟く。
そうすることで、呪文みたいに何か変わらないかなって思った。
現実的じゃないってわかってるけど、頭が変な方向に回転していた。
――何でこんなことになったんだろう。
思考と思考との間に隙間が生まれると、粘り気のある疑問が脳を埋め尽くす。
別に、渋谷さんに失望したわけじゃない。
プラスでもないしマイナスでもない。
ただのニュートラル状態。
私の身体にキスマークをつけたからと言って、彼女を見放すわけではない。
キスしたいって頼まれたらするし、セックスしたいって言ったら応えてあげる。
一度したんだから、もう何度したって同じでしょ。
だから私と渋谷さんの関係に名前を付けるとしたら――。
「……セフレ」
その単語を口にしたのは、人生で初めてだった。
重くも軽くもない平坦な単語。
一とか二と同じ、ただの単語でしかない。
そのはずなのに、私の気持ちはどんどんと沈み込んでいく。
「……つまんないなぁ」
ほんとつまんない。
なにもかもが。
そして私は自分の身体を守るように膝を抱えた。




