第25話 今日だけは許して――
お風呂に入ったあと、すぐに渋谷さんと入れ替わった。
なるべく早く出るね、と言ったから気持ち急ぎ目で上がると、渋谷さんも心持ち早めに戻ってきた。別に急かしてないけど、私が早かったからかな。
それからはテレビに内蔵されているサブスクアプリでドラマを眺めた。
ドラマを見ながら、私たちは手を繋いだりキスしたりと時間を過ごしていた。
ずっとしてるわけじゃなくて、したくなったときにするくらいの距離感がちょうどいい。その空気が私はかなり好きだった。
「どうする、もう寝る?」
そんなことをしているうちに、夜も更けて寝る時間帯になった。
パジャマ姿の渋谷さんは高校二年生という実際よりも少し幼く映る。
もともと童顔ということもその印象をより強くしているのかもしれない。
寝ようか、と返事をすると、渋谷さんはすっとソファから立ち上がった。
「せっかくだから一緒に寝よ」
返事をする前に、私は電源を消したテレビに視線を逃がす。
大したことではないというように、渋谷さんは誘ってきた。
彼女の表情からは、どこまで考えているのか読めない。
一緒に寝る、というのは渋谷さんの家に泊まる上で事前に想定していたこと。
渋谷さんのことだから、誘ってくるだろうなって。
想定していたことを渋谷さんが言い出しただけだから、私としては驚くことではない。そうはいっても、確認しておくべきことがある。
同じベッドで寝るということは、相手が渋谷さんであっても、いや渋谷さんだからこそ起こりそうなことが――。
「渋谷さんは、その、一緒に寝たいだけなんだよね?」
私が濁して尋ねると、渋谷さんは目をぱちくりとした。
私と渋谷さんはこれまでハグだとかキスを当然のようにする関係だった。
それは四月中旬から少しずつ深度が増していっている。
最初はハグだけだったのに、六月ごろにはキスをするようになって、今は会ったらキスをしない日がないほどだった。
しかし、最後の一線――というか、性に関わることはしていなかった。
いわゆるセックスで、胸だったり下腹部を触り合ったりすること。
そこまで行くと、恋人ではない私たちの関係においてセフレという関係性になるわけで、そうなることは、はっきり言って私は望んでいなかった。
「……まあ、寝るだけだね」
そう口にした渋谷さんは、なぜか私の方を見なかった。
ほんとに大丈夫かな。
心には一抹の不安が残る。
でも今日は、渋谷さんのことを信じることにした。
「それならいいよ」
私がそう口にすると、渋谷さんの表情は柔らかくなる。
そして私たちは手を繋いでリビングを後にした。
廊下に出ると、右手に二つの部屋、左手に一つの部屋がある。
左手はさっき入ったから渋谷さんの部屋ってわかる。
そうなると、右手は渋谷さんの両親の部屋かな。
眠い頭でぼんやりと考えつつ、左手の部屋に足を踏み入れた。
扉を開けると、きぃ、と小さく軋んだ音がした。
私が入ってから、渋谷さんが扉を閉める。
パタンと小さく音が鳴った。
「じゃあ電気消すね」
私がベッドに入ると、渋谷さんが電気を消した。
パチン、と音が響くのと同時に部屋が真っ暗になる。
それに遅れて、ブランケットがもこもこと動き、隣から気配が感じられた。
目が慣れてくると、渋谷さんの身体がうっすらと見えてくる。
私が壁際で渋谷さんが窓際。
たったそれだけなのに、やけに緊張してしまった。
袋のネズミ――なんて表現が正しいのかわからないけど、そんな気分。
そして渋谷さんは私の半身にぴとっとくっついて手を絡めてきた。
少し高めの体温が私の身体をほんのりと温める。
「二宮さん――」
名前を呼ぶ声は小さくて、私にぎりぎり聞こえるくらい。
そちらに顔を向けた途端、渋谷さんが私の唇を攫ってきた。横になってキスするのは体勢的にきつく、唇同士が一回くっつく時間がいつもより長くなる。暗闇だからか、柔らかな唇の感触がいつも以上に鮮明に感じることができた。
気持ちいい――という気持ちが身体中に集まって、胸をどくどくと揺らす。
「はぁ、はぁ……」
ずっとキスをしていると、呼吸ができなくなったから顔を離した。
これくらいは普通だった。
私たちの間でする普通。
――でも渋谷さんは、もっと先に進もうとした。
渋谷さんは身体を起こして、呼吸を整える私に馬乗りになる。
そして私の頭の横に手を置いて、身体を沈み込ませる。
「んむっ……」
呼吸が安定していない私に、もういちど唇を落とした。
そして唇の隙間から柔らかなものが差し込まれた。下にいる私はそれを受け入れざるを得なくなって口を開くと、渋谷さんは私の中を強引にかき回してきた。
私の舌と少しでも絡みつこうと、口の中で暴れまわる。
ディープキスくらいなら、たまにしていた。
それくらいなら、いつも通りだって言える。
でも今日のそれは、明らかに別の意味を持っている。
――こんなの、セックスと変わらない。
「渋谷さんっ」
それ以上はダメ、と肩を強く押す。
肩を押した反動で、唇が離れて中に入っていた舌がほどける。
そして口元についていた水気が顎の輪郭をなぞるように流れる。
うっすらとうつる渋谷さんの表情はうつろで、どこか熱っぽかった。
「ごめん。ごめんね二宮さん……」
ダメだってわかってる。
したら傷つくって。
でもごめん。
今日だけは許して――。
そういって渋谷さんは、私のパジャマに手をかける。
服の裾をまくり上げて、私の胸に手を伸ばした。
狭い部屋に衣擦れの音と嬌声そして淫らな水音が響く。
渋谷さんは何かに取りつかれたように、私との繋がりを求めてきた。
そして貪るように、その子は私の身体に唇をつけて自分の印を残した。
まるで自分の存在を刻み付けるように。
私と身体的に繋がろうという試みは上手く行ったかもしれない。
実際、私と彼女の肉体的な境界線は限りなくゼロになった。
でも、それだけじゃなかった。
セックスしたことで、私たちの間に生まれたもの。
それまでなかったはずなのに、形になってしまったもの。
――それはふたりの心を隔てる、限りなく薄い膜だった。




