第22話 花火一緒に見ようね
夏休みに入って二週間ちょっと。
いつの間に折り返しまできたんだってびっくりしているけれど、それはそれ。
今のところ宿題を着実に消化できているから、満足のいく夏を過ごせている。
渋谷さんともそれなりの頻度で遊んでいる。
最初は自分から誘うのなんて、と尻込みしていたものの、慣れてしまうとどうってことはなかった。今では学校がある頃と同じくらいの頻度で渋谷さんを呼んでいて、ゲームしたりハグとかキスとかしたりして過ごしている。
そんな私がいま外出しようとしているのは、今日のお昼ご飯を買いに行くため。
学校がある日はお弁当を作ってもらえるけれど、夏休みはお金を渡されて近くのコンビニで買ってくるように言われているのだ。
コンビニは歩いて十分もかからないではあるけど、夏真っ盛りの日差しの中で歩くのはかなりしんどい。日焼け対策をちゃんとしてから、外に出ることにした。
「いちおうリップもしとこうかな」
洗面台の前で日焼け止めクリームを延ばしてから、なんとなくリップも引いた。
渋谷さんと一緒にコスメショップに訪れたときに買ったもので、プルプルでツヤツヤな唇になるという宣伝文句だったはずなのだけど、私にはイマイチ実感が湧かなかった。
でも渋谷さんはキスするときに吸いついてくる感じする、とやや肯定的な意見。
キスしないと効果がわからないなんてそんなことあるのかと思いつつ、せっかく買ったんだから使い切らないと、という貧乏性な私の癖が顔を出して、今日も唇に乗せることにした。
着替えも済ませてからさっそく外に出る。
時刻は十時半で、太陽はまだ余力を残しているところ。
しかし路面には陽炎が揺れていて、夏のしぶとい暑さを物語っている。
背中の汗がTシャツに張り付いて気持ち悪くなる前に、と日陰を歩いてコンビニに入ると、すぐに冷気が身体を落ち着かせてくれた。襟に指をかけてパタパタと空気を送り込みつつ、今日のお昼ご飯をどうするか考える。
私は冷凍庫に入っているパスタ類が好きなんだけど、お母さんに渡された心もとないお金では余りでお菓子を買うことができない。悔しいけれど今日は別のものにしよう。
「あっ」
せっかくだから夏らしいものでもと思って冷蔵庫をぼんやり眺めていると、冷やし中華が二つ割引してあった。賞味期限があと半日もないくらいだから、早めに処分してほしいのだろう。
三十パーセント引きという文句につられて、冷やし中華から目が離せなくなる。
うーん、どうしようかな。
「……ってことがあって、渋谷さんを呼んだ感じ」
簡単に説明すると、隣の女の子は黄色の麺をごくんと飲み込んだ。
部屋のローテーブルにあるのは二つの冷やし中華。
せっかくだからと、渋谷さんに冷やし中華を奢ることにしたのだった。
「二宮さんって意外とタイムセールとかに弱いんだね」
「そうかも」
今だけですよ、と言われたらちょっと焦っちゃうし。
そんな雑談をしながらお昼ご飯を食べおえて、私たちは宿題を机に乗せた。
宿題も一緒にやろうと誘って、午後から一緒に過ごすことになっている。
別に一人でしてもいいのだけれど、見られているほうが集中できる。
一人だとなんとなくサボっちゃうんだよね。
そんな私はまず、国語の教材に手を付けることにした。
本文の重要そうな箇所にとりあえず線を引いていく。
そして設問を呼んで、回答に入れるべき要素を組み立てる。
評論文はとりあえずまとめればいいだけだから気が楽だ。
逆に物語系は苦手。
途中まではわかるんだけど、最後の設問になるにつれて難しくなるから。
そのため、物語系の宿題は後回しにしてしまっている。
「二宮さんってさ」
ふと声が聞こえて視線を向けると、渋谷さんは暇そうにペン回しをしていた。
「私と一緒じゃないときは何してるの?」
集中力が途切れたのか、渋谷さんがちょっとした雑談をしてきた。
深く考える必要のない漢字の問題を解きながら、私は話を続ける。
「家でごろごろしてることが多いかな」
「ゲームしたりする?」
「うーん、そんなにかな」
渋谷さんと一緒にするようになってから、一人でする時間がかなり減った。
もし練習して圧勝したら、陰で練習するのはナシでしょと文句言われそうだし。
アニメを見たり読書したりすることもなく、ベッドの上でごろごろしている。
暇だとは思うけど何かしたいと思うほどの情熱は持っていなかった。
しいて言えば渋谷さんを家に呼ぶことくらい。
まあ私はメッセージを送信するだけで、家に来るのは渋谷さんなんだけど。
「せっかくの夏休みなのに、外に出かけようって気にはならないんだ」
「ならないかな」
タイムセールとは違って、夏休みだからと言って海に行きたいとは思わない。
こんな暑い時期に外に出たら熱中症になっちゃう。
砂浜も暑そうだし、クラゲに刺されるのは怖いし。
そういうネガティブなことが目について、外に出る気力が起きないのだ。
「家の中だったらいいの?」
「そうだね」
ちらと渋谷さんを見ると、いつの間にかペン回しをしなくなっている。
「それなら花火大会の日、私の家に来てみない?」
大したことではないという雰囲気で誘ってきた。
なんでも十日後にある花火大会が渋谷さんの部屋から見えるらしい。
家の中なら問題ないのであれば、一緒に花火を見ようという話だった。
それくらいならと思って、私は渋谷さんの誘いを快諾した。
「花火大会終わるの遅いから、泊まっていってよ」
「いいけど、渋谷さんの親は大丈夫?」
さりげなく泊まっていく約束まで付け足されていたけど、それくらい問題ない。
とは言っても高校生はまだまだ子ども。
親にも迷惑がかかるから、と思って聞いてみた。
渋谷さんは一瞬ぴくりと身体が固まった。
けれど、すぐに続ける。
「私の方は大丈夫だよ。二宮さんの親もオッケーだったら、花火一緒に見ようね」
「オッケー」
まあウチの親は大丈夫だろう。
むしろ外出するなんて健康的だ、とさえ言ってくれるかもしれない。
そこで花火大会の話は終わり、私たちは宿題を片付けることを再開する。
ちらと渋谷さんの横顔を見ると、朗らかな笑みを浮かべていた。




