第19話 じゃあ一緒に入ろっか
高校の先生って大変そうだよなぁ。
先生になりたいって人の話をちらほら耳にするけど、体格的には大人に近く精神的にはまだまだ子どもな高校生と接する仕事なんて大変そのものだと思う。
そんなことを考えている今はホームルームの時間。
先生が夏休みに入るにあたっての連絡をしてるところだった。ほとんどの生徒は退屈そうに聞いていて、私もその例にもれず暇を持て余している。
担任の先生を聞き流して窓の外を見ると、乾いた青空が広がっていた。
以前の土砂降りがなかったかのように、雲一つない晴天。
ようやく梅雨が明けたみたいで、これからが夏本番だという空気感だった。
「はろはろー二宮さん」
ホームルームが終わると、私より一回り背の低い女の子が私の席に来た。
雨の日以降、渋谷さんの態度はかなり穏やかになった。家に来る頻度も前と変わらない程度になったし、ゲームする時間もちゃんと楽しめている。
あの前後がおかしかっただけで、渋谷さんはもともと朗らかな人なのだ。
「家行く?」
鞄の中にクリアファイルを入れつつ、渋谷さんに尋ねる。
今日は夏休み直前ということもあって、教科書を持ち帰らないといけない。
普段は置きっぱなしにしている私は、なかなかの苦行である。
これを見越して早めにいらない教科書は持ち帰っておくべきだったかも。
「今日は時間あるから、どっか寄らない?」
「いいね」
重い鞄を持ち運ぶことがちょっとネックだけど、今日くらいは我慢しよう。
教科書とノートを何とか詰め込み、私たちは教室を後にした。
階段を下って外に出る。
すると渋谷さんがスクールバッグから何かを取り出してこちらに見せてきた。
「日差し強いから、日傘持ってきたんだよねー」
渋谷さんの手にしていたのは、ベージュの折り畳み傘。
雨をしのぐ折り畳み傘ではなく、直射日光を遮るための日傘みたいだ。
折り畳みの日傘も売ってるんだ。
「いいじゃん」
「じゃあ一緒に入ろっか」
「え、一緒に入るの?」
ここで相合傘したら周りから丸見えだけど。
「別に相合傘するくらい、普通だもんねー?」
悪戯っぽい表情で、渋谷さんは私の顔を覗き込んできた。
でもその視線にはほんの少しだけ湿っぽさが混じっていて――。
「まあ、普通かも」
色々な言葉を飲みこんで、私は渋谷さんの日傘に入ることにした。
私と渋谷さんは隠さないといけないような関係性ではない。
かといって公明正大な清い付き合い方をしているわけでもないけれど。
満足そうな渋谷さんは、私のペースに合わせるようにゆっくり歩き出した。
周りから見られると困ると思っていたけれど、生徒たちが一斉に帰る時間から少しずれているからか、生徒に見られることはなかった。通りがかりの運転手から視線を感じることはあったものの、じろじろと見られるほどではない。
たかが日傘と思っていたけれど、その効果は抜群だった。
いつもなら汗が制服に張り付くところ、傘の中にいると暑く感じない。
私も家に帰ったら日傘をネットショッピングで探してみようかな。
「そういえば、西方さんとは連絡とってるの?」
赤信号で立ち止まったタイミングで、渋谷さんがおもむろに口を開いた。
ゆっくりと白いワゴン車が左折してくる。
車の運転手は私たちを見ないで先に進んでいった。
「それなりにって感じ」
「ふーん」
ただ知りたかっただけなのか、「そっかそっか」と言ったきり話題は次に移る。
西方さんと別れてから、雨に濡れたけど大丈夫だったかという連絡が来たけれど、大丈夫だったよ、と返信するとそれ以上は深入りされることはなかった。
今はちょっとした雑談を週に一度か二度する程度。
次に会うとしても、半年後とかになるんじゃないかな。
私たちが対面で会うのはその程度の周期だし。
そのときは渋谷さんにも同席してもらおうかなと思っている。
じゃないと心配するだろうから、と思っているが口には出さない。
しばらくすると信号が青になった。
周りを確認してから横断歩道を渡る。
ふと視線を感じて渋谷さんの奥の方を見ると、女性の運転手と目があった。
まあ停車してるときに女の子ふたりが肩を寄せ合ってたら気になるか。
向こうから私たちはどう見られてるんだろうという興味はあるけれど、本当のことは知りたくないという気持ちもある。周りからどう見られても私たちは変わらない、と言い張れるほど気が強くない。
もし不本意な見方をされていたら、少なくとも私はそこそこ傷つくと思う。
じゃあ本意な見方はなんなのって聞かれても、自分でもよくわからないけど。
「日傘持つの疲れたら私が持つよ」
「おっ優しいじゃん」
じゃあ、とすぐに日傘を私に預けてくれた。
日傘の持ち手を握ると、渋谷さんの手の暖かさが残っていた。
渋谷さんの熱を探すように、丁寧に日傘の曲線に指を沿わせる。
でもあっという間に、どちらの熱かわからなくなった。
私の体温と混ざってしまったらしい。
ちらとさっきの運転手を見てみる。
まだ私たちの方をなんとなく見ていた。
「……」
運転手から見られないように傘を傾けてから、私たちは横断歩道を通った。




