第18話 もう、マジで好きなんだけど……
ドライヤーのスイッチをオンにすると、ごおーっと大きな音が響く。
二宮さんを置いてお風呂を出た私は、部屋まで階段を上って髪を乾かしていた。
やってしまった、という後悔が遅れてやってくる。
お互い裸の浴室の中、私は二宮さんの唇を思いっきり噛んだ。
傷跡になって私のこと忘れないようにって思って。
正直、それだけじゃ全然足りなくて、もっと深い繋がりが欲しかった。
頭がとろとろになるくらい、私はあの状況に飲み込まれてしまった。
でも――。
「……はぁー」
誰にも届かないため息はあっという間になくなる。
――でも残念なことに、二宮さんは私と同じ気持ちを抱いてくれていない。
キスすることが楽しいと思っていたとしても、楽しいだけで終わり。それ以上のことをしたいと思うほど、私に劣情を掻き立てられていなかった。
その理由は明らかで、私のことをそれほど好きになっていないから。
髪を乾かし終えて、ドライヤーのコードをまとめてローテーブルに置く。
そっと扉を開けて階下に耳を澄ませるけれど、まだバスタブの中にいるらしい。
一階はとても静かで、人の気配は感じなかった。音を立てないように扉を閉じて、することもないのでベッドに腰を下ろす。
ゲーム機はあるけど、一人でしたいと思うほどでもない。
スマホは鞄の中にあるけど、一階に取りに行くのが少し億劫だ。
暇になった私は、ぼんやりとベッドに身体が沈み込む感覚に身をゆだねた。
いま来ている服は二宮さんから借りたルームウェアで私には少し大きい。
袖口を顔にもっていくと、二宮さんの温かな匂いがふわりと感じられた。
「もう、マジで好きなんだけど……」
私の熱っぽい呟きは、もちろん本人には届かない。
私は二宮さんのことが好き――いや大好きだ。
こんなに誰かを好きになるなんて、もう今後ないとさえ思っている。
でも、どのタイミングから好きだったのかと言うと、それほど昔ではない。
なんなら、付き合ったときも別に好きだと思っていなかったと思う。
最初は恋人という関係は二宮さんを繋ぎとめる鎖程度にしか思っていなかった。
今の関係性が続く既成事実を作ることができれば別に問題ないかなって。
最初は本当にそれでよかった。
でもそれは最初だけ。
付き合う中で、いつしか二宮さんの寛容さが悪い意味で目立つようになった。
二宮さんはおとなしめの子だから仲の良い友だちが私と比べて少ない。
教室でよく話をするのは寺島さんで、その子とふたり昼休みを過ごしている。
なんで私がいるのにふたりだけで過ごしてるのって、不満を持つようになった。
何度か外出――もといデートに連れ出したものの、恋人らしいことを何一つしてくれなかった。私が手を繋ごうとかハグしようって言ったら受け入れてくれるけど、自分からしたいなんて一言も言わない。最初はどうでもよかったはずなのに、恋人になったことで自分も求められることを期待していたのだ。
なんで私のこと好きになってくれないの。
恋人の私をもっと優先してよ。
そういう不満は好意の裏返しだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。
軽い気持ちで提案した関係だったものの、いつの間にか私はあの子のことをいつも目で追うようになっていた。そしてそうなればなるほど、恋人としての意識が低い二宮さんにヤキモキしてしまう。
私から終わりを告げたのはいったん気持ちをリセットするためだった。
二宮さんにとってはどうでもいいことだったらしく、別れる理由も特に聞かれずにすぐに解消してくれた。それも寂しかった。二宮さんは本当にどうでもよかったんだなって実感したから。
受け入れられることと選ばれることは似たようで違う。
今までの二宮さんは受け入れてくれただけで、選んではくれなかった。
あくまでも私の欲望を受け入れてくれただけで、自分からは行動していない。
私は選ばれたいと思って、恋人という鎖をほどいた。
二宮さんに好きになってもらって、私を選んでもらえるように。
だからといって、自由にしていいというわけではない。
恋人じゃないけど、私の行動にヤキモキしてくれないと困る。
友だちと話してるだけって伝えても、そういうのもしないでって言ってほしいし、他の子と出かけるから今日は無理って断られたら、いつ帰り着いたのかちゃんと確認してほしい。相合傘――なんて絶対しないけど、そんなことをした日には身体に跡をつけて自分の存在を残すくらい、私に強い感情を向けてくれないと嫌だ。
それくらい私に執着してほしい。
綺麗に好きって囁かれるだけじゃ全く足りない。
だって好きって言うようにお願いしたらやってくれるから。
そんなのありきたりなこと、私はしてほしくない。
普通じゃなくていいし綺麗じゃなくていい。
もっとドロドロした好意を遠慮することなく私にぶつけてほしい。
それこそ、私にとって本当の特別扱いだから。
「……ごめん、遅くなった」
色々考えながら二宮さんのパジャマを顔に当てていると、何とも言えない表情の女の子が部屋に入ってきた。
「ううん、大丈夫だよ」
匂いを嗅いでいるのは知られたくないので、すぐ元の姿勢に戻る。
タオルドライだけしてきたのか、まだ髪は濡れていた。
延長コードを持ってきて、二宮さんは私の隣に腰を下ろす。
唇には――もう跡は残ってなさそう。
噛んだくらいじゃすぐ消えちゃうんだね。
痛いことしてごめん。
でもやっぱり私、二宮さんのこと大好きだよ。
西方さんと相合傘してるのを見て逃げた私のこと、追いかけてきてくれたよね。
それだけじゃなくって、私に大声で怒鳴ってくれた。
そのとき私、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ。
あぁ私、ちゃんと二宮さんに大切にされてるんだなってわかったから。
でもそれだけじゃ足りない。
全っ然。
ねぇ二宮さん、私のこと大好きになってよ。
誰にも渡したくないって思うくらい、私に本気になって――。
まあそんなこと、口に出せるわけないんだけどね。
いきなりそんな重いこと言ったら、二宮さんびっくりしちゃうだろうし。
でも少しくらい私の気持ち理解してくれたっていいじゃん。
こんなに一緒にいるんだから、雰囲気とかで察してくれるものでしょ。
そんなことを考えながら、ちょっとだけ二宮さんに近づく。
やっぱりそれくらいじゃ気づかないようで、隣の子は黙々と髪を乾かし続けた。




