第15話 やましいことなんてひとつもない
西方さんとのお出かけは、本当に普通だった。
近くのショッピングモールにあるファミレスに立ち寄り、学校生活はどうなのかとか将来の進路は決まっているのかといった真面目な話から、最近ハマっている作品という、雑談とひとまとめにできる程度の話しかしなかった。
それでも気分が乗らなかったのは、いま天気が傾き始めているだけではない。
渋谷さんのことがずっと気になっていたからだ。
下校時刻になるまで、渋谷さんは私のほうを一度も見なかった。見られないから嫌というわけではないんだけど、いつもならもっと目が合うのに今日は私がいないみたいに扱われているようだった。
私が誘いを断ったからなのだろう。
でも渋谷さんだってよく友だちと出かけている。
私が西方さんと一回くらい出かけたって何も問題はない。
そう納得させて、私は西方さんと一緒に過ごすことを決めた。
「あ、雨降りだしたね」
ショッピングモールのエントランスを抜けると、西方さんが空を見上げる。
ぽつぽつと雨が降っている程度ではあるけど、これからもっと降りそうな感じ。
濡れるの嫌だな、と思っていつも入れている折り畳み傘を探す。
「……やば、折り畳み傘ない」
すかすかな鞄の中は本当にすかすかで、折り畳み傘さえ入っていなかった。
いつも忘れないように入れてるんだけど、家に置き忘れてしまったらしい。
「中入れようか?」
ちゃんと折り畳み傘を持ってきていた西方さんはこちらを見て聞いてきた。
傘の大きさ的に、ふたりで入るとかなり密着する必要がありそうだった。ふいに渋谷さんが心に浮かぶ。でも、今さらどうしようもないので西方さんの傘に入ることにした。
少しずつ雨が降り強まるなか、私たちは雑談をしながら歩き出す。
別に、やましいことなんてひとつもない。
友だちと一緒の傘に入ってるだけ。
大丈夫、大丈夫。
「そういえば、二宮の家行ったときにいた人いたじゃん」
頭が変に回っている中、西方さんがおもむろに話題を変えてきた。
いきなり渋谷さんの話題が出て、一瞬だけ立ち止まってしまった。
後ろ側、とくにスカートの裾に雨粒が染み込んで不快感が増す。
そんな私を気にすることなく、西方さんは話を続けた。
「あの子ってどんな感じ?」
「学校でも明るいタイプだし、社交的だと思うよ」
手を繋いでいるときは強弱をつけてくることとか、ハグするときは背中をぎゅっと押してくるとか、キスするときに髪をやたら右耳にかけてくることは言わない。
「あと、成績が良いね」
「社交的で成績良くて、しかも可愛いと」
「うん」
なんで私に構ってくるのか不思議なくらいだ。
もし渋谷さんがやろうと思えば、わりと誰でも付き合えると思う。
雨はより一層強さを増している。
なるべく濡れないようにと、西方さんに身体を近づけた。
とん、と肩がぶつかっても特に何とも思わない。西方さんも何も言わなかった。
これが友だちの距離感なんだと思う。
ちょっと近づいたくらいで、変に心臓が動くものじゃない。
相手のことを気にしすぎないくらいが、お互いにとってちょうどいい。
「二宮の家まで送ってから帰る感じでいい?」
「いいよ。ありがとね」
中学時代の分かれ道で、まずは私の家に行くことにした。
昔は月に一回くらい、西方さんと家でゲームしたりしていた。
それがあったから、渋谷さんを家に招くハードルが低かったのかもしれない。
そんなことを考えながら、私の家へと進んでいく。
側溝の雨水が溢れてきて、くたびれたローファーに染み込む。
靴下にじくじくとした嫌な湿り気が生まれた。
「雨ヤバいね」
「マジでね。傘の中でも濡れるちゃうし」
誘う日間違えたかも、と西方さんは苦笑いを浮かべた。
少し先にある角を曲がったら、すぐに私の家。
だから「次は間違えないでね」と言って、やんわりと約束するつもりだった。
期待しすぎないし、過度にかかわりすぎない。
ほどよい距離感でい続けることができれば何も問題はなかった。
西方さんもそうだし、寺島さんだってそうだ。
親密度に差はあれど、私の接し方はそれほど変わらない。
友だちという枠の中にいるふたりには、普通に友だちとして接する。
でもその枠を大きく飛び越えた女の子がひとり――。
ちょっとだけ嫌な予感はしていた。
遠くの駐車場からクラクションを鳴らす音が聞こえたから。
角を曲がる直前に強い風が吹いて前髪が崩れたから。
右足が深い水たまりに入ってしまったから。
理由はわからないけど、なんか嫌だなって。
曲がり角を超えたときだった。
私の視線の先にはひとりの女の子が立っていた。
傘の中でもずぶぬれになっていて、かなり長い間そこにいたらしい。夏なのに身体をぷるぷると震わせていた。
足音でわかったのか、その子はすぐに気が付いた。
しかし期待の眼差しはすぐに薄れてしまった。
「えっ……」
戸惑いや寂しさの混じった言葉は、一瞬にして雨音にかき消される。
渋谷さんの視線の先にいたのは肩を寄せて相合傘をしている私たち。
彼女の表情は一気に傾いた。




