第12話 私ともう一回付き合うのとか、どう?
渋谷さんとキスをするとき、傍からどう見えてるんだろうって思うことがある。
女の子たちが密着して唇を合わせてるなんて、どう考えてもおかしい。今さらではあるけど、私は別に女の子が好きという嗜好は持ち合わせていない。
そんな私にとって、渋谷さんと恋人っぽいことをするときに戸惑いがあった。
キスもハグも楽しいんだけど、私たちってどんな関係なんだろうって。
「ねえ渋谷さん」
「なに?」
ゲームの後にいつもの触れ合いを終えてから、私は声をかけた。
制服の乱れを整えている女の子はこちらに顔を向ける。
まだキスの余韻が頬に残っていて、ほんのりと赤みが差していた。
私もまだ鼓動が元に戻りきっていないけど、その状態のまま続ける。
「渋谷さんってさ、他の友だちともキスしてるわけじゃないよね」
「当たり前でしょ……」
友だちにキスしようって言ったら絶対引かれるし、と言って腕を組む。
少なくとも、友だちの間でキスをすることは普通じゃない、という考えはあるらしい。じゃあ、キスをするような私たちは友だちではないということになる。
「それなら、今のコレってどんな関係なんだろうね」
コレ、というのは私と渋谷さんのこと。
わざわざ「私たち」と言うのは気恥ずかしかった。
「……二宮さんはどう思う?」
渋谷さんは片肘を掴んで私を見ていた。
「私?」
「うん」
どんな関係だと思う? と聞き返してくる。
それを知りたくて私は聞いたのだから、答えなんて最初からない。友だちではないとしたら恋人が近いと思うけど、私たちはすでにその関係を終えている。
四月中旬から五月中旬にかけて、私たちは一カ月間だけ恋人だった。
今にして振り返ると、あのときは何もしてなかったと思う。手を繋いだりハグしたりすることはあったけど、キスもしてないし今みたいにドキドキしていなかった。あくまでも生活の一部として、渋谷さんの期待に義務的に答えていたような気がする。
なんで別れた今のほうが恋人らしいことしてるんだろう。
「恋人っぽいよね。もう別れたけど」
「二宮さんは、恋人っぽいって思ってるんだ」
「まあ、うん」
別れたけどね、ともう一度だけ付け加える。
ふぅ、と渋谷さんはため息を吐いて上に顔を向けた。
私もつられて天井を見るけれど、特に変わった様子はない。
渋谷さんは私に視線を戻して、距離を詰めてきた。
私の隣に座り、肩をとんっと軽く当ててくる。
「もう別れたのは別れたよ」
一呼吸おいてから、渋谷さんは続けた。
「でもさ、もう一回付き合うことだってできるわけじゃん」
「……」
「……私ともう一回付き合うのとか、どう?」
初めて告白されたときよりも、なんかこう、胸に来るものがあった。
――もう一回付き合うというのは、復縁するということ。
たしかにその選択肢もあった。今の今まで忘れていた。
別れたらからと言って、もう恋人に戻れないわけではない。
それなら私の答えは決まっている。
「渋谷さんが良いんだったら、私も、」
「――なんてね。冗談だよ」
渋谷さんは私の言葉を遮った。
「二宮さんがどんな関係って聞いて、聞き返したら恋人っぽいって言ったから、なんとなく言ってみただけだから、気にしないで。私もどんな関係かわからないけど、別に無理に名前つける必要ないんじゃないかな」
早口で説明してから、渋谷さんは「今のままでいいんだよ」と小さく呟いた。
「そっか」と放り投げるように相槌を打った。
ふぅ、とため息を吐いてから、渋谷さんは私の方に顔を向けた。
瞳を潤ませて、物欲しそうな目で私を見ている。
キスしてほしいという目線だった。
――キスをすることは、間違いなく恋人としての行為だ。
かといって、キスをするからと言って恋人だというわけでもない。
現に私たちは、恋人じゃなくても普通にキスをしている。
唇を湿らせてから、渋谷さんの顔に近づく。
薄く目を閉じて、渋谷さんは私を受け入れる姿勢に入った。
いつも通り、渋谷さんの唇と重ね合わせようとしようとしたときだった。
――ピンポーン。
下の階から、玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。
「……っ」
直前だったこともあって、私たちの肩がびくんと大きく跳ねた。
キス待ちの顔だった渋谷さんの表情が一気に曇る。
「ごめん。誰か来た」
腰を上げて部屋から出て行こうとすると、渋谷さんに腕を掴まれる。
「……行くの?」
「まあ、人が来てるから」
ため息をついて、渋谷さんは「……なら、私も行く」と腰を上げた。
別にふたりで行く必要ないと思うんだけど、渋谷さんが行きたいならと一緒に階段を下りる。私の腕をぎゅっと握って、少し後ろをついてきた。
「そろそろ手、離してくれる?」
「……」
玄関まで来ると、何も言わずに渋谷さんは私の手を離す。
そして両手を後ろにやって背中で組んだ。
「早くしてね」と呟いたので、すぐに鍵を捻って扉を開けた。
がちゃんと音を立てて扉が開く。
西日が扉の隙間から差し込んで少し眩しい。
目を薄めてから、隙間からのぞかせる人物の姿を見る。
「……あっ」
思わず、声が漏れてしまった。
そこにいた人物は顔見知りだったから。
いや、顔見知りというよりもっと親密な人物だった。
「おー二宮、久しぶりじゃん」
玄関の前に立っていた女の子は、私を見て朗らかに笑った。




