第11話 二宮さんって性格悪いよねー……
渋谷さんとキスしたからといって、天地がひっくり返ったわけではない。
学校で話すことはそれほど多くないし、話すとしても他愛のない雑談ばかり。
さっきの授業ちょっと眠かったねとか、自販機に新しく出た飲み物が意外とおいしいみたいな、話してもためにならない内容がほとんどだった。
だから今のところ、渋谷さんとの関係に大きな変化を感じていなかった。
「さっき期末テストの結果返されたけど、どうだった?」
梅雨明けの乾いたそよ風が、私たちの間を吹き抜ける。
今はいつもどおり私の家へと向かっているところ。
ふたつのクラゲのキーホルダーがカランカランと音を立てて跳ねている。
「私は普通くらいだったかな」
「二宮さんの普通ってどのくらいなの?」
「まあ中間くらいだよ」
良くも悪くもない、普通の成績。二百人いる中の百位前後である。
科目ごとに見ると、社会系の科目はわりと健闘していたと思う。
でも数学はちょっとアレだったので、何も言うつもりはない。
「渋谷さんはかなり良かったらしいね」
数学について深掘りされる前に、私はするっと話を変えた。
休み時間に聞こえた話によると一ケタ台だったらしい。
べったりというほどでもないけど、私たちはかなりの時間を共有している。
その間は勉強することはないから私と一緒にいない時間で勉強をしているはずなんだけど、それにしたって成績が良すぎるような気がする。
その学力を少しくらい私に分けてほしい。
転がっていた小石につま先を当てると、ころころと転がって壁にぶつかる。
そして不規則に跳ねて、私の足元にまで戻ってきた。
その小石をまたいで、私たちは自宅へと向かった。
玄関の扉を開き、階段を上って部屋に入ってから鞄を置く。
制服のボタンをひとつ外すと、渋谷さんが腰に手を回してきた。
「ゲームする前に……ちょっといい?」
甘い囁き声が耳元をくすぐる。
私が頷くと、渋谷さんはすぐに唇を重ねてきた。
キスが日常になる――というのは私たちの関係性としてどうなのかとも思う。けれど、今まで手を繋いだりハグしたりしてきたんだから、触れ合う位置が唇になったくらいと考えると、それほどおかしくないんじゃないかな。
少なくとも私は、今の状況を受け入れていた。
部屋の中にちゅっと唇の重なる音が響く。
最初の頃はリップ音が気になってたけど、最近はそれほど気にならない。
むしろ、綺麗なリップ音を立てることができたら、ちょっと嬉しく感じていた。
今のところ、上唇を吸うように当てるのが一番うまくいっている。
私としては、この乾いた音をより洗練したものにしたいところ。
でもキスもかなり体力を使うので、今日はこれで終わりにしよう。
身体を離して、学習机に置いてあるティッシュを渋谷さんに渡した。
口元を拭く渋谷さんの目は、キスの余韻でとろんとしている。
その様子を見ながら、私も口元をティッシュで拭う。
「じゃあ、ゲームしよっか」
「……うん」
頬を赤く染めている渋谷さんはこくんと頷いた。
今日するのはレースゲームで、私たちふたりとコンピューターの対戦だ。
落ちものパズルばかりをしていたら渋谷さんが飽きてしまいそうなので、この時間のために何本かゲームを買っている。そのことを正直に言うと渋谷さんが申し訳なく思ってしまいそうなので、自分のために買っているという体にしている。
そのうちのひとつのソフトを起動して、さっそくゲームを始めた。
普段の生活で渋谷さんに嫌がらせをすることはほとんどないけれど、ゲームのときはいちおう勝負なので、渋谷さんが嫌がることをしないといけない。ゴール直前で甲羅を投げて、スピンした渋谷さんを追い抜き、私は一位でレースを終えた。
「もう、二宮さんって性格悪いよねー……」
あとちょっとで勝てそうだったのに、と私をじとっと見てくる。
結局、渋谷さんは他のコンピューターに抜かれて五位でレースを終えた。
ゴール直前でのスピンするのは、他の場所よりも致命的だ。
だから最後の最後で甲羅を投げたんだけど。
その後、渋谷さんが勝てたのは一勝だけで、それ以外は私が一位だった。
「もっとゲームできたら二宮さんに勝てるのになぁ……」
「それならゲーム機買えばいいんじゃない?」
「……それはちょっと違うじゃん」
「ゲームはいいから、いつものしよ」と渋谷さんは腕を広げた。
これは、ハグをしようという私たちの中での合図。
だから私は渋谷さんとの距離を縮めて、ぎゅっと抱きしめた。
夏服ということもあって制服の生地が薄く、渋谷さんの体温がより感じられる。
正面から抱き合うこともあって、上半身にふにゅっと柔らかな感触が生まれた。
当たり前だけど、それは渋谷さんの胸。
形の良い――ということを知っているのは、更衣室で下着姿を見たから。
とりたてて大きいというほどでもないけど、少なくとも綺麗なのは間違いない。
「そういえば二宮さん、休み時間とかに寝てたりするじゃん」
思い出したかのように渋谷さんが口を開いた。
「ああいうとき、ブラ透けるからカーディガンとか着たほうがいいよ」
「別に誰も見てないから大丈夫でしょ」
人の下着が透けているからと言って、私のものに興味があるとは思えない。
わざわざ見ようとする人なんていないでしょ。
「見てないからいいんじゃなくって、見えるから隠してって話なんだけど」
「ちょっと見られるくらい別によくない?」
「……そういうのじゃないんだってば」
ため息を吐くと、渋谷さんは制服の裾をきゅっと摘まんできた。




