第10話 ……したかったから
「……へ?」
ガタゴトと揺れるバスの中、私の気の抜けた声が漏れた。
私、渋谷さんにキス――された?
心臓がどくんと大きく跳ねる。
身体がキスを重要な事実だというかのように。
血液はぐるぐると回り、身体が少しずつ熱くなっていく。
首をひねって隣を見ると、少女は頬を真っ赤に染めて口元を覆っていた。
まるで私が無理やり唇を奪ったような反応をしている。
したのは渋谷さんなのだから、そのリアクションはおかしいと思う。
深呼吸をひとつして、外の景色を眺める。
辺りはすでに真っ暗で、バスのライトが辺りを照らしていた。
現在時刻はだいたい十九時、このくらいの暗さは普通だろう。
窓ガラスに反射して、私の横顔がはっきり写っている。
いつものぼんやりした表情とは違って、瞳が少し揺れていた。
なんとなく後ろの髪に指を通すとさらさらと髪が流れる。
「なんで、いきなりしたの?」
車内に視線を戻すと、渋谷さんは目線を下げて唇を内に巻き込んでいた。
「……したかったから」
ぽつりと口にした。
そっか。それはそうだよね。
だってキスしたくない人とキスしようとは思わないし。
私がキスされたということは、渋谷さんは私とキスしたかったということ。
これまでにも手を繋いだりハグしたりしてきている。
触れ合う位置が唇になったくらいで、それ以外は何も変わっていない。
大丈夫、大丈夫。私はいつも通りにすればいいだけだ。
自分を納得させたタイミングで最寄りのバス停に到着した。
渋谷さんにどいてもらってから、鞄を持って腰を上げる。
「じゃあね、渋谷さん」
「……うん。また明日」
口角の上がりきっていない彼女に手を振ってバスを下りた。
外に出てからバスがいなくなるまで、渋谷さんの方を眺めていた。
彼女は私の方をちらちらと見ていたので、何度も視線が合った。
姿が見えなくなってから軽く伸びをする。
上に視線を向けると、六月暮れにしてはわりと綺麗な星空が浮かんでいる。
こんなにあるんだから、一個くらい落ちてきてもおかしくないんじゃないの。
そんなくだらないことを考えながら、ふぅ、とため息を吐いた。
唇に触れようと腕を持ち上げて、途中でやめた。
もう、渋谷さんの柔らかさは残っていない。
「やっば……」
その言葉はあっという間に夜空に吸い込まれる。
――鞄にあるクラゲのキーホルダーは、軽やかな音を立てて揺れた。




