048 塩卸売りの準備
暗殺者たちからの襲撃後、俺はセシルさんによって外出禁止となってしまった。
厳密には商人通りの範囲内ならば、短時間の外出は出来た。セシルさんかゴーレムの護衛を必ずつけることが条件ではあったが。
なので異世界での活動が制限されたため、俺は自分の世界での用事を片付けていくことにした。
「いつもご注文ありがとうございます」
俺はいま塩の製造会社の営業部長さんと、上野の喫茶店で会っていた。
塩の会社は四国にあるのだが、いま仕事で営業部長さんが東京にいるということだったので、急遽、会うことになったのである。
営業部長さんは俺の府中にある会社まで来ると言ってくれたが、会社とは名ばかりの社員が誰もいないハリボテの会社を見せるわけにはいかなかった。そこで営業部長さんが上野のホテルに滞在していると聞いたので、ここ上野で会うということにしたのだ。
「なにかご相談があるということで」
人当たりの良さそうな営業部長さんが満面の営業スマイルで話しかけてくる。だいぶ年下と思える俺にも丁寧に接してくるところが、さすが営業部長さんといったところだろうか。
「実は、かなり大量に塩の注文をしたいと考えておりまして」
「ほぉ、それはどれくらいの量になりますか?」
「1日100キロ以上で、月で3000キロほどを考えております」
「おお、また大量ですね」
「大丈夫でしょうか?」
「それぐらいなら、問題ありません。日数はいただきますが、事前に発注しておいていただければ大丈夫ですので」
なんだ、これぐらいなら問題無かったのか。実は断られるのが怖くて、量は少なめに言ってみたのだが。
「ちなみに、どれくらいまでの量なら、対応していただけますか?」
「事前発注であれば、数万キロでも大丈夫ですよ」
「そんなに!」
さすが塩の巨大製造工場を持つ会社だ。数十トン単位で注文を受けることも可能なのか。
「実は最低で月3000キロと考えていたもので、もしかしたら増えるかもしれません」
「こちらとしましては、大量発注は大歓迎ですので」
営業部長さんは満面の笑みでそう言った。感触がいいので、ここはもうひとつある問題も相談してみよう。
「もうひとつご相談があるのですが……」
「なんでしょう?」
「塩の入っている紙袋なんですが、何も記載されていない無地の物にしていただくことは可能ですか?」
「袋を無地にですか?それはいったいなぜでしょう?」
やはり疑問に思うか。
今後、卸売りをするにあたり、塩の袋にある記載は邪魔な存在となる。
異世界の人たちからすれば日本語は意味が分からないものであるだろうが、逆に意味の分からないものが記載されていることが問題となってしまうのだ。
なんだか訳の分からないものが描かれている袋の塩を、誰が何の疑問も無く扱うというのか。とくに人の口に入るものなので、気味の悪さはなおさらだろう。
なので、袋が何の記載もない無地のものになってくれれば、納品された状態のままで卸売り出来るのである。もしこれがダメなら塩の袋の詰め替えという、かなり面倒な作業が発生してしまうのだ。
「実は大量の袋の処理が社内外で問題になっておりまして。もし袋が無地ならば、他の用途に再利用が出来るので、ひじょうに助かるのですが」
俺は少し前に考えた言い訳を営業部長さんに伝えてみた。上手い言い訳とは思わないが、別に酷い言い訳でもないだろう。
「なるほど。ちょうど発注数も増えたので、それでしたら対応いたします。発注数が少ないと生産ラインを抑えられないので、独自の袋でというわけにはいかないところでした」
「おお、本当ですか!?ありがとうございます!」
「いや、こんなに真剣にエコに取り組んでいる社長さんも珍しいですよ」
営業部長さんは変な感心をしてしまった。その笑顔を見ると心が少し痛む。これからは割り箸を使わずにエコバッグを持ち歩きます。
「それで、その塩の発注はいつごろからになりそうでしょうか?」
「今日明日というわけではないですが、近いうちにと考えております」
「もし先ほどの量ぐらいであるなら、1週間前にはいただきたいです。搬入は毎日がご希望ですか?そうすると送料がかさみますが」
「いえ、何日分かの、まとまった搬入でも構いません」
「でしたら週一の搬入でいかがでしょうか?それなら他の荷と運べるので送料は抑えられますよ」
「では、それでお願いします。無地の袋のほうは、どれぐらいで準備できますか?」
「無地ですので物はすでにございます。なので一週間前の塩の発注で、無地の袋もご用意できます」
「それは良かったです」
「大量発注ですので塩の料金のほうも少し下げれると思います。ただ初めての大量発注になりますので、初回は前金になると思いますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。しばらく前金というかたちでも問題ありませんので」
「ありがとうございます。それでは、のちほど正式な料金などのお見積りの方、メールにてお送りさせていただきますので」
「よろしくお願い致します」
営業部長さんがテーブルに手をついて深々と頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げた。
これで塩の大量の確保の目処はついた。卸売りを始めるとどれだけの注文がくるか予測できないので、なるべく多くの在庫が欲しいところだったので助かった。
さらに袋も無地のものになるというので、これでそのまま卸売りに流すことが出来る。これは本当に助かった。
その後、営業部長さんと少し雑談をしてから別れ、次に俺は御徒町のハルシルさんの事務所へと向かったのだった。
「お待ちしてしてましたよ、タクマさん!」
御徒町の事務所に入ると、ハルシルさんが満面の笑みで出迎えてくれた。なぜか興奮気味で、いまにも抱き着いて来そうな勢いだ。
「ど、どうしたんですか?なにか良いことでもありました?」
「良いこともなにも、タクマさんは最高の石を届けてくれました」
興奮冷めやらぬハルシルさんに促され、いつもの会議室へと入る。そのテーブルの上には布がひかれ、いくつかの宝石が置いてあった。
「これがタクマさんに売っていただいた宝石たちです」
「これが?」
そこには素晴らしい輝きを見せる、とても美しい宝石が並んでいた。たぶんダイヤとルビーにサファイア……だと思う。
俺がハルシルさんに売ったのは原石なので少しくすんでおり、こんなキラキラと輝いてはいなかったはずだ。
不思議そうにその宝石を眺めていると、ハルシルさんが自慢げに話し出した。
「どうですか、タクマさん?素晴らしい宝石でしょう?」
「ええ、それはもう……素人目にも高そうな宝石だなって思います」
「これが全部、タクマさんからお売りしていただいた石なんですよ」
「えっ!?こんな美しい宝石がですか?」
俺のそんなリアクションを見たハルシルさんが、そうだろうそうだろうと納得の表情で頷いている。
「タクマさん、これが宝石のカットや研磨の技術なのです。この仕上げのデキによって、宝石の値段は数倍にも跳ね上がります。逆に失敗すれば石ころ以下になってしまうこともあるんです」
「へぇ~……それにしても美しいものですねぇ」
「どうぞ、手に持ってご覧ください」
そう言ってハルシルさんがダイヤモンドを取って、俺の手のひらに乗せてきた。
ダイヤは硬いので簡単に壊れたり傷ついたりという心配はないはずなのだが、なんか凄い緊張してしまう。
「いかがですか?カットのグレードは最高級のトリプルエクセレントになります」
「専門的なことは分かりませんが、本当に美しいと思います。ダイヤってこんなにキラキラと輝いているものなんですね」
「その輝きもカットによるものが大きいんですよ。簡単に言うとカットによって光を反射し集束させ輝かせているという感じでしょうか」
「な、なるほど……いや、貴重なものを見せていただき、ありがとうございました」
俺がダイヤモンドを返そうとすると、ハルシルさんが微笑みながら手で制した。
「それは、差し上げます。素晴らしい宝石の原石をお持ちいただいたことへの、ほんのお礼です」
「えっ!?ですが、お高いのでは?」
「そのダイヤモンドを店で買おうとすると、たぶん500万円は下らないと思います」
「そ、そんなにっ!?」
「こちらのルビーとサファイアもお持ちください。こちらはダイヤより安く、店頭価格100万円ほどだと思います」
「それでもメチャクチャ高い……そ、そんなものをいただくわけには」
「いや、タクマさんのお持ちいただいた原石はなかなかの……いえ、かなり素晴らしいものでした。こうしてカットしてみて、大当たりだったと正直、私も喜んでおります。それに……」
「それに?」
ハルシルさんは意味深な笑顔を浮かべると、俺に顔を寄せて来て少し小声で話してくる。
「先日お持ちいただいた大粒の原石ですが、その中にかなりのお宝が入っていました」
「お宝ですか?」
そう言ってハルシルさんがテーブルの上に査定リストを出した。その一番上の項目をハルシルさんは満面の笑みを浮かべながら指差した。
「に、2500万円っ!?」
「はい。大粒でかなり品質に期待ができる石でした。他にも2000万円近いものが数点ありました」
確かにリストには、その下にも1900万円などの数字が並んでいた。
確か大粒の原石はひとつ金貨2枚、28万円で買ったはずだ。それが2500万円で売れたということは、価値が89倍に膨れ上がったことになる。
しかし、いったいいくらになったんだ?
俺はリストの一番下にある総額の欄に目をやった。
「1億9560万円っ!?」
大粒の原石だったとはいえ、13個で2億円近い査定だ。364万円が2億弱……これは笑うしかない。
「いかがでしょうか?」
「いかがも何も……本当にこんな凄い金額なんですか?」
「はい。タクマさんの石はそれだけ質が良いということですので」
俺にとっては、ありがたいことだが、やはりまだ少し気が引けてしまうところもあった。
それにしても価値観の違いとはいえ、異世界と俺の世界との宝石の評価の違いがここまで差があるとは思いもしなかった。
異世界では宝石のカットや研磨の技術がまだそれほど進んでいないから、そこまでの価値を認められていないのかもしれない。
まぁ、とにかくそのおかげで異世界で上げた利益を宝石に変え、こっちの世界へ持ち込むだけで利益が10倍以上に化けるのである。こんな美味い話はない。
「それとこちらが1400個いただいたほうの原石の査定結果になります」
そう言ってハルシルさんが、もう一枚のリストを差し出した。
そこにはかなりの数の査定リストが記載されていたが、もちろんちゃんとチェックなどはしない。さすがに1400項目を全て見る気にはならないよ。
とりあえず合計金額だけを確認すると4748万円と記載されていた。やはり異世界での価格の12倍ほどに膨れ上がっている。
「こちらの金額でよろしいでしょうか?」
「はい。問題ありません」
「それでは今回は総額2億4308万円になりますが、お持ち帰りは大丈夫ですか?重量にして24キロ以上になりますが」
「は、はい……頑張って持って帰ります」
ハルシルさんは俺の言葉に笑顔で頷くと、スタッフに現金を持ってくるよう指示を出した。俺がほぼ手ぶらなのを見て、裸で持つわけにはいかないだうとカバンも用意するよう指示してくれた。
確かに何の準備も無く、ここに来てしまった。まさかこんな大金になるとは思っていなかったのだ。
「それと今回は数えるのは大変だと思いまして、全て銀行の帯付きの札束でご用意しておきましたので」
「何から何まで、すいません」
しばらくして、現金がパンパンにつまった黒いスポーツバッグがテーブルの上に置かれた。意外とでかくてビックリする。
現金って億にもなると、こんなに重くてかさばるものだったんですね。勉強になります。
いちおう形だけバッグの中を確認すると、どの札束も奇麗に銀行の名前の入った紙の帯でまとめられていた。
「足のつく現金ではありませんので、ご安心を」
俺はそんな心配はしていなかったのだが、ハルシルさんが意味深な笑顔で言って来る。その顔が、ちょっと怖い。
「あ、忘れるとこでした。また原石を持って来ていたのですが……」
「タクマさんの石でしたら、いつでもいくらでも大歓迎ですよ」
そう言ってハルシルさんは笑顔で揉み手をするのであった。




