049 意外な呼び出し
「さて、この現金たちをどうしたものか……」
いま俺の目の前にある机には、大量の金貨と日本円の札束が積まれていた。これが異世界で商売を始めてから昨日までの計20日間の売り上げである。
この地下室の奥を区切って作った小部屋、秘密の錬金術室には俺以外は立ち入り禁止である。だからといって現金をここにこのまま置いておくわけにはいかない。
いちおう普段は木箱に入れてはいるが、鍵などは掛けていないのだ。
我ながら不用心にもほどがあると、いまさらながら思ったしだいである。
「それにしても、いつの間にかずいぶんと稼いだものだな」
店を開店してから20日経ったという区切りから、改めて売り上げを集計してみようと思い立ったのだ。
稼ぐだけでなく細々とした買い物からゴーレムのような大きな買い物まで色々と支出もあったため、現状での正確な所持金を把握したいというのもあった。
「日本円のほうが5億1600万と少しで、異世界の金貨のほうが3872枚か」
金貨3872枚は日本円で約5億4200万円になる。なので現状の所持金総額は、日本円にして10億5800万円ほどになるわけだ。
稼ぎも稼いだり。いつの間にか10億を超えていたとは……1億稼げたら夢のようだと、つい先日まで思っていたというのに。
さらに手持ちの金貨は、宝石に変えて日本へ持ち込めば10倍以上の価値に跳ね上がるのだ。
今さらながら、これはとんでもないお金を手にしてしまったと思う。
ただ大金持ちになったという実感が、あまり無いのが正直なところだ。それはたぶん、お金を使っていないからだと思う。今のところ稼ぐだけ稼いで、自分の贅沢のための買い物などはまったくしていないのだ。
だが、使う予定も欲しい高価な物も、いまのところ何も無いのだから仕方ない。
「とりあえず、あとで大き目の金庫でも買っておこう」
意外と現金はかさばる。なので、かなり大きな金貨が必要であった。
ひとまず現金の把握は出来たので、その大量の現金を木箱へしまうことにした。こればっかりは人に手伝わせるわけにはいかないので、意外と重労働になってしまった。
「マスター、よろしいですか?」
俺がいそいそと現金を片付けていると、壁の向こうからゴーレムの呼びかけがある。
急いで木箱にフタをすると、俺は錬金術室から外に出た。ゴーレムになら見られても心配無いのだが、なぜかコソコソとしてしまう。
「今しがた商人ギルドから使いが来まして、至急マスターにギルドまで来て欲しい、ということでした」
俺が錬金術室から出ると、顔に青い宝石のあるゴーレムのゴルゴルがそう報告してくる。
「至急?なんだろう?」
商人ギルドのマスターからの至急の呼び出しは始めてだった。最近の自分の身に起こっていることから考えると、この呼び出しは何か嫌な予感がしてならない。
「いかがいたしますか?」
「急いで行ってみよう。ゴルゴル着いて来て」
「了解しました、マスター」
セシルさんの言いつけ通り、俺は護衛にゴルゴルを連れて商人ギルドへと急ぐことにする。
「また一段とお忙しそうで」
商人ギルドを訪れると、すぐにギルドマスターの部屋へと通された。いつものようにギルドの長であるエステバンさんが、笑顔で迎えてくれる。
「おかげさまで塩の風評被害も収まったみたいです」
「それはよかった……しかし何者かに襲われたようですね」
そう言うとエステバンさんの顔からは笑顔が消え、真剣な表情へと変わっていた。
「かなり危なかったのですが、セシルさんのおかげで助かりました」
「真珠の騎士の本領発揮ということですな」
「本当に。セシルさんが、あんなに強いとは知りませんでした」
「真珠の騎士といえば、王国騎士の中でも10本の指に入ると言われていた強者ですよ」
セシルさんが、王国騎士のベスト10入りしてたとは。どうりで、あんなに強いわけだ。
「そ、そんなに凄い人だったんですか?」
「はい。いまだに王国の騎士の中には、彼女のことを尊敬する者は多いですよ」
確かに東の塔の近衛騎士も、そんな感じだった。同じ騎士から尊敬されるということは、ただ強いというだけではないんだろうな。
「それで襲撃者の手掛かりはありましたか?」
「それが手掛かりは何も……心当たりならあるんですが」
「エルモア伯爵ですね」
「やはり分かりますか?」
「今回の塩の買い占め騒動ですが、やはりエルモア伯爵が動いていたのは間違いないようです」
やっぱりか。ただ証拠はなかなかな掴ませないんだろうな。ほぼ真っ黒なグレーということだろう。
「エルモア伯爵は、その塩で大儲けする寸前でした」
「寸前?」
「はい。しかし塩を売りさばく前に、異世界商会が信用を取り戻し、大量に市場に塩を、それもかなりの安値で供給してしまいました」
それもこれもエマ様のおかげなんだが。
「そのため高騰していた塩の市場価値が一気に崩れ、塩を高額で買い占めていたエルモア伯爵は大損害を被りました。その被害額は金貨8億枚ではと、我々商人ギルドでは予想します」
「は、8億枚!?」
日本円で約112億円……そりゃ俺を殺したくもなるか。
「自分で風評被害を流した上で塩を買い占め、塩不足を起こして市場を混乱させておいて売り時を誤ったということで……まぁ自業自得ですな」
いつも温和なエステバンさんの口調は、かなりきついものになっていた。まぁ商人ギルドの長として、市場を混乱に導いたエルモア伯爵のことを許せないのも分かる。
しかもそれはセシルさんへの私怨から始まって、最後にはあくどい金儲けに走ったのだからエルモア伯爵に褒められるところは微塵も無い。
「しかし逆恨みとはいえ、タクマさんの命が狙われ出したのも事実です」
「はい。正直、困ってます」
なんとも情けない言葉だが、本当にただ困っているのだから仕方ない。
「それで急遽、今日お越しいただいた話と関連するのですが」
この呼び出しは、やはりエルモア伯爵の件だったか。嫌な予感が当たらなければいいのだが。
「本日エルーデン王より、タクマさんに会いたいという話が、商人ギルドマスターの私のもとに来ました」
「え?」
いま王様って言いました?
「今回の塩不足の混乱を治めた異世界商会のタクマさんに、国王が自ら会って話をしたいということです。きっと国王よりお言葉と金一封も出ることでしょう」
「お、俺みたいな駆け出しの商人に、国王様が会いたいと?」
「はい。今回の塩騒動は、それだけこの国にとっても大問題だったということです」
まさか塩を売っただけで、王様に会うことになるとは夢にも思っていなかった。
「これは好機ですよ、タクマさん」
「好機ですか?」
「今回の謁見で、タクマさんの塩を国が認めたということになります。つまりタクマさんの塩を悪く言うことは、国を悪く言うことになります」
な、なるほど。これで風評被害も完全に収まるかもしれないぞ。
「さらにこの謁見でタクマさんの商人としての能力を見せつければ、王族をも味方につけることが出来るかもしれません。そうすればエルモア伯爵は、もう何も手出し出来なくなるでしょう」
「し、しかし商人の能力と言われても、どう見せつければいいのか……」
駆け出し商人の俺には、商人の能力どころか自覚さえまだ無いのだ。無いものは見せようがない。
「手っ取り早いのは献上品でしょうね」
「献上品ですか……なにをあげれば喜ばれますかね?」
「タクマさんの扱う商品は、どれも優れた物ばかりです。そこでさらに売り物とは違う特別な何かが加われば、それは喜ばれると思いますよ」
「特別な何か……」
やはり特注や一点ものみたいなのには、王族でも弱いのだろうか?
確かにうちの店で売っている物と同じ物を国王に差し上げるわけにはいかない。
「あのぉ、献上品選定の参考にしたいので、国王の人となりとか色々と教えていただけると助かるのですが」
「分かりました。簡単にご説明しましょう」
そう言うとエステバンさんはお茶を一口飲んでから、少し姿勢を正して喋り出した。
「代々エルーデン王国の国王は、武闘派と呼ばれるような猛者たちが多かったと言われています。それはこの国の四方全てが他国と接しているため、昔より国境での争いが絶えなかったからでしょう」
そういえばこの国は、四方を陸に囲まれた海無し国だったな。だから塩も貴重で高かったのだ。
「現国王のエルーデン8世も、若かりし時は戦場にも立って戦った猛者でした」
「国王は代々武闘派なんですね。怖そうだなぁ」
「はい、怖くないといえば嘘になりますね。ただ現国王は、内政面にも力を入れており、ただ戦うだけの武闘派という方でもありません。正直、私個人の意見ですが他国の王に比べれば、まったく問題の無い良い国王だと思います」
エステバンさんが言うのだから、よっぽど良い国王なのだろう。少しホッとした。
「お妃様も美しく心優しい方で、金遣いが荒いなどの悪い話も聞きません。また世継ぎは王子がおふたりおります。第一王子のエルラン王子と第二王子のオルト王子です」
美しい奥方と世継ぎもいる、そして評判も良いとは絵に描いたような理想の国王じゃないか。
「エルラン王子は近衛騎士団の団長も務める猛者で、次期国王は間違いないでしょう。いっぽうオルト王子は温和で知性に優れた学者肌です。権力などにも固執されていないので、後継者争いというものも起きることはないでしょうね」
本当に王族には問題が無いようだ。なんか隠された闇の秘密があるのかと、むしろ疑ってしまうほどだ。
「簡単に説明するとこんな感じでしょうか」
「分かりました。エステバンさんの話を参考に献上品を色々と考えてみます。ありがとうございました」
「私もタクマさんの献上品がどんなものになるのか、期待しておりますので」
そう言ってエステバンさんは優しく微笑んだ。
「こ、国王様に謁見されるのですかっ!?」
店に帰ってセシルさんに国王への謁見のことを報告すると、珍しく大声を出して驚いていた。
「お、俺もビックリなんだけどね」
「凄い名誉なことじゃないですか!いやぁさすがタクマ殿ですね」
「いやぁ、それほどでも~」
あまりにも褒めてくれるので、ついつい顔がニヤけてしまう。
「タクマ殿のことなので、作法などの心配も無いでしょうし……」
「さ、作法?」
「謁見の作法だけでなく、城の中での作法など色々とありますので。そういうのにうるさい貴族は多いですからね」
「そんなに?」
俺の言葉にセシルさんの表情が一瞬、強張る。
「ま、まさか知らない作法があるのですか?」
「知らないもなにも、作法などまったく知りません」
「死ぬ気ですかっ!?」
セシルさんが興奮して俺の両肩を掴み揺らしてくる。
「な、なんで作法で、そうなるの?」
「国王の前で下手なことをすれば、首が飛ぶこともあるのですよ」
「そ、そんな……」
確かにありそうな話だ。昔の日本だって大名行列を横切っただけで斬られたっていうし……。
「どうしましょう、セシルさん?いまから断っても大丈夫ですかね?」
「断らなくとも大丈夫です。私がタクマ殿に作法を叩き込みますので、ご安心を!」
「お、お手柔らかに、よろしくお願いします……そう言えば、セシルさんは国王に謁見されたことはあるんですか?」
「少ないですが、何回かございますので、作法のほうは心得ております」
さ、さすが真珠の騎士。しかも何回も謁見してるとは!しかし、こんなに頼りになるとは……本当に助かった。
「それとタクマ殿……」
「な、なんでしょうか?」
「失礼ですが、そのいつもの恰好で国王様に会われる気ではないですよね?」
「ダ、ダメでしょうか?」
「ダメに決まってます!」
「ご、ごめんなさいっ!」
またセシルさんに両肩を掴まれ、ガクンガクンと揺らされてしまう。酔いそう。
「正装はお持ちですか?」
「い、いいえ恥ずかしながら、持ってません」
スーツならあるが、まさかネクタイ姿で国王に会うわけにもいかない。
「謁見の日は、いつになりますか?」
「10日後です」
「それでは急ぎ、謁見用の服を仕立てましょう」
「は、はい」
こうしてセシルさん主導による国王への謁見準備が始まったのだった。




