047 錬金術
「ふぅ~なんとか無事、戻れたぁ~」
襲撃から逃れた俺たちは借りた馬車を返却してから、ようやく異世界商店へと戻って来た。
ゴーレム2体を連れているということもあり、まだ開店中で混み合っている店舗を避け、裏口から店の休憩室へと入ったのだった。
「お茶をどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
どっと疲れが出てテーブルに突っ伏していると、セシルさんが紅茶を淹れてくれた。温かい飲み物を飲んだせいか、おかげで少し落ち着いてきた気がする。
「あの襲撃者は只者ではありませんでした。あの人数での計画的な動きは、素人のやれることではありません」
俺が黙ってティーカップの紅茶を見つめていると、セシルさんが襲撃のことを話し出した。
「襲撃者の死体を調べてみましたが、手掛かりになるような物は何ひとつ持っておりませんでした。その点でも、そういうことに手慣れた者たちだったということが分かります」
プロの暗殺者か。しかも大人数の。
「そんなことが出来るのは、やはり……」
「はい。エルモア伯爵の差し金とみて、まず間違いないかと」
「やはり、そうなりますよね」
本当にしつこい奴だ。しかし、嫌がらせどころか、まさか本格的に殺しにまで来るとは思わなかった。
「エルモア伯爵の目的は商売の邪魔ではなく、タクマ殿の命を取ることに変わったようですね」
「恐ろしくて考えないようにしてたのに……」
「す、すいません」
「いえ、俺もその通りだと思うので……」
「タクマ殿、もうひとりでの外出はお控えください」
「そうですね。さっき、もし自分ひとりだったらと思うと、ゾッとしますよ」
そう言って俺は思わず自分の首をなでていた。あのスラム街の通りに転がっていたのは、一歩間違えれば自分の首だったかもしれないのだ。
「それに根本的な解決策を考えませんと……ずっと逃げ隠れするというわけにもいきませんし」
「まったく、その通りですね。このさき塩の卸売りを始めれば、少しはエルモア伯爵の感情も薄れるかと思っていたんですが……どうやらそれぐらいではダメそうですね」
「…………」
セシルさんが深刻な表情で俯いてしまった。いつも以上の真剣な表情に、なにかとても嫌な予感がする。
真面目なセシルさんはこの襲撃が、全て自分の責任だと思うだろう。そんなバカが付くほど真面目なセシルさんなら、絶対に変な気を起こすはずだ。
「セシルさん、変なこと考えないでくださいよ」
「え?」
セシルさんの少し驚いた表情を見て、俺は確信した。彼女は自分の命を懸けて何とかするつもりなのだ。
「わ、私は別に何も……」
「変なこと考えないでくださいね。それに、もうセシルさんひとりの命ぐらいで、どうこうなる段階ではないと思いますよ」
「し、しかしこのままでは……」
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、色々と準備は進めていましたから」
なんてのは嘘だ。どうしたものかと、俺も頭の中がパニックになっているところなのだ。
だが、ここで手が無いと正直に言えば、セシルさんは確実に命を投げ出す行動に出るに違いない。
それだけは絶対に避けなければならない。絶対にだ。
「俺を信じられませんか?」
「タ、タクマ殿のことは信じております!」
納得はしていないだろうが、なんとか今はセシルさんもとどまってはくれるだろう。
だが時間が経てば、セシルさんは確実に早まった行動を起こすはずだ。悠長に対策を考えている暇は無い。
しかし、そうは言っても、いまの俺に具体的な解決案があるわけではなかった。先ほどから色々と考えてはいるものの、やはり良いアイデアは浮かばない。
ここは効果が薄いかもしれないが、予定通り塩の卸売りを始めてみるしかないか……いまやれることはそれだけだ。
「ただいまぁ」
そんなことを考えていると、セシルさんの弟のリットが帰ってきた。今日もシンプルなワンピースを着ていて、とても可愛い。
すぐ忘れそうになるが、こう見えてもリットは男の子だ……と、俺は俺に言い聞かせる。
そんな可愛い男の子のリットの手には本や紙の束などがあり、どうやらどこかで勉強して来たようだった。
「ちょうどよかった。少しリットに相談があるんだけど」
「ぼ、僕にですか?」
そんな戸惑うリットを俺は自分の前のイスに座らせた。
「魔法というものは自身の中にある魔力を使い、魔法を発動させます。その魔法は、主に現象と呼べるものがほとんどです」
「なるほど」
「いっぽう錬金術というのは、魔力で物を作り出すもののことを言います。主に宝石や金属を作り出すことが多いようです」
いま俺はリットから魔法や錬金術に関しての講義を受けている。急に魔法に興味を持ったというわけでも、魔法を使いたくなったというわけでもない。
今後、塩の卸売りをするにあたって、大きな問題がひとつあった。それは、販売する大量の塩をどこから手に入れているかということだった。
うちの店で売るだけなら入手方法を説明する必要は無かったが、他の商人に卸売りするとなると、その商人への説明責任が生じてくる。
しかし、その大量の塩を別世界から搬入していると言うわけにはいかない。
そこで何か適当な理由付けが出来ないかと思い、色々と魔法に関する話を聞いているというわけだ。
「錬金術で塩は作り出せないのかな?」
俺はズバリ確信にふれてみる。
「古い文献に塩を作り出したという記載は残っているようです。ですが今は失われた技術だと言われています」
「それだ!」
「え?」
「いや、例えばなんだけど、ここで売られている塩が錬金術により生み出されていると言ったら、信じるかい?」
「…………はい」
「え?信じるの?」
「こんな大量の塩をいつも地下から搬入しているじゃないですか。地下に海水があるわけありませんし、そう考えると錬金術で塩を生み出す以外には不可能かと」
「な、なるほど」
「正直、錬金術でこんな大量の塩を生み出すことが出来るなんて、いまでも信じられません。大昔に失われた技術ですし、もし仮に出来たとしても、あんな大量の塩を生み出すには、どれだけ膨大な魔力が必要になるか想像も出来ません」
魔法学院に行きたいだけあって、リットは魔法関係の話になるといつものオドオドした態度と打って変わって人が変わったようによく喋る。
本当にこの子は魔法が好きなんだなぁ。
「しかし、現実に毎日、大量の塩を搬入しているタクマさんを身近で見ているので、信じるしかありません。それにそんな素晴らしい錬金術があるなんて、信じたいじゃないですか!」
「ハ、ハハ……そ、そうだね」
やはり魔法関係の話になるとリットは人が変わる。興奮してテーブルに乗り出し、俺に顔を寄せてくる。
か、可愛いから、あんま近付かないで……。
「タクマさんは失われた塩を作る錬金術の復活に成功したんですよね!?」
「ま、まぁ、そうなるのかなぁ……」
「凄いですよ!もっと学会などで発表して、この素晴らしい偉業を広く世界に知らしめるべきなんじゃ……」
「ま、待ってくれ、リット!」
興奮し出したリットを俺は慌てて制した。これ以上、嘘の錬金術でリットを騙すのは心が痛いし、話を大きくされても困るのだ。
「リット、これは門外不出の極秘中の極秘技術なんだ。公にすることは絶対に出来ない」
「た、確かにもの凄い技術ですが……」
「それに俺は商人だ。この金の卵を産む鶏を誰かに渡せるわけがないだろう?」
「そうでした……すいません」
「いや、分かってくれればいいんだ」
リットはいつも以上におとなしくなり、下を向いてしまった。なんか申し訳ない。
「ちょっと錬金術の他に何かあるか気になってしまって、少し話を聞いてみただけなんだ。なんか逆に申し訳ない」
「いえ、僕もつい興奮してしまって、すいませんでした」
リットには少し悪いことをしたが、おかげで塩をどうやって生み出しているのかの言い訳がこれで少しは出来そうだ。
塩は錬金術によって異世界商会の地下で生み出されており、その技術は完全極秘である。
まぁこんなところだろうか。
本来ならこんな話は信用されないところだが、ここは魔法の存在する異世界である。不思議なことは全て魔法や錬金術の仕業で片付いてしまうのだ。
そもそも俺がここにいること自体、不思議な扉を使ってのことなのである。それだけでも、もの凄い不思議なことなのだ。
なので、錬金術によって塩を生み出すことぐらい、この異世界では信じられない話ではない。
ついでにグラスとか鏡や、今後売る予定の物も全部、錬金術の仕業にしてしまおう。うん、そうしよう。
「あ、あともうひとつリットにお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
俺の言葉に、俯いて自分の指を見つめていたリットが顔を上げる。
「俺が使っている錬金術の道具は、どれも特殊で独特の物のようなんだ。それで、一般的な錬金術に使う道具を見てみたくてね」
「それなら、この商人通りにも、良いお店はありますよ」
「それでお願いなんだけど、その一般的な道具を一通り買って来てくれないか?」
俺は錬金術を使う言い訳の裏付けとして、少し偽装工作もしておこうかと思ったのだ。
錬金術で塩を作っていると言っておいて、なにも道具などが無いのは不自然だ。
なので、先日、区切ったばかりの地下室の奥に、それとなく錬金術の道具を揃えておこうと思ったのである。
もちろん、誰も地下室に入れる気は無いので、あくまでも念のためである。
「買って来るのはいいですけど、タクマさんの使っている道具よりも質はだいぶ落ちると思いますよ」
「それでいいんだ。とりあえずこれで、適当に買って来て」
俺はそう言ってリットに金貨5枚を渡した。
「こんなにいらないと思いますが……とりあえず、さっそく買って来ますね」
「よろしく」
そう言って俺は、おつかいに出かけるリットを笑顔で見送るのであった。
「錬金術も大変そうですね、タクマ殿。私にはまったく分かりませんが」
セシルさんが感心した表情で話しかけてきた。俺も錬金術はチンプンカンプンなので、なんか申し訳ない。しかしここは知った風な顔をするしかなかった。
リットが買って来てくれた錬金術の道具は意外と多く、ゴーレムたちを使ってなんとか地下室へと搬入した。ついでに机やテーブルなども入れたので、意外と大仕事になってしまったのだ。
一息ついた俺たちは、いま休憩室で休んでいるところだ。
「しかし、改めてタクマ殿の錬金術には感心させられます。塩だけでなく、あんな上質のガラスや鏡まで生み出すのですから」
「いや、ハハハハ」
笑うしかなかった。セシルさんの尊敬が止まらない。なんか本当に申し訳ないです。
「でも錬金術の件は秘密なので、ないしょでお願いしますね」
「もちろんです」
あくまでも錬金術は塩の出処を追及された時の保険的なものなので、俺から公にするつもりはない。まぁ追求されることは、まず無いとは思うのだが。
「お疲れ様ニャ~」
しばらく休んでいるとミーナが休憩室に入って来た。そういえば、もう閉店の時間か。
「な、なんなのニャ~!シャ~!!!」
突然、ミーナが全身の毛を逆立てて、威嚇しだした。尻尾などは、いつもの数倍に膨れ上がって見える。
何事かとミーナの視線の先を見ると、2体のゴーレムが立っていた。
「あ、みんなに説明してなかった」
「こいつら、何なのニャ~!フゥ~!」
「お、落ち着けミーナ。この子たちは怪しい者じゃないから」
俺はゴーレムを威嚇するミーナを落ち着かせ、急いでリサとミランダさんも呼ぶと、新たな仲間である2体のゴーレムをみんなに紹介する。
「今日からうちの仲間になった、ゴーレムたちです。みんな仲良くしてやってください」
「ほぉ~」
俺の説明を受け、三人は驚いたような、感心したような声を上げている。異世界といえどもゴーレムは珍しいみたいだ。
次に俺はゴーレムに向けて、みんなの紹介をする。
「この子たちが異世界商会の大切な仲間たちだ。リサにミーナにミランダさん。それとこちらが、騎士のセシルさんとその弟のリットだ」
「皆さん、よろしくお願い致します」
「マスターの仲間は、私たちの仲間でもあります」
2体のゴーレムが、みんなに丁寧にお辞儀をして挨拶をした。本当に良く出来たゴーレムだ。
「凄いですねぇ」
そんなゴーレムを見たリサが口を抑えて驚いている。
「なかなか艶のある体をしてますね、ホホホ」
ミランダさんが色っぽい目でゴーレムを見ながら、意味深なことを言い出した。いや、たぶん俺の勘違いだ……と思う。
「凄いニャ、凄いニャ!はじめてゴーレムを見たニャ~!」
落ち着きを取り戻したミーナは、興奮しながらゴーレムを触ったり匂いを嗅いだりしている。
「あまり嗅がないでください、ミーナさん」
いい加減しつこいミーナに、ゴーレムが優しく注意した。こういうところも本当に人間らしく、凄い性能だと感心する。
「これからよろしくニャ、ゴルゴルにレムレム!」
「…………」
さすがのゴーレムも固まっていた。もちろん俺も固まった。
「おいおい、なんだよその呼び名?」
「こっちの青いのがゴルゴルで、こっちの赤いのがレムレムだニャ」
「勝手に名前つけて……ダメだってば」
「しょうがないなぁ。じゃあ、赤い方がゴルゴルで……」
「違う違う!名前が逆とかの問題じゃない!名前自体が問題なの!」
「え~、いいじゃんねぇ~ゴルゴル?」
「はいミーナさん。素敵な名前をありがとうございます」
なんと本人が受け入れてしまった。名付けはマスターである俺に権利があるんじゃないのか?
「いいじゃないですか、可愛い名前で」
リサも笑顔でミーナに同意してしまう。セシルさんも納得した顔で頷いている。
「み、みんながいいんなら……別にいいけどさ」
俺は仕方なくミーナの付けた名前を受け入れた。せっかくカッコいい名前を付けようと思ってたのに……。
「ゴルゴル、光線とか出してみるのニャ~」
「残念ながら光線は出ません」
「ええっ!?ゴーレムなのにっ!?」
どんなゴーレムのイメージを持ってたんだ?
まぁ俺も人のことを言えるほどゴーレムのことを知らないんだが。
それにしても、ゴーレムがこんなに頭が良いとは思わなかった。ある程度、指示すればあとは自分たちの判断で行動できるようだ。
異世界の科学力がそれほどでも無いのは、魔法が優れているからなのかもしれないな。
「さすがゴルゴルは力持ちなのニャ~!」
「あ、危ないですよ、ミーナさん!」
ゴーレムの頭の上に乗ってはしゃいでいるミーナをリサが必死に止めていた。
「買った初日に壊さないでよ」
ミーナの手荒な扱いにもまったく動じないゴーレムを見て、俺は改めて頼もしい新たな仲間を得たことを実感するのだった。




