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046 襲撃

「お、お待たせしました」

 着替えを終えたセシルさんが、店の奥から現れた。

「お、おおっ!」

 その姿を見た店員がもの凄い大声を出し、腰を抜かしてカウンターにしがみ付いた。

 俺もその美しさに声を上げるところだったが、店員のリアクション見て冷めてしまった。この店員、本当に嫌いだ。

「う、美しい!それに凄い似合ってます!」

 もともとセシルさんのものなのだから当たり前なのかもしれないが、その鎧は正にセシルさんのためにあるといっていいほど似合っていた。

「本当に凄いですよ……」

 それ以上なんと言っていいか分からないほど、セシルさんの鎧姿は美しかった。

「も、もうそれはいいですから……」

 セシルさんは顔を赤らめて下を向いてしまう。そんな仕草もまた可愛い。

「マスター、お早く出たほうが」

 ゴーレムの言葉にハッと我に返る。そうだ、早くここを離れないと。

 俺たちは今だ口を開けたまま腰を抜かしている店員を無視して、急いで店を出ることにした。


「異常は……ないか?」

 ゴーレムの言葉を受け警戒して店を出たが、外に盗賊が待ち受けているということは無かった。

 店の前の通りを歩いている人はまばらで、来た時と別に変わりは無いように思える。

 店の前にいたもう一体のゴーレムは、立ち尽くしたまま微動だにしていない。見た感じでは警戒しているのか、ただ立っているのかは分からない。

「早く大通りまで出ましょう」

 俺が呑気にかまえていると、セシルさんがそう急かす様に言ってきた。見ると表情が真剣で、少し強張っているようだ。

「わ、分かりました。急ぎましょう」

 そんな緊迫したセシルさんを見て、俺は急いで店の前の道を大通りへと進みだす。確かに改めて見ると、スラム街はとても長居ができる感じのところではない。

 大通りへ向け少し道を進むが、俺の緊張とは裏腹に何も起こらない。

 道の隅には、なぜか上半身裸の男が寝っ転がっていた。スラムらしいといえばスラムらしい光景だが。

 そして前からは、どうみても酔っ払いだと分かる足元がフラフラの男が通りをこちらへとやって来る。これもスラム街らしい。

 さらに少し行くと、道端で遊んでいる小さい男の子と女の子がいた。ふたりは道に座り込んで、木で出来た人形のようなもので遊んでいる。

 スラム街は意外と子供が多い。ここへ来た時から子供たちの遊ぶ声が聞こえていたし、通りを走り回る子供が何人もいたのだ。

 しかし着ている物は粗末で、体も薄汚れている。貧困の差は見るだけで分かるほどだった。

「くらえっ!必殺パンチ!」

「ダメッ!女の子を殴ったらいけないんだよっ!」

 人形で遊ぶ女の子が男の子を注意していた。どこの世界でも無邪気な子供はいいものだ。

「よう、姉ちゃん!奇麗だな、おい」

 人形で遊んでいる子供たちを微笑ましく見ていたら、気が付けば酔っ払いの男がこちらへとかなり近付いてきていた。

 セシルさんが剣の柄に手を掛け、俺の前にかばう様に立つ。空気が緊張の色に変わっていくようだ。

「ちょっと一緒に飲もうぜぇ~」

 いよいよ酔っ払いが近寄ってきた。もう少しでセシルさんに抱き着く勢いだ。

 その瞬間、セシルさんが剣を抜くが早いか、酔っ払いにではなく俺のほうに振り向きながら剣を一閃させる。

「うわっ!」

 セシルさんの剣は空気を斬る音をたてて、俺の顔を横から真っ二つにする勢いで迫ってくる。しかし俺は避けるどころが、体はまったくピクリとも反応せず動かなかった。

 思わず俺は目をつぶってしまう。セシルさんのことを信じてはいるが、こればっかりは本当に斬られると思ったのだ。

「ぐわぁぁぁぁ!」

 次の瞬間、俺のすぐ真後ろから予想外の男の悲鳴が聞こえる。

 目を開け慌てて振り向くと、先ほど道端で寝ていた上半身裸の男が、セシルさんの剣で顔を半分斬られて絶叫している。しかも俺のすぐ近く、数十センチの距離でだ。

 男はそのまま後ろに倒れると、動かなくなった。その男の手に短剣が握られていたのを見て、俺はゾッとした。

「囲まれたか」

 セシルさんが剣を構えたまま、辺りを見回している。しかし俺には、腰を抜かして道端に倒れた酔っ払い以外は何も見えない。

「子供たちと道の隅に隠れていてください」

 セシルさんはそう言って俺の背中を強く押し、道の隅へと誘導する。その勢いのまま、俺は子供たちを連れて道の隅へと身を潜めた。

「こ、怖いよぉ~!」

「エ~ン」

 子供たちは脅えて泣き出してしまった。

「大丈夫だからね」

 必死に子供たちをなだめるが、俺も正直、泣きたい気分なのだ。

「お気を付けを、マスター」

 気が付くと2体のゴーレムが俺の両脇を固めてくれていた。今は本当に頼もしく思える。

「ハァァァァ」

 道の真ん中にひとり残ったセシルさんが、息を吐きながら気合を入れていく。すると驚くことに着ている鎧が七色に輝きだし、薄っすらとした光の膜をまとっているようになったのだ。

「し、真珠の騎士……」

 まるで真珠のように七色に輝くセシルさんの姿を見て、思わず俺はそう呟いていた。なぜセシルさんが真珠の騎士と呼ばれていたのかが、いまハッキリと分かったのだ。

「かかれっ!」

 どすの利いた男の叫び声に、セシルさんに見とれていた俺は我に返った。

 気が付くと道の向こうから剣を持った男たちが走って来る。振り向けば、道の反対側からも3人ほどの男が来るのが見える。

 挟み撃ちか!

 へんに慌てる俺を尻目に、セシルさんはまったく微動だにしない。ただ剣を構えて気を溜めている感じだ。

 大丈夫だろうか?

 何のアクションを起こさないセシルさんに、さすがに不安になってくる。気が付けば、駆け寄る男たちはもうすぐそこだ。完全に挟まれてしまいそうだった。

「あっ!」

 どうするのかとやきもきしていると、突然、目の前のセシルさんの姿がブレたかと思うと、薄く半透明になった。

 いや違う。セシルさんが高速で動いたのだ。まさか人間の残像を見るとは思わなかった。

「ぐわっ!」

 男たちの叫び声を聞き、そちらへ目をやると、セシルさんが剣を横一閃に薙ぎ払ったあとだった。

 同時に三人、一太刀で斬られたと思われる男たちが、天を仰いで崩れていく。しかし、セシルさんはそれを確認もせず、すぐに振り向きざま道の反対側へと跳躍する。

 それは人間とは思えない、目で追うのもやっとなもの凄い早さの動きだった。もしかしたら、これがあの鎧の力なのかもしれない。

「グハッ!」

 俺がそんなことを思っている間に、また3人の男が一刀両断にされていた。

 剣の切れ味かセシルさんの技なのか、男たちは豆腐でも切るように簡単に斬られていた。

「す、凄い……」

 しかし、喜ぶのも束の間、今度は周りの建物の扉を蹴破って、剣を持った男たちが飛び出してきた。

 ここは商人通りと違い店舗は少なく、ほとんどが民家である。その民家も見ただけで壁が薄くポロいのが分かる家ばかりだ。

 そんな、そこらじゅうのポロ家から十数人がいっせいに飛び出して来たのだ。一気に通りは剣を持った男たちだらけとなった。

 その男たちをセシルさんは躊躇なく、ひとりふたりと斬り倒していく。もの凄い早さで動くセシルさんであったが、しかしさすがに敵の数が多過ぎた。

 セシルさんが数に苦戦するなか、何人かの男たちは俺の方へと襲い掛かってきたのだった。

「うわっ!」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

「しまった!」

 セシルさんが助けに来ようとするが、襲撃者が多く、俺たちとの距離を空けられてしまっていた。

 これはまずいとゴーレムを見るが、俺の両脇に立ち尽くすだけで何もしようとしない。

「うそ~ん!」

 思わず、また間抜けな声を出してしまう。俺を守るんじゃないのかっ!?

「もらった!」

 そんなゴーレムを見ていたら、ひとりの男が俺に剣を突き出しながら飛び掛かって来た。

 ヤバいっ!

 恐怖で思わず目を閉じそうになったその時、その襲い掛かってきた男が突然、地面に落下し潰れてしまった。

 いや、上空から誰かが飛んで来て、その男に飛び乗り地面に叩きつけたのだ。

「よく襲われる人だニャ~」

「あ、あなたはっ!」

 地面にめり込んだかと思われるほどに叩きつけられた男の上に乗っていたのは、ミーナにそっくりな獣人だった。

 前に誹謗中傷の貼り紙を剥がしていた時、チンピラに絡まれた俺を助けてくれた女性だ。

「タクマ殿っ!」

「だ、大丈夫!この方は知り合いです!」

 心配するセシルさんに、彼女は味方だと伝える。

 俺の言葉に安心したセシルさんは駆けつけようとした足を止め、また近くの襲撃者を斬り倒し出した。

 セシルさんの動きは鎧の効果もあってか、とにかく人間業とは思えないほど早い。

 さらにセシルさんの剣は、魔力が充分チャージされた魔剣なのだ。その魔剣の切れ味と相まって、襲い掛かる男たちは面白いように簡単に斬り倒されていく。

「死ねっ!」

「うわっ!」

 セシルさんに目を奪われていると、またひとり俺に男が襲い掛かって来る。

 その男は持っている剣を突き出し、俺目掛け一直線に突っ込んで来た。まるで俺を殺すことだけが目的のように。

 その鬼気迫る男の剣が、もう俺の目の前まで迫った時、俺と剣の間に誰かが割って入った。

「ぐわっ!」

 その男は俺に届く一歩手前でミーナ似の獣人によって斬り倒されてしまった。

 いや、獣人は手に武器のような物は持っていない。よく見ると手の鋭い爪が、ナイフぐらいまで伸びて妖しく光っていた。

 これはミーナと喧嘩したら、ただでは済みそうにない。

「気を抜くのが早いニャ。まだ戦いは終わってないのニャ~」

「す、すいません」

 ミーナ似の獣人に注意されてしまった。こういう修羅場の経験が皆無なので、俺はどうも危機感が薄いようだ。

「ぐぬぅぅぅぅぅ!」

 最後のひとりと思われる男が、セシルさんに頭を斬り落とされて聞いたことも無い声を出して絶命していった。

 落ち着いて周りを見ると、もの凄い数の死体の山である。

「こ、こんなに襲って来たのか……」

 襲撃者の数は数人どころではなく、少なく見積もっても30人はいると思われた。

 な、なんなんだよ、いったい……。

「ぐわっ!」

 その時、俺のすぐ後ろからくぐもった悲鳴が聞こえた。なんでそんなところから悲鳴が?

 慌てて振り返ると、先ほどまで俺の足元で屈んで震えていた男の子の腕をゴーレムが掴んでいたのだ。

「な、なにを!?」

 慌てて止めようとした俺の目に、信じられないものが飛び込んで来た。

 なんとゴーレムに掴まれている男の子の手にはナイフが握られていたのだ。しかもそのナイフの刃は、毒々しいドギツイ紫色をしていた。

 こんな男の子が、暗殺者!?

「ぐがぁぁぁぁぁ!」

 ゴーレムが腕を握りつぶしたため、男の子がもの凄い悲鳴を上げる。

「ギャッ!」

 また近くで、もの凄い悲鳴が上がる。

 もう一体のゴーレムが、今度は女の子を殴り飛ばしたのだ。

 殴り飛ばされた女の子はもの凄い勢いで地面を転がって行き、10メートル以上向こうでようやく停止した。

 女の子の殴られた顔は半分無くなっており、どう見ても生きているとは思えない。変な方向に曲がっている腕を見ると、やはり紫の刃のナイフを握っていた。

 なんなんだよ、いったい……。

「ここまでかっ!」

 男の子がそう言うと突然、口から泡を吹いて倒れた。どうやら毒でも飲んだようだ。

 ゴーレムは男の子の死を確認すると、掴んでいた手を放した。握り潰された男の子の腕は、もげて取れる寸前で皮一枚でつながっていた。

「こんな小さな子供まで……」

 俺はあまりのショックに、泡を吹いて死んでいる男の子をただ呆然と見つめるしかなかった。

 いくら価値観の違う異世界とはいえ、子供に襲われた上にその死を目の当たりにして、正直なにも言葉が出て来ない。

「いや、違うのニャ」

「え?」

 そう言いながらミーナ似の獣人が、男の子の死体に近付き屈みこむ。そして、おもむろにその顔を思い切り掴んだ。

「な、なにを……」

 暗殺者の死体とはいえ何をするのかと思えば、獣人はその男の子の顔を思いっ切り剥ぎ取ってしまったのだ。

「な、なんてことをするんですかっ!?」

 俺は思わず叫んでいた。異世界の価値観の違いに軽くパニックになってしまう。いや、これは価値観の違いとかの問題なのだろうか?

「こんな子供(ガキ)いるわけないのニャ~」

「え?」

 そう言って獣人が見せてきたのは、男の子の顔の皮……ではなく、ゴムの様なもので出来たマスクだろうか?

 慌てて男の子の死体の顔を見ると、見事な中年のおっさん顔になっていた。

「これで変装してたニャ~。匂いがおっさんなんで、すぐ分かったニャ」

 こんな子供にまで変装して、襲って来たというのか?完全に暗殺のプロ集団じゃないか!

「あちらの女の子も、暗殺者でした」

 そう言ってセシルさんが、血塗れの女の子のマスクを持ってやって来た。

「まさか子供まで暗殺者とは気付きませんでした。申し訳ございません、タクマ殿」

 そう言ってセシルさんが頭をさげてくる。

「や、やめてください。セシルさんのおかげで、こうして助かったんですから」

 本当にセシルさんがいなかったら、どうなっていたことか。それに、もし鎧を買い戻していなかったらと思うとゾッとする。

 やはりお金の使い道は大事だなと、改めて実感させられた。

「危ないと思ったけど、そこのゴーレムたちが気付いてたみたいなんで、大丈夫だったのニャ」

 そう言って獣人が、2体のゴーレムを指差した。

 ゴーレムは子供が暗殺者だと気付いていたということか?だから俺から離れなかった?

 思わずゴーレムたちを見つめるが、目鼻は無く表情も無いので真意はまったく分からない。

「本当にゴーレムがいて助かりました。タクマ殿は強運の持ち主かもしれません」

 確かにゴーレムを買い、さらにセシルさんの鎧も買っていたから、この暗殺集団を撃退できたと言えるだろう。

 これらの買い物のタイミングがどれかひとつでも遅れていたら、俺は完全に殺されていた。

「そんじゃ、長居は無用なのニャ~!」

「あ、ちょっと待って!」

 慌てて引き留める俺を無視して、ミーナ似の獣人は軽やかに建物の屋根へと飛び上がり、どこかへと行ってしまった。

 また名前も聞けず、それどころかろくにお礼も出来ていないというのに。

「確かにこんなところ長居は無用ですね。行きましょう」

 俺はセシルさんに背中を押され、急いでここを離れることにした。

 道には暗殺者たちの死体が無数に転がっており、避けて歩くのに苦労するほどだ。

 改めていま起きたことを思い出すと、背中に冷たいものが流れた。

 怪我ひとつ無く無事だったことに、俺は深く感謝したのだった。

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