045 アーレセン家の家宝
「本当にこの道でよろしいのですか?」
セシルさんが強張った顔で俺に聞いてくる。無意識にか、腰に提げた剣の柄に手もかけている。
「どうやら目的の店は、この先にあるようなので……」
俺も思わず顔が苦笑いでひきつっていた。
俺たちが立っているのは、まさにスラム街という感じの場所への入り口だった。
その先の道は狭く治安もかなり悪いということなので、乗って来た馬車は近くの宿屋にお金を払って預けてきている。
「ゴーレムたちも、何かあったら頼むね」
「了解しました、マスター」
俺たちの後ろに立っている2体のゴーレムにも警護を頼む。さっそく彼らを利用する機会がきて、買って良かったと改めて思う。
「用件を言っていただければ、私がひとりで行きますのに」
セシルさんが俺を心配して、そう言ってくれる。
「ありがたいけど、こればっかりはセシルさんにはお願い出来ないもので……」
セシルさんの手放した家宝の鎧を買い戻そうというのだ。それを知ったらセシルさんは絶対に反対するに決まっている。
さらに鎧を売っているという店は、評判のよろしくないぼったくり店だ。いくら吹っ掛けてくるか分かったもんじゃない。
なので、こればっかりは俺が店に行くしかないのだ。
「急いで済ませますんで、パーッと行って早く帰りましょう」
「分かりました」
渋々の納得というような感じだが、とりあえず俺の言葉にセシルさんは頷いた。
「本当に気を付けてください」
スラム街の道に入って行くと、すぐにここが普通じゃないということが俺でも分かった。
あからさまに不潔だということもあるが、建物や道の雰囲気から、そこにいる人々まで、全てがただならぬ感じを創り出しているのだ。
もし俺ひとりだったら、すぐに逃げ出していたことだろう。
気が付けば、自ずと俺の歩く足は速くなっていた。体は正直ということか。
しかし、もうここまで来たら引き返せない。
早く武器屋に行って鎧を手に入れ、急いで帰るとしよう。
「ここだ」
俺はようやくエマ様警護の近衛騎士から聞いた武器屋を発見した。普通の民家らしきものが建ち並ぶ中に、突然ポツンと店舗が存在するのだ。
その武器屋の外見は掃除などされておらず汚く、店内も薄暗くよく見えない。どう見てもまともな店ではないということだけは分かった。
「武器屋……ですか?」
セシルさんが異様な店構えを見て、怪訝な表情を浮かべる。
店が怪しいというだけでなく、俺が武器屋に用があるということも疑問のようだ。
「じゃあ、すぐに用件を済ませてくるんで、ここで待っててもらえますか?」
「え?」
セシルさんに鎧を見せるわけにもいかず、俺は店の前で待っててもらうことにした。
一緒に店内に入るものと思っていたセシルさんは、もちろん不満の表情だ。
「いえ、さすがにこのような店にタクマ殿ひとり行かすわけにはまいりません」
「だったらゴーレムを連れて行くので……」
「ゴーレムを店内に入れるのも問題かと」
セシルさんにいつになく真剣な顔で迫って来る。
まぁこの店構えを見れば、心配になるのは分かるのだが。
「では、ひとつだけ約束してください」
「なんでしょうか?」
「これから店内であるものを買いますが、絶対に何も言わないと約束してください」
「タクマ殿の買い物に反対するはずがありません」
「いえ、きっとセシルさんは、それを買うことに反対するはずです。ですが絶対に何も言わず、買い物が終わるまで黙っていてください」
「…………」
「それが出来ないなら、ここで待っていてください」
「分かりました。なにを買うかは知りませんが、買う物に絶対反対はしません」
「約束ですよ」
「はい」
こうして俺とセシルさんは、怪しい武器屋に一緒に入ることになった。
ゴーレム2体には、店の前で待機してもらおう。
「これはこれは~いらっしゃいませ~!」
店に入った途端、この店の者と思われる男が揉み手をしながらもの凄い勢いでやってきた。
満面のいやらしい笑みを浮かべる痩せ型の店員は、年は40歳ぐらいだろうか?髪の毛は油でカチカチに固められたオールバックで、鼻の下にチョビ髭を生やしていた。
紫色のキラキラとした素材で出来た派手で下品な服を着ており、正直、大嫌いなタイプである。
「今日は何をお探しでしょうか~?」
揉み手を続けながら店員は俺に迫って来る。顔が近く口が臭いので、本当に勘弁して欲しい。
俺は鎧のことを訪ねようとしたが、すぐに切り出すと足元を見られると思い、まずは適当にあしらうことにした。
「いや、たまたま入ってみただけなんでね。なんか良い物があれば、買ってもいいけど……」
「良い物もなにも、うちの店はこのディーデンで一番と評判の武器屋ですよ。良い物以外おいてありませんとも」
店員は胡散臭そうに笑いながら言って来る。
しかし店の中を見渡せば、素人の俺が見ても大したものが置いていないのは分かる。掃除もされてないのか、全体的に薄汚いのだ。良い物ならば掃除ぐらいはするはずだ。
「ちょっと見させてもらうよ」
「どうぞ、どうぞ」
俺は店員から離れると、店内を適当に歩いて回る。
「タクマ殿、こんな店に何の用なのです?」
セシルさんが店員に聞こえないよう、小声で俺に話しかけてきた。顔を見ると、怪訝な表情を露骨に浮かべている。
ただでさえ武器など必要無い俺に、こんな胡散臭い店に用事があるわけがないのだ。
「いや、ちょっと……」
セシルさんに何て言おうかと思いながら店の奥まで来た時、俺の足が思わず止まった。
俺の目の前に現われたのは、この店にはまったく似つかわしく無い、真っ白に輝く美しい鎧だった。
いや、その鎧は白くは見えるが、光の加減によって色んな色にも見える七色の鎧という感じだ。
「こ、これは……」
俺が思わず鎧に見とれて声を漏らすと、すぐに店員が近くに寄って来た。
「さすがお目が高い!これは、この店でも最高級の品でございますよ」
そりゃそうだろう。この鎧はセシルさんの持ち物だったもので、本来こんな店にあるはずがない代物なのだから。
「これはある高貴な騎士様が持っていたもので……しかし悪事を働いたためお家取り潰しとなり、金のために手放したという物でございます」
まずい。こいつは喋り過ぎだ。
「クッ……」
慌ててセシルさんを見ると、唇を噛みしめて体を震わせている。目には薄っすらと涙を浮かべていた。
「没落騎士の物ではございますが、物は良い物でございますよ。いかがですか?」
「ふ~ん……ちなみに、いくらだい?」
とっとと買って終わらせたいところをグッとおさえ、あくまでも俺は別に興味無い体を装う。
「いまなら格安の金貨500枚でございます」
金貨500枚!?約7000万円じゃないか。さすがに名品の鎧といえ、吹っ掛けすぎだ。
「ハハハ、また冗談を。それとも私をバカにしてるのですか?」
俺は少し強めに出てみる。正直、最悪金貨500枚でも買うつもりだが、この男の言う通りにするのはなんか腹が立つ。
「も、もちろん、これはあくまでも定価ですので、多少は値引きいたしますが」
「時間が勿体ない。いくらです?」
店員の顔色が変わったので、ここは強気で押して行こう。最悪、金貨500枚叩きつけて鎧を持って帰ればいいのだ。
「で、では金貨450枚で、いかがでしょう?」
「話にならない。帰る」
「お、お待ちを!で、では金貨400枚で……」
「金貨100枚。それでも高いくらいだ」
「そんな殺生なっ!この鎧は没落騎士から金貨200枚で買い取った品ですよ!」
「バ、バカなっ!」
思わずセシルさんが声を上げてしまう。そろそろ我慢の限界だろう。
「セシルさん、約束ですよ」
俺は小声でセシルさんに注意する。しかし、セシルさんは怒りの表情のまま、店員を睨んでいた。
これは早く切り上げたほうがいいだろう。この鎧がセシルさんの持ち物だったと知ったら、この店員なら金貨500枚以上を吹っ掛けて来かねない。
「じゃあ金貨300枚でどうです。これで充分利益が出るでしょう?」
店員は金貨200枚で買い取ったと言ってしまったのだ。その金額は嘘ではあるが、仕入れ値を明かすなど商人としては最低限やってはいけないことだ。
そんな商人駆け出しの俺でさえもしないようなことをするとは、さすがこんな店の店員なだけはある。
「ま、まぁいいでしょう。それでは金貨300枚でお売りいたしましょう」
良かった。たぶんこれでもバカ高いのだろうが、金貨500枚でも買うつもりだったので、安い買い物だと感じてしまう。
「ま、待ってください!まさか、これを買うつもりで!?」
セシルさんが慌てて俺に詰め寄って来る。しかし申し訳ないが、もう遅い。
「はい、金貨300枚。数えて」
俺は店のカウンターの上に金貨の入った革袋を置く。さっきゴーレムを金貨200枚で買ったので、あと金貨400枚入っているはずだ。
店員は慌てて金貨を数えだす。俺たちが買う買わないで揉めてると思い、気が変わらないうちに会計を済ませてしまおうと思っているようだ。
「タ、タクマ殿!」
セシルさんが必死に俺を止めようとしてくる。
「セシルさん、何も言わない約束ですよ」
「し、しかしこれは話が違います!」
こうなることは分かっていた。だから店の前で待っていて欲しかったのだが……。
「た、確かに金貨300枚いただきました!すぐに鎧のほうお包みしますので!」
必死に金貨を数えていた店員が、間に合ったとばかりにセシルさんと俺の間に割って入った。
「いや、着て帰るから梱包はいいです」
「え?」
固まる店員をよそに、俺はセシルさんに笑いかける。しかし、セシルさんは怖い顔だ。
「受け取れません」
「でも、もう買っちゃいましたから」
「では返品を」
その言葉に慌てる店員を制して、俺は続けた。
「セシルさん、どうか受け取ってください。これはもともとあなたの鎧です」
「だとしても、タクマ殿にこんな高額な無駄な出費をしていただくわけにはいきません」
「セシルさんに必要なものを買っただけです。決して無駄ではありません」
「いま必要なものとは思えません」
「必要です。これは今ではなく、前からずっと必要だったもののはずです」
「…………」
「俺は最近、お金の使い方をずっと考えていました。そして、この鎧を買ってようやくお金の使い方が見えてきた気がするのです」
「し、しかし……」
「もしここでこの鎧を買わなければ、俺は商売で稼いでいる意味を無くしてしまいます。もし、この鎧を受け取っていただかなければ、俺は商売を辞めます」
「そ、そんな……」
「俺の我儘だと思って、ここはどうか鎧を受け取ってください」
「…………」
黙ったままセシルさんは顔を伏せている。少し体が震えているようだ。
「お願いします」
「……このご恩は……」
セシルさんが声を震わせながら顔を上げた。その目からは涙が溢れていた。
「このご恩は一生忘れません」
「ありがとうございます。さぁ、さっそく着てみてくださいよ」
俺がそう言うと、セシルさんは鎧を持って店の奥の棚の陰へと行ってしまう。
いま着ている服を全部脱ぐというわけではないのだが、やはり着替えを見られるは恥ずかしいのだろう。
「あ、あのぉ……もしやあの方は?」
俺たちのやり取りでセシルさんの正体に気付いたのか、店員が恐る恐る聞いてくる。だが俺は笑って何も答えない。俺たちの素晴らしい時間に、お前が入って来るな。
「マスター」
その時、店の扉が開きゴーレムが一体、入って来た。
「ひいっ!」
それを見て店員が小さな悲鳴を上げて腰を抜かして倒れた。だが無視する。
「どうした?」
「店の付近に怪しい気配が増えてきました。ご注意を」
「怪しい気配?」
場所が場所だけに、怪しい人間はいくらでもいた。
もしかしたら、店に入るのを誰かに見られ、強盗などが集まって来たのかもしれない。
「分かった。早くここを離れよう」
俺はセシルさんの着替えが終わったら、すぐにここを離れることにした。




