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034 推薦状の力

 俺は東の塔から店へと帰る途中に、宝石店へ寄ることにした。

 このあと、また上野のほうへ耐熱ガラスのビーカーを買いに行くので、ついでに御徒町のハルシルさんのところへも寄ろうと考えたのだ。

 ハルシルさんには金貨の換金だけでなく、今後は宝石の買い取りもお願いすることになっているので、その商品を仕入れようというわけだ。

「この店がいいかな?」

 何軒かある宝石店の中から、俺はシンプルだが上品で奇麗な店を選んだ。大きさも小さくはない中規模な店舗だ。

「いらっしゃいませ」

 店に入ると、渋いダンディーなおじさん定員さんが声を掛けてきた。着ているものから立ち振る舞いまで、いかにも上品そうな人だ。見た目で判断するのもアレだが、この定員さんなら信用できそうだった。

 時間も無いので、俺はさっそく本題に入る。

「こちらで原石のほうは販売されていますか?」

「アクセサリーではなく、原石のほうだけをご希望ですか?」

「はい。大丈夫でしょうか?」

「もちろん大丈夫です」

「よかった」

 俺が原石だけ売ってくれ言っても、ダンディー定員さんは笑顔を崩すことなく対応してくれた。

「どういったものをご希望ですか?」

紅玉(こうぎょく)碧玉(へきぎょく)、それに珀玉(はくぎょく)の3種類で、なるべく大きなものが希望です。あと数も50とか100とか、まとめて欲しいのですが」

「了解しました。少々こちらで、お待ちください」

 そう言われ、奥の応接室に通された。イスに座るとすぐに、宝石を持ったダンディー定員が入って来る。

「こちらは、なかなか大玉ですよ。数も100づつ、ご用意できます」

 そう言ってテーブルに広げた布の上に、原石を広げてくれる。

 原石と言っても石の中に宝石が入りこんでいる、というものではない。もうちゃんと宝石の部分だけ取り出された状態だ。ただ磨かれてはいないので、全体的にくすんだ感じではある。

 その原石を確認すると、確かにオーダー通り一粒一粒が大きいようだ。

「これで、おいくらですか?」

「まとめて100粒お買い上げいただけるのであれば、金貨2枚でいかがでしょう?」

「それは紅玉のお値段ですか?」

「いえ、碧玉も珀玉も、全て同じお値段となります。宝石は色ではなく、輝きと大きさで値段が決まりますので」

 やはりそうか。異世界ではルビーもダイヤモンドも、同じ価値なのだ。

「実は珀玉を多めに欲しいのですが、ありますか?」

「300粒までなら、ご用意できますが」

「それでは、紅玉と碧玉を100粒づつ。あと珀玉を300粒ください」

「ありがとうございます。すぐにご用意いたしますので」

 こうして俺は宝石の原石を500粒、金貨10枚、140万円ほどで購入したのだった。


「ただいまぁ」

 俺は宝石の買い物を済ませ、ようやく店へと戻って来た。

 今日も店の客入りは好調で、昨日よりもさらに多く感じるほどだ。しかしミランダさんが入ってくれたおかげで、お客さんを長く待たせるということはないようだ。

 とりあえずみんな接客で忙しそうなので、後ろで在庫を補充していたセシルさんに声を掛けた。

「セシルさん、ちょっといいかな?あとリットはいる?」

「2階で勉強してますので、すぐに呼んで来ます」

 リットは偉いなぁ。俺があれぐらいの年の頃は勉強などせず、100円玉握りしめて、すぐゲーセンとか行ってたっけ。

 俺が休憩室のイスに座ると、セシルさんがリットを連れて2階から下りてきた。

 呼ばれた理由が分からないからか、リットは不安そうな顔をしている。

「リットにプレゼントがあるんだ」

 イスに座ったリットの前に、俺はエマ様から貰った推薦状を広げて出した。

「あ……こ、これは…………」

「こ、これは王立魔法学院への推薦状じゃないですか!?」

 言葉を詰まらせるリットの横で、セシルさんがイスから飛び上がり興奮して叫び出した。

「し、しかも、この紋章は……お、王家の紋章!」

 セシルさんが推薦状を持って、かぶりつくように凝視している。全身も少し震えているようだ。

「タ、タクマ殿、どこでこれを?」

「推薦者を探してたら、どういう訳か王族のエマ様にたどり着いてね。とあるアイテムを用立ててあげたら、推薦状を書いてくれたんだ」

「あ、あの東の塔の魔女ですか?」

「そうそう。その塔まで行ってきたよ。リットが好きそうな所だったよ」

「エ、エマ様は僕の憧れです」

 リットはそう瞳を輝かせながら言ってくる。魔法関係としての憧れだよね?

「魔法好きの後輩が出来るならって、喜んでエマ様は推薦してくれたよ」

「エマ様をガッカリさせないよう、頑張ります!」

 いつも弱々しいリットが、ここは力強く宣言する。その瞳は希望に溢れているようだ。

「これで入学の問題は無いと思うけど、心配なんで、これからふたりで王立魔法学院へ入学申し込みに行ってみたらどうかな?」

「いえ、まだ仕事がありますので」

「いや、俺も気になるんで、いまから行って来てよ。こういうのは早いほうがいいと思うんだ」

「よろしいのですか?」

「俺も楽しみにしてるんだから、早く早く」

「で、では、お言葉に甘えて!」

 そう言うとセシルさんとリットは、推薦状を持って、さっそく王立魔法学院へと向かったのだった。


 セシルさんとリットを王立魔法学院へと送り出したあと、俺は店の手伝いに入った。

 塩の値下げ効果がかなり出ているのか、客の数も増え、塩の注文もかなり増えているようだ。

 20キロ袋が入った塩の樽が、もう2つ空になっている。

 この調子でどんどん塩が売れてくれれば、俺の思惑通りなのだが。

「お客様、こちらへどうぞ」

 リサが並んでいる客に声を掛けている。

「こっちニャ~!こっちで会計するニャ~!」

 どうやらミーナも客を呼んでいるようだ。

 よく見ると店内に、客の列が出来ていた。しかも全員がミランダさんの前に並んでいる。

「す、すいません。まだ慣れていないもので……」

「いいんだよ、いいんだよぉ。ゆっくりやってくれていいからねぇ」

 あたふたしているミランダさんに、客のオヤジがエロい目線と口調で話しかけていた。それが余計にミランダさんの手を遅くさせてしまっている。

 これはいかん。ミランダさんはマジックアイテムを超えるパワーの持ち主のようだ。

「リサ、ミーナ、ちょっと」

 俺はふたりを呼ぶと、ミランダさんを商品を揃えるサポートに回すことを告げる。

 客と直接やりとりをするのは、リサとミーナだけにするのだ。

「分かりました」

「了解ニャ!」

 俺はミランダさんの腕を取ると、カウンターからそっと下げる。

「お、おい!」

 カウンター前の客が文句を言うが、その客の前にミーナが割って入った。

「お客様、ご注文お願いしますニャ~!」

「い、いや、俺は彼女に接客して……」

「ご注文は、なんでしょうニャ~!?」

「だ、だから……」

「だからぁ~?」

 ミーナの目が怪しく光ったような気がした。

「わ、分かったよ……」

 こうして、何とか色めきだった客たちの鎮火に成功したのであった。


「ふぅ~今日もお客さん、いっぱいだったなぁ~」

 閉店時間をけっこう過ぎて、ようやく最後の客を送り出した。

 俺はかなり疲れていたが、リサとミーナはまだまだ元気そうだ。ミランダさんは、なんか気だるそうだが、それが疲れなのか別の何かなのか分からない。

 ただ、やはり予想通り客は確実に増えている。このままではいずれまた、スタッフ不足に陥るのは確実だろう。

 やはり、もう少し売子は増やしたいところだ。

「そういえば、リサ。近所の知り合いの子は、うちで働いてくれそうだった?」

「あ、話してみたんですが、今の仕事がすぐに辞められないそうで……でも、辞めたらすぐうちに来てくれるそうです」

「分かった。いつになってもいいから来てくださいって言っといて」

「分かりました」

 う~ん。どうも、すぐに人手不足解消とはいかないようだ。諦めず探し続けるしかないんだけどね。

「店長、なんか私、またご迷惑かけていませんでしたか?」

 気が付くとミランダさんが俺の目の前にいた。潤んだ目で俺を見上げてくる。

「だ、大丈夫ですよ。こちら側の手違いというか、段取りミスみたいなものですから……なぁリサ」

「は、はい。明日からは最初から、先ほどの形でやっていけば問題無いと思います」

 リサも慌ててミランダさんのフォローをしてくれる。本当に子供なのが不思議な娘だ。

「と、とりあえず、お掃除をお願いします。俺は集計しますんで……ミーナ」

「はいニャ!」

 そう言ってミーナが軽々と売り上げ箱を休憩室に運んでくれる。もしかしたらミランダさんも軽々と運べるんだろうか?

「ありがとう、ミーナ」

「店長も、もっと肉を食べると力が出るのニャ~」

 肉を食べただけで力は強くならないと思うが。それに、その前に胃がやられてしまいそうだ。

 さて、今日の売り上げは……。

 塩59700ガロル、砂糖5100ガロル、グラス170個、鏡小110枚に大が80枚だった。

 やはり塩は売り上げをまた伸ばしている。値下げ効果は今後も、日に日に増えていくと思われた。

 そして今日の売上合計金額は金貨291枚と銀貨42枚、そして銅貨80枚。日本円にすると約4079万9920円だ。

 金額的には昨日より落ちたが、塩の値段を下げたのが原因なので、これも一時的なことだろう。

 とにかく、本日も充分凄い売り上げをあげたことは間違いない。

「ただいま戻りました」

 俺が集計した硬貨を片付けていると、セシルさんとリットが戻ってきた。

「おかえりなさい。どうでした?」

「はい。お陰様で、何の問題も無く入学手続きが終了いたしました」

「それはよかった!じゃあ、もうリットは王立魔法学院へ入れるのですね?」

「はい」

 やったぞ!さすが王族の推薦状だ。

「ああ、でも、あとは入学金とか寄付金とかですよね?いくらぐらいでしたか?」

「それが……」

 セシルさんが神妙な顔で、俺の向かいのイスに座った。

 な、なによ?またなんか面倒臭いことになってんのか?

「入学金が……ゼロだったんです」

「え?」

「エマ様の推薦者からは、入学金など取れないということでして……」

 出ました王族パワー。いや、エマ様の意思じゃなくて、これは忖度系ってやつか?

「いかがいたしましょう?」

「いや、いかがと言われても、いらないって人に無理やり払うのもねぇ……とりあえず入学できたんだし、いいんじゃない?」

「いいんでしょうか!?」

 セシルさんが心配そうな顔で聞いてくる。その心配は分かるが、ここは無理に払うほうがもめる気がするのだ。

「いいよ、いいよ。なんか言われたら、その時また考えましょう」

「わ、分かりました」

「それより、リット。入学できて良かったね!」

「あ、ありがとうございます!」

 まずは、このリットの笑顔が見れただけで充分だ。

 まぁこれから先、エマ様とは耐熱ガラスで何回も会うことにはなるだろうし、何かあっても大丈夫だろう。

「よし!今日はリットの入学祝いだ!」

「入学はまだ早過ぎます」

「固いこと言わないの、セシルさん。じゃあ入学確定祝いということで、今からパーッと行きますか!」

「肉ニャ~!」

 ミーナが叫びながら、休憩室に飛び込んできた。

「そうだ肉だ、ミーナ!今日は喰いまくるぞ!」

「やったニャ~!」

 ミーナが一番盛り上がっているのはいつものことなので仕方ない。

 そうだ、ミランダさんの歓迎会も一緒にやってしまおう。

「ミランダさん、このあと時間は?」

「あ、すいません。子供が心配なので……」

「じゃあ、お子さんも一緒にどうですか?」

「いえ、そんなことは……」

「いえいえ。ミランダさんがうちで働いてくれることになったのも、全てお子さんのおかげなんですから」

「いえいえいえ、逆に助けていただいたのは、うちの子のほうですから」

「いやいや、でも……」

「この話、長くなるのかニャ?」

 ミーナが俺とミランダさん間に割って入る。すでにお腹も鳴っているようだ。あ、よだれ……。

「よし、ミーナ!ミランダさんと家に行って、子供を赤いグリフォン亭へ連れて来るのだ!」

「了解ニャ!」

 そう言ってミーナはミランダさんの手を引っ張り、店を凄い勢いで出て行った。

「さぁみんな、赤いグリフォン亭へ出発だ!」

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