033 耐熱ガラスの力
「耐熱ガラスの鍋なんてのもあるんだ」
俺は自分の世界に戻ると、携帯を使って耐熱ガラスの容器を探していた。
すると耐熱ガラスの鍋なんてものが見付かり、値段も3000円ぐらいからあり手頃であった。
ただ、やはり魔法薬の調合に使うものなので、イメージとしてはビーカーみたいなものがいいかなと思っている。
「あ、実験器具の店があるんだ」
そんな流れから、ネットで実験器具の店を見つけた。ネット通販でも買えるのだが、いまは時間が惜しいのですぐ手に入る店舗を探していたのだ。
「あっ!上野だ」
その実験器具の店は上野にあった。御徒町の隣と近いので、ついでに金貨や宝石を持って来るんだったと少し後悔した。
いや、とにかく今は急いで耐熱ガラスの容器を手に入れ、エマ様に届けなければ。
こういうことは明日に先延ばしせず、すぐに行動したほうが効果は高くなる。とにかくエマ様の、俺の印象を良くしなければならないのだ。
さっそく俺は耐熱ビーカーを求め、上野へと向かうのだった。
「1000度まで耐えるんですか!?」
俺は実験器具の店で、店員さんの説明を聞いてビックリした。
耐熱ガラスの中でも石英ガラスというのが熱に強く、1000度まで耐えるというのだ。さらに特殊な製法で作った物もあり、それは1200度まで耐えるらしい。
「ただ、長時間の使用でしたら900度以下までですが」
「900度以下での使用だったら、割れないんですか?」
「基本的には割れませんが、急激な温度変化には弱いです」
「ゆっくり温度を上げていく分には問題無いですか?」
「はい。あと小さな傷があると割れやすいです。それに衝撃でも割れます。あくまでも熱に強いというガラスですから」
「なるほど。耐熱とはいえガラスと思って扱わないといけないわけですね」
色々と店員さんには教えてもらった。このあと俺がエマ様に説明しなければいけないからだ。
絵に描いたような、知ったかぶりを演じなければならない。
「とりあえず、一番熱に強いビーカーをください」
「サイズはどうしますか?色々ありますよ」
そう言って、店員さんがビーカーを出してくれた。
コップより小さい物から、大きいビールジョッキぐらいの物まである。
「この小さいのが5000円で、この一番大きい物が3万円です」
けっこうするんだな。今まで100円ショップばかり行ってたから、凄い高い気がしてしまう。
とりあえず何種類か買って行こう。ただエマ様の実験室にあった容器は缶詰ぐらいの物が多かったので、でかいサイズはいらないだろう。
「じゃあ、これとこれと、あとこれをください」
「ありがとうございます」
「あと、在庫ってどれくらいありますか?」
「だいたいどれも20個ぐらいは、つねに置いてありますが」
「分かりました。またすぐ買いに来ると思いますので」
とりあえず今日は3種類のビーカーを2万2000円で買っておいた。この中で気に入ってくれる物があるといいのだが。それに割れないでくれと祈るしかない。
よし。さっそくエマ様のもとへ届けて、確かめてもらおう。
「通っていいぞ」
東の塔の警備の騎士は二度目ということもあり、ほぼノーチェックで通してくれる。
いちおう王族なんだろ?こんな甘くて大丈夫なのか?
他人事ながら、そんな心配をしながら俺は塔に入った。
「どうぞ、お上がりください」
一階フロアーのゴーレムもノーチェックで通してくれた。
まぁいいんだけど。
長いらせん状の階段を上がり、息を切らしてようやくエマ様の実験室にたどり着く。
魔法でエレベーターとか作って欲しいよ。
そんな願望を抱きつつ、ノックをして扉を開いた。
「おお、おおっ!もう来たか!早いなっ!早いことはいいことだ!タクマは良い商人だな!なっ!?」
「あ、ありがとうございます」
「で?でっ!?あったのか!?あったんだろ!?あったと言え!タクマ!」
エマ様が興奮して俺の胸ぐらを掴み、ガンガンゆすってくる。
「と、とりあえず熱に強い物はありましたが……」
そう言いながらビーカーを出すと、一瞬でエマ様にひったくられた。
「おお~!なんか凄そうだな!凄い奇麗だ!でも思ったより薄いぞ!大丈夫なのか!?大丈夫なんだなっ!?」
「わ、私も試してみないと分からないので……とりあえず使ってみてもらえますか?」
「よしっ!」
さっそくエマ様はビーカーを取ると、実験台へと向かった。
そこにはいくつもの小さい七輪のようなものが並べられており、その上には鉄製の容器が乗っている。そのうちのひとつをどけると、代わりに耐熱ガラスのビーカーを置いた。
「このサイズがいいな。今使っている鉄製のフタが、ちょうどそのまま使えるぞ!」
そう言ってビーカーに何やら液体を入れると、その鉄製のフタを上に被せた。
「よし。さっそく加熱するぞ!」
そう言ってエマ様が右手の人差し指をビーカーの下の小さい七輪のようなものに向ける。
「ヒートボール」
エマ様がそう唱えると、指先が光り、七輪に青白い火の玉が出現した。
「エマ様、急激な温度変化には弱いので、なるべく少しづつ温度を上げてください」
「分かった」
エマ様が念じるように睨むと、少し火の玉が小さくなった。どうやら威力をコントロールできるらしい。
落ち着いて考えると、なんか凄い光景だな。そう言えば初めて魔法を見たぞ。
「見ろ、タクマ!液体が丸見えだ!これは素晴らしい透明度だな!なっ!?」
エマ様が喜びながら、ビーカーを見つめている。
加熱が進んできたのか、中の液体から少し気泡が出だしてきたようだ。
「凄いぞ、凄いぞ!今までだったら、とっくに割れてる温度だ!」
エマ様はさらに興奮してピョンピョン跳ねだした。ただし目線はビーカーを凝視したままだ。
「見ろ見ろ!薬品の色が微妙に変化しだした!今までは、これが分からなかった!」
そう言われてビーカーを見たが、俺には色の変化はよく分からなかった。
「今か?……いや、もうちょっと……今かっ!?今だな!」
そう言ってエマ様はビーカーのフタを開け、何かの薬のような青い粉をひとつまみ入れた。
ボン!
その瞬間、ビーカー内で爆発が起こり、大きな音とともに小さなキノコ雲を上空に発生させる。
衝撃で後ろに吹き飛ぶエマ様を、俺は何とか抱きかかえた。エマ様もやはり女性だけに、小さくてかなり軽かった。
「…………」
パリン
そしてビーカーは音とともに、粉々に砕け散ってしまったのだった。
「割れてしまったではないかぁ~!」
エマ様が興奮して、また俺の胸ぐらを掴んできた。
「無茶言わないでください。あくまでも熱に強いだけなんですから。そもそもあんな爆発したら、鉄の容器でもどうにかなりますよ」
「言ってくれるな、タクマ~」
エマ様は涙目で俺を睨んでくる。こうして見ると可愛い顔をしているんだなぁ、呑気なことを考えてしまう。
しかし俺の言葉に冷静さを取り戻したのか、エマ様は掴んだ手を離すと軽く咳払いをした。
「まぁ、なんだ。このガラス容器は、充分、及第点ではあるな。いや、素晴らしいと言っても過言ではないぞ」
「あ、ありがとうございます」
「で、今日は何個持って来た?」
「いま壊れたのとサイズ違いが、あと2つです」
「あと2つ!?そんな数で研究が出来るとでも思っているのか!?なめてんのかっ!?」
「な、なめてませんって!とりあえず今日は試してもらおうと思って、サンプルをお持ちしただけなんです」
「なんだ?金の問題か?金なら言い値で用意するぞ。金貨10枚か?100枚か?」
「そ、そんないりませんよ!」
思わずいらないと言ってしまった。いやでも、さすがに高い耐熱ビーカーとはいえ、140万円は取り過ぎだ。
そう言えば耐熱ビーカーの値段を決めてなかったな。うちの商品で一番高いのが大きい鏡の金貨2枚なので、それ以下というのもおかしな話か?
「で、では、ひとつ金貨3枚でいかがでしょうか?」
「それでいいのかっ!?いいんだな?で、すぐに何個用意できる?」
「特別な物なので、すぐに用意出来るのは20個ほどだと思いますが」
「では、とりあえずすぐ20個、用意出来しだい持って来てくれ」
「わ、分かりました」
「それと、あと100個はすぐに欲しい」
「りょ、了解しました。急いでみます」
「よ~し、これで私の研究は一気に進むぞぉ~」
エマ様が耐熱ビーカーを眺めながら嬉しそうに体を震わせている。
「あ、あのエマ様、ひとつよろしいですか?」
「なんだ?」
「あの、ひとつお願いがありまして……」
「またそれかっ!」
「え?」
エマ様が突然、怒り出した。今までの笑顔が嘘のように、鬼のような顔で俺を睨んでくる。
「商人というやつは、すぐ王族を紹介しろだの、王宮に販路を作りたいだの言ってくる!私は王族だが、ただの魔法研究家だ!権力など知らん!」
「あ、いえ、その……」
「見損なったぞ、タクマ。お前は他の商人とは違うと思っていた。クソ商人だったとはガッカリだ」
「す、すいません、エマ様。私はただ、王立魔法学院への入学の推薦がいただけないかと……」
「王立魔法学院?なんだタクマ、あそこに入学したかったのか?それを早く言え」
エマ様の鬼の形相が嘘のように消え、また笑顔に戻っていた。
「い、いえ、入学したいのは私ではなく、うちの店で働いている子の弟なんですが……」
「なんと、ただの従業員の、ただの弟のためだと?」
「は、はい。凄く魔法とかが好きな真面目な子なんです。何とかお力添えいただけないでしょうか?」
「ハハハハハ!気に入ったぞ、タクマ!やはりタクマだ!一時は見損なうとこだったぞ、危ない危ない。もう少しで怒るとこだったぞ」
完全に一度、見損なわれ鬼の形相で睨まれたと思うが、まぁいいか。
「入学の推薦ぐらい、お安い御用だ」
「ほ、本当ですか!?」
「なんせ私は王立魔法学院の名誉顧問だからな。お飾りの役職を初めて使う時がきたぞ、ハハハハハ」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、魔法離れが進むいま、後輩が出来るのはとても喜ばしいぞ。しかも魔法好きの子と聞けば、なおさらだ」
そう言ってエマ様は自分の机の上を引っ掻き回し始めた。もともとグチャグチャなのが、さらにグチャグチャになっていく。
「あったあった」
エマ様が取り出したのは、紙の束だ。その紙には王家の百合の紋章が刻印されていた。
その紙を一枚取ると、羽根ペンでスラスラと何かを書き出した。
「これでよし」
そう言って書き終わった紙に、エマ様は自分がはめている指輪を押しあてた。すると薄っすらと煙が上がり、紙に星のような紋章の焼き印が押されていた。
「持って行け。これで入学できるし、在学中の多少の便宜も図ってくれるだろう」
「あ、ありがとうございます!」
俺はエマ様から推薦状を受け取ると、深々と頭を下げた。
「そんな水臭い挨拶はいい。それより、早くどんどんガラス容器を持って来てくれ」
「分かりました」
「それにしてもタクマは、面白い物を色々と扱っているようだな」
「はい。品数はまだ少ないですが、品質は良いと思います」
「タクマの店は、面白そうなとこだな。こんど遊びにでも行ってみるかな?」
「ハハハ、ありがとうございます。その時はお茶とお菓子をお出ししますので」
「楽しみだな、ハハハハハ」
そんな社交辞令をエマ様と交わしてから、俺は塔をあとにした。
まずはリットとセシルさんに、早く王立魔法学院の入学推薦状を手に入れたことを知らせてやりたかったのだ。
「喜んでくれるかなぁ」
ふたりの笑顔が早く見たくて、しだいに俺の足は速くなっていくのだった。




