035 不穏な噂
「いやぁ~塩の値下げなんて思い切ったことするのね!ビックリしちゃった」
赤いグリフォン亭の女の子が、俺たちのテーブルにステーキの皿を置きながら話しかけてきた。
「もっと大勢の人たちに使ってほしくてね」
「助かるよ~。お父さんも大喜びだったんだから」
「喜んでくれて、こっちも嬉しいよ」
「とにかく、どんどん食べてね。サービスするから」
「やったニャ~!」
ミーナが喜んでステーキの追加注文をした。
しかし、こうして一般の家庭や店などに普及していってくれていることが素直に嬉しかった。値下げしたかいがあるというものだ。
「それじゃあ、ミランダさんの歓迎と、リットの入学確定のお祝いとで……乾杯~!」
「かんぱ~い!」
みんなで飲み物の入った木製のジョッキを合わせる。だが、みんなジュースだ。
未成年が多いのもあるが、ミーナやセシルさんはお酒を飲まない。さらにミランダさんもなぜかお酒を飲まないというのだ。
「わたしが飲むと、色々と問題が……」
などと気になる怪しいことを言っていた。なんとなく想像はつくのだが……。
俺も飲まないわけではないが、好きというほどでもないので、けっきょく全員ジュースでの乾杯となったのだ。
「リット、おめでとニャ~!」
「いやぁ~ん!」
ミーナがリットを抱きしめて、自分の頬をリットの頬に押し付けてグリグリしていた。もちろんリットは、必死に嫌がっている。
しかしミーナのあの力からは誰も逃れることは出来ないだろう。細いリットなら、なおさらだ。
「セシルさん、せっかく入学金も浮いたことですし、そのお金でリットの物を色々と買いませんか?」
「え?」
俺はリットを微笑ましく見ていたセシルさんに提案した。
「魔法学院は何かと入り用だと思うんですよ。それに王立なので、必要な物も安くないんじゃないですか?」
「た、確かに、おっしゃる通りかと」
「せっかく入ったんですから、リットに嫌な思いはさせたくないんです。余計な心配はさせずに、好きな勉強に専念して欲しいですし」
「それは私も思っておりましたが……」
「なので、浮いた入学金をリットのために使ってください」
「本当に何から何まで、なんとお礼を言っていいのか……」
「前にも言った通り気にしないでください。と言ってもセシルさんの性格では無理でしょうが」
そう言うとセシルさんはまた黙って深々と頭を下げるのであった。
「ちょっとあんたたち、なに言ってるのよ!誰がそんなホラ話を言ってるっていうの!?」
突然、店内に店の女の子の怒鳴り声が響いた。
「みんな言ってるぜ。あそこの塩は怪しいってな!」
なにやら数人の客と、お店の女の子がもめ出したようだった。
「ふざけないでよ!ちょうど異世界商会の人たちが来てるから、直接聞いてみなさいよ!」
「なに!?」
女の子ともめていた男たちが、ギョッとして俺たちを見てくる。そして、とても分かりやすい態度で慌てだした。
「お、おいヤベェぞ」
「い、行くぞ!」
そう言って男たちはテーブルに金を置くと、逃げるように店を出て行った。
なんかチンピラ風の男たちで、とても品が良いとは言えない連中だ。
「ほんと、あったまきちゃう!」
プンプンと頭から湯気を出しながら、店の女の子が俺たちのテーブルにやって来た。
「何があったの?」
「あいつら酷いのよ。あなたたちの売ってる塩は怪しいっていうの。変な物じゃなきゃあの値段では売れないはずだって」
「なんと失礼な、あいつら!」
セシルさんが剣を片手に立ち上がる。俺はそれを何とかなだめて、イスに座らせた。
止めないと、あいつらを追いかけて本当に斬りかねない雰囲気だ。
「しまいには毒でも入ってるって。使ってたら体を壊して死ぬまで言うのよ!」
「ニャんだとぉ~!ゆるせないニャ~!」
ミーナが毛を逆立てて立ち上がる。目はまん丸に見開かれギンギンだ。それをリサが抱き着いて、なだめている。
「しかし、酷い言われようだなぁ」
「タクマ殿、そんな呑気な!」
セシルさんが怒り冷めやらぬ感じで、俺に言って来る。うちの店のことを思って怒ってくれてることに、俺は少し嬉しくなっていた。
「どうせ他の商人関係とか、うちのライバル連中の陰口だよ」
「あんなチンピラみたいの、ここいらでは初めて見る顔だったけどなぁ」
まぁ誰かに雇われた奴らだろうから、簡単に顔割れする奴を使うとは思えない。
「とにかく、うちの塩は安くて安全ですよ。他の塩と中身は同じですから、安心して使ってください」
「もちろん!これからも使わせてもらいますから!」
そう言って店の女の子は、また他のテーブルへと移動していった。
それにしても、まさか目の前で陰口を叩かれるとは思わなかったな。
他のライバル商人レベルの嫌がらせなら、そんなに問題はないだろう。しかしこれがエルモア伯爵の手の者だとしたら厄介かもしれない。この程度の嫌がらせで終わるとは思えないからだ。
「タクマ殿、大丈夫ですか?」
セシルさんが心配そうに俺を見ていた。気が付くとみんな俺を不安気に見ている。
いかんいかん。
「ごめんごめん、次なに食べようか考えてて」
「次は肉がいいニャ~」
「次も、だろ?」
「ぼ、僕……魚食べたい」
リットが珍しく、つぶやいた。リットなりに場の空気を何とかしようとしてくれたのかもしれない。
「よし!どんどん食べよう!じゃんじゃん頼んで!」
「了解ニャ~!」
こうして、歓迎会と入学祝いの宴は、もうしばらく続いたのであった。
「このサイズですと、いまある在庫は26個ですね」
俺は赤いグリフォン亭での歓迎会&入学祝いパーティーのあと、急いで上野の耐熱ガラス実験道具の店へ来ていた。
エマ様ご所望の耐熱ビーカーのサイズのものの在庫を確認したところだ。
「それでは26個、全部ください」
「ありがとうございます」
店員さんのご機嫌はかなり良く、ニコニコと対応してくれる。
何せこうした実験道具は、そんなに数が出るものではないらしいのだ。それをまとめ買いしたのだから、なおさらご機嫌なのだろう。
「あと、追加で200個欲しいのですが、いつぐらいで揃えられますか?」
「200ですか!?ありがとうございます!ですが、特殊な商品ですので、1週間ほど欲しいのですが……」
「では、出来しだい、うちのほうへ送ってください」
「了解しました」
俺はビーカーを多めに注文しておいた。たぶんエマ様のあの使い方だと、すぐに足りなくなると判断したからだ。まず余ることはないだろう。
俺が買ったサイズのビーカーは1個8000円だったので、226個で180万8000円のお支払いだ。
耐熱とはいえガラスのビーカーに180万円とは……俺の金銭感覚は少し鈍くなってきてしまったのかもしれない。気を付けよう。
「お待たせしました」
定員さんが厳重に梱包された耐熱ビーカーを持ってきた。割れないための梱包なので、かなりかさばる感じで大きくなっている。
さらに意外と耐熱ビーカーは重いのだ。
これは帰りタクシーだな……。
俺は荷物を抱えて耐熱ガラスの店を出ると、そのまま御徒町のハルシルさんの事務所へと向かった。
荷物は重いが、ここまで来てハルシルさんのところへ寄らないのはもったいない。
「いやいや、これまたずいぶんとバラバラな宝石ですね」
ハルシルさんが俺が持って来た宝石をテーブルに広げて笑っていた。
「バラバラですか?」
俺の見た感じでは、サイズはだいたい同じような物に見えるのだが。
「はい。大きさは同じようなサイズで揃っていますが、品質がバラバラなのです。安いものから、かなり高そうなものまで含まれてますね」
そうなんだ?俺にはどれも似たようなものにしか見えないが、やはりプロが見ると違うのだろう。
これがみんな同じ値段だと知ったら、ハルシルさんビックリするんだろうなぁ。
「ダイヤモンドが多いですね」
「300あります。やっぱりダイヤモンドが一番高いのかなぁと思いまして多めにしました」
「確かに宝石の中では単純にダイヤモンドが一番高いと言えますね。人気も不動の一位ですよ」
やはりダイヤモンドを多めにして正解だったかな。
「ただルビーもサファイアも、良い物は高いですよ。何でも質しだいですが」
そう言ってハルシルさんはルビーの原石をつまんで眺めていた。良い物だったのか、なんか嬉しそうな表情だ。
「それで、これを全て買い取っていただきたいのですが」
「了解しました。数があるので査定に少しお時間をいただけますか?2日ほどでいいですので」
「分かりました。査定終わりましたらご連絡ください。また、こちらに伺いますので」
「いつも、ご足労ありがとうございます」
そう言ってハルシルさんは宝石を袋に詰めだした。金貨の時より丁寧で、なおかつ楽しそうだ。
これで宝石に良い値がつけば、大幅に売り上げを増やすことが出来ることになる。
それに金貨をこっちの世界に持ち込まず、異世界で宝石に代えてから持って来るという方法も出来るのだ。
しかし、それもこれも宝石の価値しだいではあるのだが。
2日後のハルシルさんの査定を、期待して待つことにしよう。




