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027 伯爵の陰

「お疲れ様です」

 異世界商会の地下室を上がり休憩室を兼ねた倉庫に出た俺を、セシルさんが笑顔で迎えてくれた。

 しかし、その両手には塩の袋がひとつづつ抱えられている。ひとつが20キロの袋なので、セシルさんは40キロを抱えていることになる。

「今日もお客さんが、たくさん来られていますよ」

 そう言いながら軽々と塩の袋を持ち運び、空の樽へと補充していった。まったく汗もかかず、息を切らすこともなく笑顔で作業をしている。

 ミーナといいセシルさんといい、異世界の女性はみんな力持ちなのだろうか?まさかリサも……。

「タクマ殿、どうしました?」

「い、いえ、なんでもないです」

 俺がセシルさんの力を見て変な妄想をして固まっていると、2階からリットが階段を降りてきた。

 そして俺の前まで来ると、恥ずかしそうにもじもじし出した。チラチラと俺のことを上目遣いで見てくる。

「ど、どうした、リット?」

「あ、あのぉ~……ぼ、僕も……お店を手伝わせてください」

 リットは顔を真っ赤にしながら、何とか勇気を振り絞って言葉を出したのが分かる。

 セシルさんに言わされてるところもあるのかも、とも思い彼女を見るがセシルさんも驚いたような表情をしていた。

「気持ちはありがたいけど、リットは学校があるだろ?」

「い、今は……や、休みなんで……」

 セシルさんを見ると、軽く頷き説明をしてくれた。

「今は初等教育が、ちょうど終わったところです。次の高等教育が始まるのは2か月後なので、それまでは休みとなります」

 日本でいう春休みの期間みたいなものか。

「なるほど。でも店のことは気にせず、勉強するなり遊ぶなりしていいんだよ」

「で、でも……」

「気持ちはありがたいけど、子供は仕事のことを気にしなくていいから」

 そう言うとリットは黙り込んでしまった。するとセシルさんが代わって話し出す。

「しかし、リットだけ何もしないというのは、私も気になります。せめて、この学校が休みの期間だけでも……」

 俺はセシルさんを手で制した。せっかくの申し出だが、それはちょっと違う気がするのだ。

「いえ、店の方は大丈夫ですから。そこを混同してしまうと、学費をお貸しする意味も薄れてしまいます」

「ですが……」

「セシルさんが必死になってリットを王立騎士学校へ入れるのなら、仕事よりも勉強を優先させたほうがいいと思うのですが?」

「そ、それはそうなのですが……」

「たぶん気持ち的な問題だと思うのです。もしそうなら、むしろそれを気にして勉強を減らすほうが、俺としては残念なんです」

「逆にお心遣い、感謝いたします」

「いえ、これも先行投資ですので、そんなに気にしないでください」

 リットを見ると、ずっとうつむいたままだ。

「リット、それじゃあ、家のことを少し手伝ってくれないか?」

「家のこと?」

 そう言ってリットは、ようやく顔を上げた。半べそをかいているその顔に、少しドキッとしてしまう。

 いかんいかん。

「そう、2階部分の掃除とか、料理の手伝いとかお風呂用のお湯を沸かすとか」

「そ、そんなので……いいんでしょうか?」

「いい、いい。それだけでもみんな充分、助かるよ」 

「そ、それでしたら……」

 こうしてリットはトボトボと2階へ上がって行った。まだ納得はいってないのだろうが、ここは俺の我を通させてもらおう。

「本当に、よろしいのでしょうか?」

 セシルさんがリットがいなくなってから俺に聞いてくる。

「本当に気にしないでください。俺もリットが勉強に励むことを期待して楽しみにしているんですから」

「タクマ殿が、そうおっしゃるなら」

 セシルさんもそうは言っても、まだ気になるようだ。もし居心地が悪くなるようなら、なにか考えないといけないかもしれないな。

 そう考えながら店舗に出ると、いつものようにリサとミーナが忙しく働いていた。その時、気付かされたのだ。

 この一生懸命に働いてくれているリサも、まだまだ子供なのだということを。それもリットと、だいたい同じぐらいの年だろう。

 これを見てしまったら、リットもいたたまれないか。

 やはり早急に何か対策を考えないといけないな。

チリンチリン

「お邪魔いたします。タクマさん、いまお時間よろしいでしょうか?」

 店に現れたのは商人ギルドのエルフ、リーナスさんだった。いつものように美しいロングの金髪をなびかせている。

「どうぞ、奥へ。狭いですが」

 そう言って俺はリーナスさんを休憩室にと案内した。


「お忙しいところ、すいません」

「いえ……従業員の件でしょうか?」

「はい。急いだほうがよろしいかと思いまして」

「それは、お気遣いありがとうございます」

「いえ、それが……」

 そう言うと、リーナスさんが言葉を詰まらせた。彼女にしては珍しいことだ。

「やはり、うちで働いてくれる人は少ないのですね」

 リーナスさんの顔を見れば、だいたいの想像はつく。とりあえず最悪ひとりでもふたりでも、いてくれればいいと考えよう。

「いえ、タクマさん。いないのです」

「え?」

「タクマさんの店で働いてもいいと言う方は、ひとりもいませんでした」

「ひ、ひとりもですか?」

「はい。残念ですが……」

 ま、まさか想像の上を行ってくるとは思わなかった。まさかゼロとは……いや、俺の認識が甘かっただけなのか。

 それだけ貴族の……エルモア伯爵の影響は想像以上に大きいということだ。

 俺はまだまだ貴族のことを何も分かっていなかったようだ。

「やはり貴族とは、恐ろしいものですね、リーナスさん」

「そうですね。しかし、今回のエルモア伯爵は、普通よりもさらに異常というところもありますが……」

 リーナスさんは神妙な顔だ。美人にこんな顔は似合わないよ、とキザなセリフのひとつも言うところなのかもしれないが、そんなこと言った経験は無い。

「分かりました。俺の認識が、まだまだ甘かったようですね。なにか他の手を考えてみます」

「こちらでも、引き続き募集をお掛けできますが?」

「いえ、今回はこれで止めておきます」

 これ以上やると、商人ギルドに少なからず迷惑が掛かりそうだった。貴族だけでなくギルドまでとも、もめ事を増やしたくはない。

「また何かありましたら、いつでもご相談ください」

「ありがとうございます」

 そう言ってリーナスさんは店を出て行った。俺の気持ちを察してくれたのか、今後のことはそれ以上なにも言わなかった。

「大丈夫なのニャ、店長?」

 リーナスさんを見送ったあともしばらく立ち尽くしていた俺に、心配したミーナが声を掛けてきた。

「だ、大丈夫、大丈夫!ちょっと小腹が減っただけ」

「それはよく分かるのニャ~」

 そう言ってミーナが自分のお腹をさすり出す。耳が垂れてトホホという表情が、また可愛い。

 いかんいかん。店のみんなを不安にしてどうするんだ!

「さぁ頑張って、もうひと働きしよう!」

「了解ニャ!」

 店は相変わらず忙しい。

 ありがたいことに、お客さんは順調に増え続け、もちろん売り上げもどんどん上がっている。

 しかし、まだ足りない。

 貴族やエルモア伯爵に対抗するには、もっと売り上げを増やし、圧力や何らかの影響を受けない体力を持つことが必要になってくる。

 そのためのスタッフ増員だったのだが……。

 いかんいかん。弱気になったらダメだ。かと言って、すぐに思いつく対処法も無いのだが。

「なんか来たニャ!」

 そんな堂々巡りの思考を繰り返していた俺に、ミーナが俺のエプロンを引っ張りながら報告してくる。

 何事かと外を見ると、一台の馬車がやって来て店の前で止まった。貴族かっ!?と思ったが、止まったのは屋根の無い一般的な馬車であった。

 そして馬車の人たちが降りてくると、荷台から何かを下ろしだした。

「あっ!来た来た来たぞ!」

 俺は急いで外へ出る。そこには異世界商会の看板があった。

「いいね、いいね~!」

 シンプルに木の板を彫り、線の部分を焼いて黒く仕上げているものだが、忠実にイラストは再現されていた。その看板のデキには大満足である。

 さっそく前に取り付けた店名だけの看板の下に取り付けてもらう。

「わぁ看板できたんですねぇ~!」

 店から出て来たリサが、ロゴの看板を見て声を上げた。

「おおっ!タクマ殿、これはこの世界を現しているのですねっ!?」

 セシルさんもやって来て、看板を見上げて声をもらした。どうやらロゴの意味は、見ただけで伝わってくれたようだ。良かった。

「良いニャ~!これで売り上げガッポガッポニャ~!」

 ミーナが興奮して、しっぽを激しく振っている。この看板だけで売り上げが跳ね上がるとは思わないが、でもこういうことが大事なことだとは俺も思う。

 そして新しく作り直してもらった、塩と砂糖の看板も受け取った。これは後日、取り換えることとしよう。

「それは何ですか?また看板を増やすんですか?」

 リサが不思議そうな顔で、布にくるまれたままの看板を見ている。

「それはあとで説明するよ」

 とりあえず今日この看板は使わないので、セシルさんに休憩室に運んでもらおう。思った通りセシルさんは、看板を軽々と抱え上げた。

「この看板の件もふくめ、あとでみんなに相談があるんだ」

 そう言うと三人は俺のことを不安そうな顔で見てくる。こういうところも伯爵の影響が出ているのかもしれないな。

「いや、相談と言っても、いい相談だと思うから……少なくとも、嫌な話じゃないよ」

 その言葉に、三人は少しホッとした顔をして店へと入って行った。

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