028 新商品会議
本日の営業も無事に終了した。来客も多く、売り上げも上がっている感じがする。
さっそく今日の売り上げ集計に入る。ちなみに売り上げを入れた箱は、セシルさんが軽々と休憩室まで運んでくれた。男として思うところはあるが、自分より力があるのだから仕方が無い。
「これは数えるのも大変だな」
お客さんが支払う硬貨は、どうしても銅貨の数が多くなるので、数えるのが相当の量になる。さらに2回は必ず数えるので、なおさらだ。
そうしてようやく集計した本日の売り上げは、塩51200ガロル、砂糖4500ガロル、グラス160個、鏡小130枚に大が110枚だった。
塩が順調に売り上げを伸ばし、ついに売り上げ総重量が50キロを超えた。徐々に塩が生活に根付き始めているようで、とても嬉しかった。
そして今日の売上合計金額は金貨371枚と銀貨77枚、そして銅貨20枚で、日本円にすると約5204万8080円だ。
相変わらず凄い売り上げで、これで今までの売り上げ累計が3億円を超えたことになる。3億円なんて宝くじでも当たらなければ、一生お目にかかれないものと思っていたのだが。
ただ、もの凄い額ではあるが、エルモア伯爵のことを考えるとまだまだ安心できないだろう。化け物と戦うには、もっと金が必要なのだ。
「お掃除、終わりました~」
リサとミーナが掃除道具を片手に休憩室に入って来た。ふたりとも掃除好きなので、とても助かっている。
「それじゃあ、ちょっとみんなに相談があるんで、セシルさんとリットも呼んできてくれる?」
「分かりました」
リサがセシルさんたちを呼びに行ってる間に、俺は見てもらいたい新商品候補をテーブルの上に準備する。
気が付くと、テーブルの上に置いた金平糖をミーナが嗅いでいた。やっぱ獣人は嗅覚も鋭いのだろうか?ただ彼女の場合は、食い意地の力の可能性もあるが。
「お呼びでしょうか、タクマ殿」
リサに連れられてセシルさんが入って来た。リットも2階から下りてくる。
「それではみんな座ってください。これから新商品会議を始めます」
「まずはこれ……」
と言って俺は石鹸を手にしたが、ミーナがずっと金平糖を見つめ続けている。あっ、よだれ垂れた。
「え~と、まずは、この金平糖というお菓子から……」
「お菓子なのニャ!?」
ミーナが大きい瞳を、さらに大きくして俺を見る。吸い込まれそうで、ちょっと怖い。
「そ、そうそう、この金平糖は砂糖で作ったお菓子なんだ」
俺は小瓶に入れ変えておいた金平糖を掌に出して、みんなに見せた。色んな色があってカラフルだ。
「ほぉ~」
「奇麗ですねぇ~」
セシルさんとリサから声が漏れる。見た目の反応は良いようだ。
「可愛い~」
リットからは一番乙女チックな言葉が出た。
「じゅるじゅる」
ミーナからは言葉ではなく音が出てくる。
「そ、それじゃあ試食して……」
「ニャ~!」
ミーナが俺の手にかぶりつく。金平糖だけでなく手ごといかれた。
「痛い痛い!今から配るから慌てんじゃない!」
「あまあまニャ~」
ミーナがうっとりした表情でつぶやいた。
俺はみんなの掌に瓶から金平糖を出していく。ミーナ以外の三人は、一粒だけつまんでよく観察してから口に運んでいた。
「甘いですねぇ~!」
リサが驚きの含んだ、嬉しそうな声を出す。やはり甘いものが高級で希少な異世界では、金平糖のダイレクトの甘さは衝撃的なようだ。
「このカリカリの食感も、いいですね」
セシルさんは一粒噛み砕いて感想を言った。
「美味しい~」
リットは頬っぺたを両手で抑えて目をつぶっている。普通に可愛いな、おい。
気が付くとミーナが黙って俺に手を出していた。試食なんだが、まぁいいか。
俺はミーナの手に多めに金平糖を出してあげた。いっぺんに全部食べようとしてリサに止められている。
「これを店の商品に入れようと思うんだけど、どうかな?」
「いいと思います。貴族は喜んで買うでしょうね」
セシルさんは冷静にそう判断した。俺もまったく同意見だ。
「もし安く売れれば、みんな買えるんですけどね」
リサが諦めたようにつぶやいた。どうせお高いんでしょ?と思っているのだろう。
「可愛くて女性に人気が出そうですね」
リットが女性目線の意見を言う。男の子なのだが。
「美味しければ何でも売れるニャ」
ミーナが金平糖をボリボリ食べながら喋るので、口から少し欠片がこぼれている。案の定、リサに怒られていた。
「値段については商人ギルドと相談してから決めようと思ってる……で、次は」
そう言って俺は石鹸を出した。またミーナが顔を近づけ匂いを嗅いでいる。
「食べ物じゃないよ」
「でも良い匂いだニャ」
異世界の環境や人への影響も考えて、俺は無添加の石鹸を持って来た。なので通常の石鹸に比べるとあまり匂いはしないほうなのだが、それでも異世界ではかなり匂うものになるのだろう。
この石鹸は無添加で食べられるという噂もあるくらいなので、それがミーナのアンテナに引っ掛かったのかもしれないが。
「これは石鹸と言って、手や体を洗うものなんだ」
四人ともピンとこないのか、ふーんという表情で石鹸を見ている。
「論より証拠。試してみよう」
そう言って俺はみんなを連れて裏庭の井戸へと向かう。
外の空は少し薄暗くなり出してはいるが、セシルさんが取り付けてくれたランプのおかげで、裏庭が暗いということはない。
ミーナがロープを手繰り寄せ、井戸から桶いっぱいの水を汲みだしてくれた。
「ちょっと手と石鹸を水で濡らして、こうして両手でこすってみて」
俺は濡らした手で石鹸をこすって泡立ててみせた。無添加なので派手に泡立つことはないが、充分、体も洗えるほどの泡は立つ。お湯なら、なおさらだろう。
「うわっ!凄いですね!」
「きゃっ!凄い凄い!」
リサとリットが泡立つ石鹸を見て、はしゃいでいる。こういうところは子供っぽくて、とても安心する。ちなみに小さく甲高い悲鳴を上げているほうがリットである。
「これは汚れが落ちそうですね」
セシルさんも泡に興味津々だ。何度も手をこすって泡立てている。
「ただ水やお湯だけで洗うよりも、ぜんぜん汚れは落ちますよ。それに洗ったあとは、かなりサッパリします」
「おいしそうだニャ~」
「食べても無害らしいけど、止めたほうがいいよ。それに美味しくないし」
「ニャ~」
ミーナは残念そうに手の泡を見つめていた。でも匂いはずっと嗅ぎ続けている。
「どうかな?この石鹸は売れると思う?」
「売れますよ、絶対!」
リサは即答だ。水で洗い流した手を見て、スベスベだと喜んでいる。
「値段は、いかほどにするんでしょうか?」
そこが問題だとばかりにセシルさんが聞いてきた。
「まだ悩んでるんだけど、銀貨1枚ぐらいかなぁ?」
「それだったら安いですね。かなり売れると思います」
なるほど。なら商人ギルドマスターのエステバンさんに聞いたら、銀貨3枚は取れると言うだろうな。
でも石鹸も庶民の生活を良くする、根付かせたいアイテムだから安めに売りたいんだよなぁ。
「凄い凄い~!ツルツルだぁ~!」
リットがリサと手を触りあって、キャッキャと喜んでいる。リサ、リットは男の子のはずだぞ。
しかし、みんながこんなに喜んでくれるとは思わなかった。やはり貴族向けに高級品として売るのではなく、なるべく安く庶民にも普及する値段設定を考えよう。
「あと、もう一品あるんで、いったん部屋へ戻ろうか」
俺がそう言っても、しばらくみんな動かず石鹸を試していた。やはりみんな女性なんだなぁ。
俺が何度目かの咳払いをすると、ようやくセシルさんが気が付き、みんなを部屋へと誘導していった。
「次の商品はこれだ。特にリットの意見を聞きたいんだ」
「ぼ、僕のですか?」
俺の言葉にリットは、おどおどし出してしまう。そんなリットの前に、俺は鉛筆を置いた。
「これ、なんですか?」
リットが不思議そうに鉛筆を見つめる。怖がって手には取ってくれない。
「これは文字とかを書く、筆記用具だよ」
「え?これが?」
リットも驚いていたが、セシルさんが喰いついてきた。そう言えばセシルさんも王立騎士学校に行っていたので、かなり勉強はしていたんだろう。
「筆記用具って、どんなのを使ってますか?」
「私が使っていたのは、羽ペンや木のペンですね。先にインクを付けて書く、普通のやつです」
「インクをペンの中に溜めて、ずっと書けるというものはないですか?」
「そのようなペンは聞いたことがありませんが」
どうやら異世界には、万年筆のようなものは無いようだ。ならばこの鉛筆はかなり衝撃的だろう。
「これでどうやって字を書くのでしょうか?」
いつのまにかリットが鉛筆を持って、しげしげと観察している。一見、ただの木の棒なので、字が書けるのがイメージ出来ないようだ。
「このままじゃまだ書けないんだ」
俺はそう言って、折り畳みナイフを取り出し、開いて刃を出した。
「おおっ!タクマ殿、そ、それはっ!?」
セシルさんがナイフのほうに喰いついてきた。さすが騎士だっただけのことはある。
「こ、このナイフの説明はあとで……それで、この鉛筆の先をこうして削ると」
そう言って俺は鉛筆をナイフで削る。正直やったことないので、かなり不器用に削ることになったが、指を切らなかっただけ良しとしよう。
案の定セシルさんは鉛筆削る俺の手元を、ハラハラとした顔で見ていたが。
「こうして削ると、黒い芯が出てくるんだ。これでもう書けるよ」
俺は削った鉛筆をリットに渡す。同時に用意しておいた紙も一緒に渡した。
リットは鉛筆の先を何度も確認しながら、恐る恐る紙に文字を書いてみる。
「す、凄い!凄いです、これ!」
書き味にビックリしたリットは、夢中で文字を書き出した。
俺は他のみんなにも鉛筆と紙を渡す。
「タクマ殿、そのナイフをお借りしてもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
セシルさんにナイフを渡すと、慣れた手つきで器用に鉛筆を削り出した。その仕上がりは初めてとは思えない奇麗なものだ。
さすが刃物に慣れているな。
「ニャ~」
気が付くとミーナが鉛筆をかじっていた。まぁ俺も子供のころ、よく鉛筆のお尻をかじってはいたけどね。
セシルさんがミーナから鉛筆を取る、あっという間に削ってしまった。
リサは自分でやりたいと俺のナイフを借りて削り出した。指を切らないか親の様にハラハラしたが、リサも器用に鉛筆を削っている。
どうやら異世界の人たちは刃物に慣れているのか、鉛筆を削るぐらいは子供でも難しくはないようだ。
気が付けばリットも、俺が削った鉛筆を奇麗に削り直している。ごめんね、不器用で。
鉛筆削りの問題を考えていたが、どうやら異世界ではその心配は無いようだ。これでいっそう鉛筆が普及する可能性が高まった。
「どうかな、この鉛筆は?」
「凄いですよこれ!これなら勉強もはかどりそうです」
セシルさんは勉強していたので鉛筆の有難みを凄く感じているようだ。リットも夢中で、ずっと紙に何か書いている。
リサも楽しそうに紙に文字を書いていた。覗いてみると、塩、砂糖、グラス、鏡という文字が繰り返し書かれていた。俺の視線に気付くと、リサは恥ずかしそうに紙を隠してしまった。
でも、この鉛筆があればリサの文字の勉強にも役立つことだろう。
「またなのニャ~!」
ミーナはさっきから鉛筆の芯を折っては、セシルさんに削り直してもらっていた。力加減が分からず、筆圧が高いのだろう。さすが力持ちである。
「この商品は売れますかね?」
「いいと思います……ですが、値段は?」
やはり値段しだいだとセシルさんが当然のことを言って来る。
仕入れ値は100円で12本なので1本10円もしないのだ。なので銅貨2枚ぐらいで利益は出る。しかし安すぎるのもまた問題だとエステバンさんに怒られてしまうだろう。
「とりあえず銅貨10枚ぐらい?」
「売れます」
セシルさんが即答した。リットも大きく頷いている。
「それなら子供にも買えますね。安くはないですが」
リサも納得はしているようだ。自分でも買えるのが嬉しいらしい。
ミーナを見ると折れた芯で遊んでいた。
「とりあえず新商品の検討は以上ですが、あとひとつご報告があります」
なんだろうと、みんなが俺に注目する。
「それは、あの新しく作った看板です」
そう言って俺は看板の布を外すのであった。




