026 新たな商材
「おお、さっそく効果が出ましたね」
次の日の朝、俺とセシルさんは店の窓を全てチェックしてみた。
昨日、割られてヒビが入ったもの以外に、ガラスの異常は見られなかった。店の周りに石なども、転がっていないようだ。
「昨晩は物音などの不審な気配は、無かったと思います」
「これもセシルさんがランプを取り付けてくれた、おかげですね」
「いえ、私はタクマ殿の指示に従ったまでですので」
そう言ってセシルさんは俺に軽く頭を下げてくる。こういう仕草もカッコ良く、騎士だったんだなぁと思わせられるのだ。
「ちょっとお願いがあるんですが……今日の店の開店をセシルさんにお願いしてもいいですか?」
「開店をですか?」
「はい。ちょっと色々な仕事が立て込んでおりまして、出来たら店を少し離れたいのですが?」
今日は家のほうに、頼んだ商品のいくつかが午前着の便で届く予定なのだ。その他、ついでに済ませておきたい用事もある。
「了解いたしました。私の命に代えても、お店はお守りしますので」
「そんな大げさな。命のほうを優先してくださいよ」
「ご要望とあらば」
騎士ってみんな、こうなんだろうか?もしかしたら、セシルさんが特殊なのかもしれないと思えてきたぞ。
とにかく俺は、すでにセシルさんを全面的に信用している。もちろんリサもミーナのふたりもだ。その信頼の根拠を問われると具体的に言えないが、俺が信頼すると決めた心だけは確かなのだ。
そんなセシルさんにお店を任せ、俺はさっそく自分の世界、日本へといったん戻ることにする。
「ありがとうございました~」
俺は宅配のトラックが帰るのを、自分の家の前で見送った。これで本日3台目のトラックである。
「やっぱり業者に搬入してもらうと、なんと楽なことか」
うちの倉庫の棚に塩50袋と砂糖20袋、そしてグラス100個が入った段ボール箱が200箱、奇麗に並べられて積まれていた。
棚は意外と広いので、それでも1、2割り程度しか埋まってはいないのだが、商品が並んでいるところを見るのは気持ちがいいものだ。
ただこれ等を自分で異世界へと運ばなきゃいけないのが、かなり厄介だ。そして、その厄介事を解消するために、昨日ベルトコンベアを注文したのだった。
モーター付きの5メートルの物で50万円ほどした。高かったがモーター付きなので傾斜させて上のほうへ荷物を運ぶことも出来るし、パワーもかなりあると言うことだった。
とりあえず、そのベルトコンベアを2台、ネットでポチっと注文しておいた。本当に便利な世の中である。
「よし。今日の搬入は以上だな」
次に俺は御徒町へと移動することにした。
インド人のハルシルさんには、もうすでにアポは取ってある。
今回は換金上限の5000万円を超えないように、金貨は340枚だけ持って来ていた。
御徒町の事務所に着くと、ハルシルさんは笑顔で俺を迎えてくれる。
「また金貨のほう、お願い致します」
「金なら、いつでも大歓迎ですよ」
ゴールド好きのインド人らしい反応だ。
金貨を受け取ると、ハルシルさんはすぐスタッフに渡して確認などの指示を出す。
「商売のほうが順調のようですね」
ハルシルと紅茶を飲みながら、しばらく談笑をすることにした。
しかし、ハルシルさんは俺のビジネスのことや、存在自体が謎であろうエルーデン金貨については、深く追求してこない。
多くの疑問はあるだろうが、そこはさすがビジネスマンというところだろうか。こういうビジネスにも、やはり慣れているのだろう。
「おかげさまで、商売のほうは順調にいっております」
「それは良かった」
ここで俺は、あることを思い出した。このハルシルさんの事務所へ来る途中、何軒も宝石店があるのを見たのだ。
そういえば御徒町は金だけでなく、宝石の店も多くあるのだった。
そこで思い出したのだ。そう言えば少し前に、異世界でアクセサリーを買ったということを。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんですが」
「ほう、なんでしょう?」
俺はバッグに裸で入れたままにしていたアクセサリーを出すと、テーブルの上に並べた。
「おお、アクセサリーですね?」
「ハルシルさんは、こういったアクセサリーは取り扱っておりますか?」
「もともと私は宝石商から初めておりますので、金よりこちらのほうが本職と言えます」
「それでは?」
「ちょっと拝見させていただきますね?」
「ぜひ、お願いします」
アクセサリーを持つとハルシルさんの表情が真剣なものへと変わる。そのギャップがちょっと怖いくらいだった。
3つとも一通り見たかと思うと今度はルーペを出して、ひとつひとつをじっくりと見始める。金貨よりもだいぶ時間を掛けている感じだ。
「うーむ…………」
しばらくアクセサリーを観察していたハルシルさんが、ルーペから目を外すと何か悩むような感じで唸り出した。
「失礼ですが、これはどちらで?」
「ちょっとした知り合いが作っている物でして。無名ですが腕は良いと思うのですが……」
「確かに腕は、もの凄く良いと思います」
「おお、そうですか!?」
「しかし不思議なのです」
「な、何かおかしなところでも、ありましたでしょうか?」
「このアクセサリーの独特なデザインといい、ディテールの緻密さといい、かなりの腕の職人の作品だということが分かります。ただ……」
「ただ?」
「宝石の質が、驚くほど悪いのです」
「それは宝石が偽物ということですか?」
「いえ石は本物です。ルビーもサファイアもダイヤモンドも、全て質の良いものだと思います」
「え?では?」
「石のカットと研磨技術が、素人並みのレベルなのです。いや、カットや研磨をこれからする前段階の物なのです。もしかしてこれは試作品ということですか?」
「い、いえ、いちおう完成品なんですが……」
「うーむ、こんな凄い技術を持っているのに、石に関しては素人ということですか……」
「変ですか?」
「変です。ちゃんとカットや研磨した石が、この日本で手に入らないわけがないのですから」
「じ、実は石に関しては無頓着な人のようで」
「それは勿体ない!それでは素晴らしい装飾技術が、宝の持ち腐れですよ!」
ハルシルさんは、いつになく熱く語っている。宝石のことになると人が変わるようだ。
「では宝石自体には価値は無く、アクセサリーとしては価値があるということでしょうか?」
「いえ、そうではありません。誤解を招いてしまいましたが、宝石にも充分な価値はあるのです。ただ処理前の原石に近い状態という感じでしょうか」
ハルシルさんはダイヤの指輪を手に持った。
「このダイヤモンドはカットは酷いですが、質としては悪く無く、この石だけで25万円はお支払いできます。指輪の素晴らしいデザインを合わせれば、40万円以上にはなりますね」
おお!確か銀貨7枚で買ったはずだから、だいたい1万円ぐらいの物だ。それが40万円以上になるのか。
「ハルシルさんは原石の買い取りもしてるのでしょうか?」
「基本的にはカット処理済みの石を買い取っておりますが、原石を扱うこともあります」
「また、このような持ち込みの形でも、買い取っていただけますか?」
「大丈夫です。ただし査定に数日、時間をいただかなければなりませんので、即金というわけにはいきませんが」
「それで大丈夫です。それでは近いうちに、まとめて石を持ち込ませてください」
「石だけをお売りになる?」
「はい。アクセサリーもおいおい持ち込みたいですが、すぐにそろえられるのは石のほうだと思います」
「了解しました。石だけでもアクセサリーでも、私は大歓迎ですので、いつでも、いくらでもお持ちください」
そうして俺とハルシルさんは固い握手をした。相変わらず握力は痛いほど強い。
その後、金貨の代金4896万円を受け取り、お礼を言って事務所をあとにする。
これで前から考えていた、異世界の商材をこちらで売るという形のビジネスも出来そうだ。
上手く行けば売り上げは2倍どころか何倍にも膨れ上がるかもしれない。
ビジネスの次へのステップへの予感に、期待に胸を躍らせながら俺は次の目的地にと移動した。
次に来た場所とは、有名なお菓子の大型店である。場所はアメ横なので、御徒町のハルシルさんの事務所からは歩いてすぐのところだった。
「それにしても、たくさんあるなぁ」
俺は異世界で販売する新しい商材として、お菓子を考えていた。
砂糖が貴重な異世界において、甘いお菓子はかなり需要があると思ったのだ。
チョコレートとか売れると思うのだが、熱に弱いのと、カカオの存在をまだ異世界で確認していなかった。なので今回は候補から外しておこう。
次に見たのはキャラメルだ。
異世界での牛乳の存在は確認済みなので、原材料としては問題ないはずだ。ただバターや生クリームの存在は確認できていないのだが。やはりこれも外しておくか。
う~ん、どれも技術的には過剰になってしまうものばかりだなぁ。
お菓子の販売を少し諦めかけた時、ある商品に目が止まった。
「金平糖か」
なんとも懐かしいものを発見した。本当に小さい時に少しだけ食べただけで、あとはずっと見ることも無かったお菓子だ。
これなら基本、砂糖だけで出来ているんじゃないだろうか?
パッケージの原材料を確認すると砂糖と蜂蜜と書いてあった。これなら異世界でも問題無いと思われる。
「とりあえず試しに少し買って行こう」
金平糖だけでも、けっこうな種類が売っていて、なかには色んなフルーツなどの味が付いているものもあった。
しかし今回は異世界へ持ち込むので、シンプルなものにしたほうがいいだろう。
俺は、なるべく色んな色が入っていて量も多いお得なものを選ぶ。基本、砂糖だけで出来ているので、どれもそんなに高いものでもない。
「こんなもんかな」
何個か金平糖を買って時間を見ると、まだ14時前であった。
「まだ時間あるな」
とりあえず日本での用事はこの辺で済ませ、俺は異世界へと急いで向かうのだった。




