俺以外の厨二と依頼を受けてみた
いざとなったらクレイマンへ全ての責任を押し付けると言ってのけたシエラさんを尻目に俺とソレイユは目的地へ出発した。
一緒にいるのがセシリアだったら横抱きにして屋根伝いに移動するのだが。
ソレイユを横抱きにして移動なんてあり得ないので、徒歩で向かっている。
俺の移動について来れないことはないだろうが……無理はしない方向で。
通行人からほとんど二度見されるぐらいには目立っているが、悪いことしているわけではないので堂々と歩く。
奇異な目で見られても声をかけられることはなかった。
話しかけるなオーラを出しているわけでもないのだが。
結局、目的地に着くまで誰からも話しかけられなかった。
「ふっ、どうやら無意識に強者の気を放出していたようだ。俺たち二人が揃うと一人の時以上に周りへ影響を与えてしまうらしい」
「そのようだな。一人で歩いていた時は何人かから声をかけられていたのに黒雷の魔剣士と合流してから全くかけられなくなったからな」
「これが相乗効果というやつか」
厨二力は足し算ではなく掛け算になると。
これは極めて重要なことなのではないか。
詳しく考えたいところだが……今は依頼に集中しないとなるまい。
黒雷の魔剣士が考え事をして依頼をおろそかにするなんてことはあってはならないからな。
「ようこそいらっしゃいました」
貴族邸を訪れると老齢の執事が出迎えてくれた。
案内で中へ入り、歩きながら簡単な打ち合わせ等を行う。
依頼人は屋敷の主、仕事で不在なため代理人としてこの執事が対応すると。
鍛えてほしいのはこの家の次男、レストールくん。
本来、専属の指南役がいるのだが。
指南役は怪我をしてしまい、職務を全うできる状態ではないと。
「まさか、高名な黒雷の魔剣士様と蒼炎の鋼腕様が依頼を受けてくださるとは」
「ふっ、黒雷の魔剣士は困っている誰かの声を聞き逃さない。どんな依頼だろうと我が力、十二分に発揮して当たるのみ」
「この蒼炎の鋼腕の力と技で必ず成果を挙げてみせますよ」
「本当に頼もしい限りです。それではレストール様の部屋へご案内致します」
執事の案内でレストールくんの部屋へ向かう。
何故だろう、すれ違う使用人から同情的な目を向けられているような。
これはあれだ、レストールくんが言うことを聞かない問題児っていう流れだ。
相当、扱いに困る令息が待っているんだろう。
黒雷の魔剣士に蒼炎の鋼腕のコンビにかかればどんな問題児も相手取ることができるがな。
「本日はよろしくお願いします」
気合いを入れて部屋に入ると。
中には優しそうな笑みを浮かべた少年がいた。
入ってきた俺たちを見るとすぐに頭を下げて挨拶。
予想していた人物と違うぞ……。
「レストール様は貴族に必要な礼儀作法、武芸、ダンス等。一般的に学ぶ範囲の教養はほとんど修めている優秀な方です」
「止めてくれ、ジェイサー。僕の目の前にはAランク冒険者が二人もいるんだ。僕の力なんてまだまだだよ」
いや、ハードルを上げられても困るんだが。
優秀すぎる令息に何を教えろと言うんだ。
「お二人にはレストール様の学習の記録をお渡し致します。今回の依頼に役立てて下さい」
渡されたのはレストールくんが今までどんな勉強をしてきたかが記された日記帳。
ぱらぱらとページをめくると細かく分野毎にまとめられている。
冒険者の心得と近接格闘なら教えられるけどな。
「わかった。この記録を見る限りかなり優秀な部類のようだ。ならば最初はこの俺、蒼炎の鋼腕の知識を授けようじゃないか」
ぱたん、と日記帳を閉じて自信満々に宣言したのは蒼炎の鋼腕だ。
貴族の知識……ああ、そうか。
それなら蒼炎の鋼腕ソレイユの出番だな。
早速始まった講義では教本なしで知識を披露していき、時折レストールくんに質問する形で進められていった。
俺は意味ありげに腕を組み、壁に寄りかかっていただけ。
話聞いてもそうなのかと納得する話ばかりだ。
特に歴史とかな、他国のこともしっかり頭に入れているようだ。
静かに見守っているジェイサーさんも納得のご様子。
勉強姿を見て、小さくガッツポーズしているんだが……この人、レストールくん大好きなのな。
座学では出番なく、蒼炎の鋼腕一人の講義となった。
……俺がいる意味って何なんだと考えていると。
「そろそろ武芸の方もお願いします」
ジェイサーさんから救い言葉が出てきた。
武芸ならやれる、戦いの分野ならいけるぞ。
ようやく、壁と同化しなくて済むな。
「本日は剣術の御指南をお願いしたいのですが」
「むっ……そうか」
剣術……まだデュークから習っている段階なんだが。
黒雷の魔剣士は剣が主武器みたいな格好をしているけど、実際はそこまでの腕前。
身体能力の高さでカバーしているから戦えているものの、指南するってなると別だ。
その辺の事情はもちろん、蒼炎の鋼腕ソレイユは知っているので。
「黒雷の魔剣士よ。勇者ユウガの結婚式では俺の武器を使ってくれたな。今回もそれで行くぞ。相手はかなりの使い手のだからな。お前の力が必要だ」
もっともらしい理由を言って俺の剣を手に取っている。
ソレイユの主武器は剣だからな、間違ってはいない。
ここで俺にできることはというと。
「ああ、頼む。その剣は俺の魂だ。雑に扱わないようにしてくれ。そして、俺たちの魂をレストールくんに……」
「わかっている。彼に俺たちの全てを託そう」
「あ、あの。そこまで重く考えなくても良いですよ。普通に指導してもらえるだけで充分ですので」
俺たちの魂はいらないらしい。
技術や経験のみで良いみたいなので、普通にソレイユが指導した。
剣の振り方、足捌きを教えて模擬戦を繰り返す。
そんな二人を腕組みして見つめているのが俺だ。
もう帰って良いんじゃないか……いや、ダメだな。
依頼を途中で放り投げるという失態を黒雷の魔剣士が犯してはならない。
もう既にジェイサーさんの視線が厳しいものになっていることは気づいている。
早々に手を打たないとならない、かなりまずい状況だ。
この場で俺にできることは一つ。
蒼炎の鋼腕による指導が一段落ついたところで黒雷の魔剣士登場。
どれ程の実力がついたか確かめる名目で模擬戦を挑むしかない。
「黒雷の魔剣士様、少しよろしいでしょうか」
二人に模擬戦を持ちかけようとしたら、ジェイサーさんに呼び止められた。
これは……間に合わなかったやつか。
大人しくジェイサーさんの後をついて行き、二人から離れる。
指南の邪魔にならない位置で解雇通告をするつもりのようだ。
黒雷の魔剣士、初の依頼失敗か。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。突然の呼び出し申し訳ございません。どうしてもお伺いしたいことがありまして。黒雷の魔剣士様の目にレストール様はどう映りましたか」
「どう映ったか……か。蒼炎の鋼腕の講義を熱心に聞いて知識を吸収しようとしていた。剣術指南中もあれだけの剣の腕があっても驕ることなく、上を目指そうとしている。努力家で真面目……という印象を受けたな」
何もしないで二人を見ていただけだったから、上っ面だけとはいえある程度当たっているんじゃないか。
しかし、二人から距離をとってこそこそ話すような内容かね。
何か裏があるんだろうか。
「やはり、そうですか。……黒雷の魔剣士様にお願いしたいことがあります」
やはり、何かあったか。
質問から察するにレストールくんの裏の顔についてだな。
ここまで活躍できてないから、やれることはやるぞ。
「依頼人の話だ。任せてくれ」
「はい。実は……レストール様に婚約者への接し方について助言を授けてもらえないでしょうか」
それは俺も授けてもらいたいやつなんだが。




