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08.

「視察?」

「そ、年に一回の王族による軍宮視察。またの名を軍校生最大のビッグチャンス」

「ビッグチャンス?」

「…お前はほんとになにもしらないんだな、スマワラ」

「うん」


代季の知識の浅さに呆れ顔を通り越して感心を示すクラスメイトの言葉に、本人はこともなさげに頷いた。けろりとした表情の代季を見て、数人が苦笑を漏らす。

ひとつのテーブルを6人で囲み、軍校の貴重な休み時間の中で、話題に上ったのは数日後に控える軍宮視察のことだった。数週間前から学年も階級も関係なく浮足立つ生徒の中にいて、嫌でも聞くであろう軍校視察の話題を知らない代季は、友人たちからしても異色の存在である。それでもこの二ヶ月あまりで彼のことを幾ばくかは理解している友人たちは、それに悪意ある感情を見出すのではなく、快活にからりと笑って見せた。


「これの世話はさぞかし大変だろうな、ハルヴィサ。同情するぜ」

「なに言ってんだ、タスキンスは好き好んでスマワラの面倒見てるんだろ。いいんだよ、別に。たいへんなんじゃないくて、たのしーんだ、きっと」

「違う、ふざけた勘違いするな。オレがこいつの世話を渋々しょうがなく見てやってるのは……その、…制約が…あるからで、あってだな…」

「制約?なんの」

「……」

「なあなあ、制約ってなに?なんの制約?教えてくれよ」

「……」


周りの揶揄に不愉快そうに柳眉をひそめたハルヴィサの声が徐々に覇気を失っていく。

その様に好奇心を煽られた一人が身を乗り出して問いを重ねるが、本人はむっつりと黙ったまま口を開こうとしない。ハルヴィサの隣の青年が懸命に彼をせっつくが、本人は知らぬ存ぜぬと悠々と紅茶の注がれたカップを傾けた。

見兼ねたひとりが、ハルヴィサに纏わりつく青年に助け舟を出す。


「そうなったら梃子でも口を割らないぞ、ハルヴィサは。もうひとり当事者がいるんだから、そっちに聞けば手っ取り早いだろ」


余計なことを言うなと眉間のしわを深くするハルヴィサに構わず、彼の助言にそうかと眼を輝かせた青年は傍観を決め込んでいる代季に矛先を転換させた。


「なあ、スマワラ、タスキンスとの制約ってなんだ?」


ハルヴィサの無言の圧力にも負けず身を乗り出して好奇心を押し出すクラスメイトに、代季は手にしたサンドウィッチを頬張りながら彼の疑問の答えを口にする。


「色々教えを請う代わりに、おれがハルの雑用引き受けるってやつ」

「………」

「………」

「………」

「………いや、それ」

「…タスキンス損しかしてないじゃないか」

「アハハハハ!うそだろ、それ!タス、タスキンスかわいそう…!」

「いい奴だな、ハルヴィサって…」


たっぷり間を開けて数秒後、口々に笑い声を上げたり軽口を口にする友人たちに、だから知られたくなかったのだとハルヴィサは眉間のしわを一層深めた。

ハルヴィサと同時に笑いものにされている代季は、相変わらず気にも留めた様子もない。

平然としている代季と、不機嫌そうなハルヴィサの温度差が重ねるように面白いのか、友人たちの笑い声が収束するまでかなりの時間を要した。

眦に溜まった涙を拭いながら憮然とした表情のハルヴィサを眺めて、友人が笑う。


「そんな制約が君たちの間にあったとはねえ…」

「ま、そうでもなきゃこんな甲斐甲斐しく面倒見んだろ、普通。部屋もクラスも違うってのに」

「ちゃんと果たされてないけどな、セーヤク」

「うん」

「いや、うんじゃないだろ、スマワラ」

「うん」

「どーすんだ、お前。このままじゃいつか愛想尽かされて棄てられるぞ?」


未だに肩を震わせる青年に問われて、代季は僅かに首を傾げる。

考えを纏めるために斜めに上がった視線を戻してきて、代季は覚悟を決めたように頷いた。


「出世払いで」

「…っだってさ、タスキンスママ!」

「アハハハハ!は、もう、ほんといいコンビだよお前ら…!」

「オレもう笑い死にしそう…!」

「思う存分くたばってこい」


据わった蒼眼で睨まれたところで、代季といるせいでハルヴィサの威厳などないも同然だ。

蟀谷(こめかみ)に指先を当てて溜め息を吐く彼の肩を、隣にいた友人が宥めるように優しく叩いた。




「軍宮視察ってのは、その名の通り、新兵が補充された時期に行われる王族が直々に軍宮を監査することを言う」

「うん」


結局、制約を友人たちに知られたことで、代季に物を教えるのはやはりハルヴィサだと騒ぎ立てられたことにより、言葉通りカフェテラスでそれが実現されることになった。

行き交う人々を眺めつつ、ハルヴィサは大人しく話を聞く代季にこっそりと溜め息を吐く。


「…正式な軍人になれば、お偉いさんと会う機会はそれなりに用意されている。いくら下っ端でも、要人警護や国単位の催し物になれば嫌でも駆り出されるからな。だが、新兵扱いこそされてはいるものの、軍校生は軍人じゃない。貴族連中ならまだしも、一般民が要人に会うことは軍校生である限りほぼ皆無だ。その機会を手にする立派な軍人になるまでに脱落する可能性だって大いにある」

「うん」

「だから軍宮視察は、滅多に訪れないまたとないチャンスなんだよ。要人と顔見知り、ないし運が良ければ気に入られて飛び級なんてのも在り得る。しかも時期的に新兵が補充された直後、篩いである試験よりも視察が先にあるから、どいつもこいつも目を光らせるわけだ。これがラストチャンスとばかりにな。…まあ、なんせ気に入られた軍校生の前例があるくらいだから、夢を抱く気持ちもわからなくもないが。…視察は4日に亘って行われるんだが、その期間内は視察に来た王族が軍宮に駐留するんだ。その間、軍校も軍宮に内包される機関のひとつだから、王族は視察にくる」

「それでみんな盛り上がってるんだな」

「盛り上がってるわけじゃないと思うがな」

「そっか」

「どっちにしろ下らねえことに変わりはない。…それだけだよ」

「ん」


ありがとう、と手にしていた奇抜な色のロリポップをお礼とばかりに差し出す代季の手の中から、甘んじて数本の飴を抜き取る。

軍宮視察の表裏伴う話を耳に入れたところで、やはり普段と寸分も変わらない表情のまま、春先の暖かな陽気に猫の如く目を細める代季を見遣って、やはりハルヴィサは嘆息した。


「へんなやつ」

「うん?」

「…なんでもない」




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