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18.

軍事国家として名を馳せる大帝国リュフシオンには、そのあまりにも強大な軍事を大本から支え、また同時に抑止になるべく統制を図るものとして、主軸となる師団が六つ存在する。師団を纏め上げる将階級を授けられた師団長を頂点に、陸・海・空の三領域に各々二師団ずつ配置されたそれらは、大帝国リュフシオンを軍事国家たらしめる最大の理由であり、矛であり盾である。

すべての軍部の上に立つ師団は、並外れた能力を有する極一部の者だけが入団を許される。

家柄や位よりも力を特別視する風潮のある師団では、軍に所属するすべての者に平等に、貴族も流民もすべて同じ秤に乗せられ厳選される。

しかし、国の利益になる人材である彼等が如何なくその才能を発揮する場を与えるという名目は、この国に古来より受け継がれる血筋を尊ぶ習わしの前では塵にも等しかった。

事実として、師団への入団を許される基準や明確な線引きがされているわけではないが、誰にでも平等に開かれているはずの入団への道は、一般民や流民に比べ、圧倒的に貴族を歩ませ掬い上げることの方が多い。

血脈を受け継ぐ者が選別を受けるのがどう足掻いても変わらないこの国の現実なのだ。

しかしその点で言えば、ハルヴィサは名実共に精鋭集団の中に名を連ねてもなんら遜色がないのだろう。代季の友人は、とても優秀だった。


「ハル」


友人の金の髪が、昼下がりの柔和な日差しを浴びて色を溶かし白金に輝く。

色を飛ばすほど淡く光る髪を揺らし振り向いた彼は、代季の姿を見止めて眼を細めた。


「ヨキか」

「探してたんだ」

「お前がオレを?珍しいな」

「そうかな」


春の日差しを浴びて満面に咲き誇る花々に囲まれて、ハルヴィサは中庭に佇んでいた。

配属された部が違ったために式典では会えず、別れを告げたいと騒ぐ友人たちと共に彼を探していた代季は、目当ての人物の元へ芝生を踏み締め花を掻き分ける。


「おれだけじゃなくて、みんな探してる。ハルに最後の挨拶がしたいんだって」

「ああ…、そうか。…そうだな」


傍まで近寄って来た代季が、式典を行った会場の方向を指差す。

その指先を辿って投げ掛けた視線の先で、僅かに伏せた睫毛が影を落とす、――それも一瞬のことで、ハルヴィサは次の瞬間には仕方ないとばかりに肩を竦めて見せた。


「まったく、面倒な連中だな」

「もう会えなくなるって」

「…ああ」


軍校での四年間、代季と共に下らないことや小さなことで戒律を破ったりと貴族にしては奇異に映る自由奔放な立ち居振る舞いはしたものの、ハルヴィサ・セテンタ・タスキンスは、その名に恥じぬ成績を修め、無事軍校を卒業した。

知学は元より、体学でも如何なく才能を発揮した彼は、常に同期の中でも上位の成績を誇った。それは家柄も血筋も関係なく、彼自身のたゆまぬ努力の結果である。

それを理解した上なのか、どうなのか。

卒業まで一年を切ろうかという時期に、その話は降りてきた。

一介の軍校生であるはずのハルヴィサ・セテンタ・タスキンスの、卒業後、陸軍の統率である第壱師団への入団が決まった、と。

代季の王族付きの護衛と等しく、軍部に正式に所属する前に、それよりも軍校を卒業する以前に師団への入団が決まるのは異例である。ハルヴィサ自身が最も驚きを隠せていなかったことから、彼自身が望んだ話ではないことは重々窺えた。

唐突過ぎた師団の入団への詳細を尋ねることを拒否し、友人にも多くを語ろうとしなかった彼が吐き出すように呟いた言葉は「父親が」、たったその一言だけではあったが、彼の友人たちはすべてを察し、それ以降ハルヴィサの前でこの話題はタブーとなった。

卒業後、代季と同じように名誉職に就くことが計らずとも決まってしまった彼の表情は卒業が近付くにつれ輝きを失くし、本人が如何にそれを望んでいないのか、苦慮しているのかが推測出来た。

だとしても、友人たちにそれを転じられるだけの力を持たず、またハルヴィサ自身がそれに触れることを拒絶している節があったので、その思いを無遠慮に壊してまで深入りをすることは出来なかった。

返答を呟いたまま、咲き乱れる花庭から動く気配を見せないハルヴィサの、遠くを見詰める彼の横顔を見入っていた代季が、透明の黒い双眸に疑問を乗せた。


「ハルは」

「ん?」

「厭なのか」


誰も彼には問えなかった問いは、代季によって静かに、しかし確実に落とされ穏やかな晴天に溶けた。

僅かに見開かれたハルヴィサの薄青の瞳が、真っ直ぐに己を見詰める代季を映す。

瞠られた眼が、伏せられた睫毛に隠される。

憂愁を含んだ小さな笑みを浮かべて、ハルヴィサは息を吐き出した。


「…お前はそればっかりだな」


何かを振り切るにはあまりにも弱々しく首を振る。

緩やかに舞う金の髪が柔らかな日差しを反射する、その動きひとつひとつを代季はなんとなしに眼で追った。


「厭だよ」


煌めく髪を(くう)にたゆたわせながら吐かれた言葉とは裏腹に、ハルヴィサの表情と声音は明るかった。

厭忌を告げる独白に、代季はただうんとだけ応える。

芳しい香りが風に乗り、代季とハルヴィサの間を駆け抜ける。

遠く、卒業を歓喜する軍校生の声が彼等との隔絶をやんわりと示した。


「自分の生きる道くらい、自分で決めたい」

「うん」

「だけど」


伏せられた瞳が上げられる。

正面から真っ直ぐと代季を見据る青の眼は、強固なる意志の元に輝きを放つ、その眩しさに代季は瞳を眇めた。

いつも通り、必要以上に多くを語らない友人の柔らかさを宿した表情に対して、ハルヴィサは肩を竦めて見せた。


「粛々と従うことを決めたのもオレだからな。…今は」

「そうか」


微笑むハルヴィサに、同様の微笑みを返す。

ふと耳を澄ますと、さらさらと咲き乱れる花が擦れる音に紛れ、遠く響いていた歓声がいくつか近付いてくるのがわかった。

ハルヴィサを探し、また探しに行ったはずの代季が帰ってこないことを心配した友人たちが中庭まで足を伸ばしたのだろう。徐々に近付いてくる彼等の喧騒に、ハルヴィサは代季に観念したと示すように両手を挙げてみせた。

漸く身を翻し、草花を掻き分け中庭を後にするハルヴィサの背を追う。

その最中、はたと足を止め代季を振り返った彼の口の端に、意地悪さと祝福を祝う笑みが湛えられていた。


「ヨキ、猩凌様にあんまり迷惑掛けるんじゃねえぞ」

「気を付ける」

「お前な…」


親友の飾らない返答に苦笑いを零したハルヴィサは、回廊を走り抜けてきた友人たちに名を呼ばれ、再度気怠いそうに身体を反転させた。




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