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17.

「スマワラッ!!お前はこんな日にまで寝坊する気か!起きろバカ、今日は卒業式だぞ!」


怒鳴り声と共に複数の手が、呼吸音さえ聞こえないほど静かに穏やかに眠る代季に伸びてくる。次々と伸びてきた手は枕を取り上げ布団を剥ぎ去りうつ伏せに寝る代季を引っ繰り返し肩を揺さぶった。


「スマワラ!おい!!」

「起きろ、ヨキ!今日遅刻なんかしたらせっかくの卒業内定諸々が全部取り消しにされるぞ!?」

「………ん…」


本人以上に慌てふためく友人に殴られ鼓舞され怒られ、ようやく身を起こした代季の顔面に複数の布が飛んでくる。

顔でキャッチしたそれを手に取ると、いつも着用している軍校の制服とは造りから違う、式典用の礼服であることが見て取れた。

礼服を持ったままうつらうつらと舟を漕ぐ代季に焦れた友人の、早くそれに着替えろ!という命令に急かされ、眠気眼のままのろのろと服に袖を通す代季に友人たちは安堵の溜め息と苦笑いを吐き出した。


「ったく、最後の最後までやめてほしいもんだな、スマワラめ…」

「ここまで徹底してるともういいんじゃないのか、ヨキらしくって」

「オレたちはスマワラ専属の目覚ましじゃねえんだぞ…」


口々に溜め息を零す彼等に構わず、ゆっくりと礼服を着用した代季が二段ベッドから降りてくる。

寝癖で跳ねた髪を、ひとりの友人が半ば乱暴に頭を掻き回す要領で手櫛を通して整えると、彼等は一様に自室を見回した。


「こことも今日でおさらばだな」

「案外短かったな、四年間って」

「そうかあ?俺は教官にみっちりしごかれたせいかやたら長く感じだぜ…」

「そりゃお前の出来が悪かったからであって、優秀なボクたちには縁遠い話ですね」

「ねー」

「あんだとこのやろお」


笑いながら小突き合う彼等の隣で同様に部屋を眺めていた代季が、窓から入り込む春風がカーテンを悪戯に捲り上げ、差し込んだ朝日に僅かに目を細める。

楽しそうに笑い合っていた友人のひとりが、そんな代季のいつもと変わらぬ姿を見てちいさくくちびるを尖らせた。


「あーあ、卒業したらスマワラは遂に正式に猩凌様の護衛役かあ。こりゃもう気軽に会えなくなるなあ」

「…だな」


哀愁を灯す瞳で、精一杯の明るさを孕んだ小さな呟きが落とされる。

彼の言葉に急速にしんと潮が引いた室内で、暢気に窓の外を眺めていた代季がゆっくりと瞬きを繰り返した。


「なんで?」

「…え?」

「会おうと思えばいつだって会えるだろ?」


ぱちくりと瞳に純粋な疑問を浮かべ、きょとりと首を傾げた代季と、固まる友人たちが対峙する。友人がなにを言っているのか理解出来ないという顔できっぱりとそう言い切った青年に、彼等は顔を見合わせた。

この国で王族の護衛役という職業は、誉れある栄誉職である。

どのような出身の者でも、王族に気に入られればその地位は格上げされ、また同時に、“どのような出身の者でも”その階級は揺るぎないものに変化し、それ故一般民が彼等に目通りすることは容易には叶わなくなる。

貴族でもなくまた王族でもあらず、されど王族の護衛役という職業に就いたものたちは、例外なく見えぬ権力の檻に囲われ、同様の盾と剣を持つことが許されるのである。

しかし己が身にその幸運が降り注いだ青年は、誰よりもその恩恵を理解していないように見えた。

幾人もの脱落者を出す厳しい軍校を突破して、見事軍人としての地位を手にした学友たちは、あくまでも一般民である。

いかに彼等と代季が共に切磋琢磨した友人であったとしても、権力が築いた不透明な戒律の前では意味を成さない。


「いや、…あー…うん、まあ、スマワラが会ってくれるっていうなら…会えるかもな…?」


それでも彼等にとって、代季のことばは幸甚だった。

例え代季が、度を越した世間知らずの上に降らした戯れだとしても。

絶対権力の中の自由を泳ぐ彼等にとって、代季のことばは青天の霹靂にも近しかった。

眉を下げた情けない表情で笑いながら顔を見合わせていた友人たちのひとりが苦笑をしながら、否定とも肯定ともどちらとも取れるように、ゆるゆると首を振る。

なんのことだかわからないと首を傾げる代季の背を、別の友人が勢い良く叩いた。


「そうだよ、お前らはいいよ。俺なんかは国境警備隊に配属予定だから、ヘタすりゃ一生このまま会えないかもなんだよなあー。なあなあ、ヨキ、今日が俺たちがこうして顔合わせて会話出来る最後だったとするじゃん?なにせ辺境の地に俺は飛ばされちゃうわけだし、有り得そうな話だろ?それでもさ、お前の言う事がもしほんとうなら、カワイソーな俺のとこまで会いに来てくれちゃったりする?」

「もし万が一、このまま生涯ずっと会えないとしたら、そしたら友達じゃなくなるのか」


過分に過ぎる代季のことばに、彼等は期待と可視出来ない焦燥に追われた。

逸る心臓に浮足立って、上ずった声で冗談交じりに笑いを飛ばす。

しかしそれすらも代季にとっては枠組みの外――否、中なのか――、それすらもなんでもないことのように、けろりとそう断言した。


「えっ」

「会えなくなったら友達じゃないのか?」

「い、や…そういうことじゃ、…ない…けど…」

「会いに行くよ」

「……」

「場所さえ教えてくれれば、会いに行く」


彼等が何故、そうまでして“会えること”と“友人関係の継続”に相関を見出しているのかがわからない。短くはない四年間という月日の中で培われた関係が、例え突然疎遠になったとしても、万が一もう二度と会えなくなったとしても朽ち果てて絶えてしまうとは、代季には考えられなかった。

会えなければ寂しいとは思う。出来ることなら会いたいとも思う。

それを彼等自身が体現することが叶わず、自分自身ならば実現出来ることであるならば、友人がそれを求めるならば、代季は当然それに応える。

会いに来いと乞われれば、無論、なにがあろうとも。

会いに行くと呟いたことばが春風が吹き込む部屋の中に舞う。

只中に呆然と立ち尽くす友人たちは、次々と顔色を白から赤に変え、総じて口々に騒ぎ立てた。


「あー!もう止めろよヨキ!!なんでお前はこういう時に限ってそういうこと言うんだよオタンコナス!普段はぽやぽやしてるクセによぉ!!」

「バカふざけんなまだ卒業式典始まってさえいねえんだぞ泣くな!貰い泣きすんだろーが!!」

「オレがいけないんじゃねーもん!!」

「そうだそうだ、スマワラがいけない!!お前が…お前があんなこと…!ああああもう!」

「おい!いい加減にしないと本当に遅刻するぞ!」


代季を指差し詰め寄る彼等の背後で扉が勢いよく開く。

そこから顔を覗かせたのは、先に部屋を後にしたはずの同室者たちだった。

いつまでも部屋を出る兆しのない代季たちを叱り飛ばし、部屋の外に引き摺って行く。


「スマワラ起こしてすぐにくるって言ったのはどいつだ!」

「ちげーよ、ヨキがとんでもないこと言い出すから思わぬ時間喰っちまったんだよ!!」

「スマワラのせいにする気か!」

「そもそもヨキが寝坊なんてしなければオレ等既に定位置に付いてるっつーの!!」


ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎながら、回廊を足早に駆けて行く。

話の渦中である代季本人は、そんな彼等の最後尾に何食わぬ顔で追従した。

不意に、入り乱れて進む彼等の輪から抜け出してきたひとりが代季の隣に並ぶ。

足幅を揃えて隣を走る彼になにかと視線で問い掛ければ、友人は前を向いたまま、そういやさ、と誰ともなく呟いた。


「タスキンスにも、一応別れ告げとかないとな」




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