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14.

「――…と、いうことだな」

「はあ」


大人しくひとつ頷いただけで返事をする代季に、猩凌の背後に控えるテュデスが眦を吊り上げる。

はじめて彼と出会った瞬間からテュデスは代季に敵意を剥き出しにしていた。

それは日を置いた今でも変わらないらしく、金の髪を逆立てて、君主の対面に座ることを許された代季を威嚇する。

青藍の瞳にありありと見てとれる反感の感情を、代季は真っ直ぐに見詰め返す。

その余裕ともとれる態度が気に入らないのか、テュデスはついに猛然と代季に牙を剥いた。


「はあ、じゃねえだろ、軍校生。わかったのか、かわらなかったのか、はっきり返事をしろ。まあわからなかった場合、オレが即座にこの場で切り捨てて…」

「止めろ、テュデス。猩凌様の許しなく不躾に会話に割って入るな」


敵愾心を隠しもしないテュデスを横から諌めたのは、彼の横で猩凌の護衛を務めるひとりの男だった。

テュデスよりも年嵩の男は、威嚇の色を隠しもしない青年の背中を軽く叩き、物理的にテュデスが動くことを自制させる。

同僚の正論と刺激に悔しそうに歯噛みをするテュデスが些か冷静さを取り戻したところで、男は代季にちらりと目を流した。


「しかし、テュデスの言い分にも一理あるのもまた事実」


テュデスのような目に見えて燃え盛る敵意ではない。

冷え冷えとした、見る者を凍えさせる青白い炎の渦が、男の瞳に影をつくった。

底冷えのする双眸は、真っ直ぐ代季に向けられる。


「我が栄えある大帝国リュフシオンが脈々と守り継投する正統なる王族の血縁者、次期の国王と呼び名も高い王位継承者である趙・猩凌様にお目にかかれる貴重な機会にありながら、その怠惰な態度は何ごとか。加えて態々、猩凌様自らが高々お前ひとりのために足を運んで下さっているのだぞ、軍校生。もう少し立場を弁えろ」

「こんなふざけた野郎が猩凌様の付き人になるだなんて…」

「テュデス、舌打ちは止めろ、品のない」


言いたいことだけを言い放つと、男は最早代季などには興味もないという風情で視線を逸らした。代季の返事すら待たない姿はいっそ清々しい。

男は黙ったまま事を静観していた猩凌に一度だけ頭を深々下げ、無礼を詫びると再び直立不動の体勢で護衛という己の役職の全うに戻った。


「悪いな、代季。レオナールもテュデスも悪気はないんだが、どうも私のことになると噛み付き癖が出るようでな」

「…はあ」


大して悪いとも思っていないのだろうな、と代季は思う。

なんと言われようが代季が堪えることはないが、例えば先ほどの護衛二人の言葉に代季が傷付いたとする。

その後に今と同じように表面上だけで部下の非礼を詫びられたところで、そうする猩凌の表情は変わらず我が子のことを話す親のようなのだろうと容易に想像できたので、恐らく自分は今と同じようにまったく不快だとは感じないのだろうとも、代季は思った。

猩凌様が謝る必要ないのに、と未だに背後でぶつくさと文句を呟くテュデスは同僚の男…レオナールに黙殺され、静かになる。

改めて代季に向き直った猩凌は、紅いふたつの月を目の前の青年に注いだ。


「代季。これは強制でも命令でもない。お前が望むように、思うままに返答をしてくれれば私はそれでいい」

「………」

「強制しても仕方のないことだからな。お前がお前の意志で私の(そば)にいてくれることを、私は望んでいるのだから」

「………」


レオナールは代季のことを怠惰だと表したが、代季の目の前で、事の重大さに反して見るからに気だるそうに片方の手の甲に頬杖を着く猩凌の方が、余程怠惰に見える。

そんなことを口にしたら恐らく切って捨てられるので公言はしないが、代季はそんな取り留めもないことを脳裏に書き綴った。


「代季?」

「はあ…。えーと…」


何か特別なことを自分が目の前の、護衛たちの言葉を拝借するならば国の尊い御方である王族である彼に、した覚えがない。

唐突に現れ、また唐突に消え、再びなんの予兆もなく姿を見せては風のように去って行く男。代季の中で趙・猩凌という人間への認識はその程度で、おまけにこの世界の人間ではない代季に原来の無頓着さも相まって王族貴族の尊さは理解出来ない。

ただ、この世のものとは思えぬほど鮮やかな瞳が、何ごとにも無関心な代季の心を惹き付ける以外は、他の人間と違うと自覚している。

それがいま、自分が出せる答えなのだろうか。

猩凌は数回顔を合わせただけの代季に、己の付き人になってほしいと申し出てきた。

この部屋の主である代季の上官にあたる軍人は、突然己の生徒及び部下に降って湧いた予想だにしていなかった話の大きさに冷や汗を掻いてドア付近に直立している。

恐らく普通の人間がすべき態度は正に上官のような反応で、自分が少々異質なのだとは代季自身も理解している。

王族の、しかもレオナールの言葉を信じるならばこの国の頂点にすら手が届く男の懐に入ることを望まれている、現状。

応えれば未来は約束されたものであると、子供ですらわかる現状だ。

ただ、代季に自身の保身や権力、金に興味はない。

あるのはただ、今こうして思考を巡らせている間にも注がれる、君主になるかもしれない男の燦然と輝く双眸だけだった。


「嫌か」


黙りこくった代季が、王族からの直々の申し出を断り辛いとでも思ったのだろうか。

猩凌が落胆すら滲ませない、普段通りの飄々とした声音で呟く。

それに少しだけ左に首を傾げてから、右に傾ける過程で代季は答えを導き出した。


「軍校を無事卒業出来ましたら、その話お受け致します」




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