13.
「刺客に追われていたのは事実だ」
地に胡坐をかいて座り込んだ猩凌の傍らに、遠慮なく腰を落ち着けた代季と所在なさげに跪いたままのハルヴィサが控える。
耳聡く軍校生ふたりの話を聞いていた猩凌は、ハルヴィサが疑問視していたことについて言葉数少なに口を開いた。
「しかし私にも、何故元からの標的である私を捨て置いて代季だけが刺客に狙われたのかは、わからん」
「……」
「悪いな」
けろりと悪気なく謝罪を述べた猩凌に、こちらも素っ気なく代季がひとつ頷く。
ただそれだけのことで全て片付いたという顔をするふたりに挟まれて、ハルヴィサも半ば渋々、無理矢理自分を納得させた。
今回もまた供をつけずにひとりで出歩いているらしい猩凌に軍宮までの護衛を申し出たが、当の本人は相変わらず飄々とそれを断って再び獣道の向こうに消えて行った。
草木を掻き分ける音と気配が消えた頃に、ハルヴィサが肺の空気を全て押し出す溜め息を吐いた。僅かに疲労が滲んだ横顔を代季が不思議そうに眺める。
「……」
「眠い?」
「…それはお前だろ」
「うん」
「……」
国の中枢、軍の頭脳を担う王族を目の前にしてこうもふてぶてしくいられる代季を目の当たりにして、改めて青年の異質さを感じた。
呑気に眠気眼を擦る代季と、滅多にない王族を前にする機会に気後れと緊迫を感じて思うように動けなかった自分を嫌でも比較してしまって、ハルヴィサは胸の内に言い様のない歯痒さを覚える。
代季が物事におおよそ頓着しない性格であることはこの数ヶ月間で身に染みている。
だとしても王族を前に、ただの一般民である代季が気負いなくゆるりと自然に構えているのを一度意識してしまえば、そうでなかった己と厭でも比較してしまうのだ。
だからそれがどうした、と言われてしまえばそれまでだが、今までと、それから恐らくこの青年と付き合っていくならばこれからも目にするであろう彼の異彩に、きっと幾度も引け目を覚えるのは目に見えている。心中を支配するのは代季に対する嫉妬や対抗心ではなく、己に対する不甲斐無さと疑問一色だった。
「……」
一瞬だけ目を閉じて暗い色を払拭させた瞳に、ふわりと尖った八重歯を見せて欠伸をする代季を映す。
猫染みた欠伸を伸び伸びと零す代季に、ハルヴィサは苦笑混じりの嘆息をした。
「ねむい」
「そろそろ部屋戻るか」
「ん」
「……なあ、ヨキ」
「うん?」
「お前さ」
「おれ?」
「………、やっぱいい。なんでもない」
「そうか」
月明かりだけが道を浮かび上がらせる宵闇の中、規則を破って夜の散歩を終えたふたりはあまりにも堂々とした足取りで宿舎を目指した。
「スマワラ!教官がお前のこと呼んでたぞ!」
「…うん?」
自分以上に慌てふためく友人たちに急き立てられて、代季は教官が控えている部屋の前に佇んでいた。
軍宮に内包される軍校で、実質的に生徒たちの上司にあたるのは教鞭を取っている佐官たちである。教師としてまた上官として、日夜生徒たちへの指導が余念ない教官から個別に呼び出され注意や叱責諸々を食らうことは多々あれど、私室に直接呼び出される生徒は滅多にいない。正確に言うならば、その“滅多に”が適用される場合は、極めて重要・重大な用事――例えば軍からの除名などが挙げられる。
思い当たる節がないのかと散々心配して纏わりついてきた友人に、夜中の散歩と答え彼等の顔色を蒼白に変えてきた当の本人は、気負うことなく目の前の扉を叩いた。
ノックの後、入れと入室を促された代季は真鍮製のノブに手を掛ける。
「また――会ったな、代季?」
ぎい、と扉を押し開けた先、教官の私室で代季を迎えたのは部屋の主ではなかった。
革張りのソファにゆったりと身体を沈めている、彼の人。
ここ数日で見慣れてしまった映える紅が代季を出迎える。常に飄々と平坦にさえ見えるほど表情を変えぬ猩凌が、ゆうるりと、一目見てわかるほど口の端を吊り上げていた。
「―…そうですね」
微かに揶揄を示唆する瞳が代季を見定めて、細められた。
あたたかな色を孕んだ紅い双眸に釣られて、代季も小さくくちびるを緩める。
なにかが大きく動く音を、意識の外が聞いた気がした。




