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12.

「めんどう」

「以下同文」


入軍式を彷彿させる光景に囲まれて、代季は覇気のない声音でぼそりと呟いた。

代季の左隣で列に混じるハルヴィサも鬱陶しそうに眉を顰める。


「なにするんだ、これ」

「視察の最終工程だよ」

「ふうん…」

「内部構成がどうだったとか改善すべき点があったとかなかったとか、取り敢えず視察の過程の話を、視察を行った王族直々に延々と聞かされる。要は、それを踏まえてこれからも国のために励めよって言いたいんだろうがな」

「時間の無駄だな」

「はっきり言えばな」


なにもこんな大舞台を用意する必要性を感じないふたりは、同時に窮屈さと退屈さからくる欠伸を漏らした。

周囲に並ぶ彼等の顔見知りはそれに苦笑を零す。

長々と熱弁を揮う教官を尻目に、代季とハルヴィサは顔だけは前方に向けたまま、呆れる友人たちに構わず口を閉じないままである。


「今回の視察、誰が行ったんだろうな」

「知らないのか」

「視察は軍宮がメインで、軍校なんざ名目的に足を運ぶだけだ。このだだっ広い軍校の端に足を踏み入れただけでも目的は果たされていることになるし、そもそも軍校を熱心に視察する王族はほぼいない。今回もそうだったのか、軍校内でまったく噂が立たないのが証拠なんじゃないのか?」

「へえ…残念だったな」


それが自分を指しての言葉ではなく、浮足立っていた軍校生に向けた言葉だとわかっていたハルヴィサはつまらなそうに鼻を鳴らすに留めた。

…と、不意に、先ほどまで代季とハルヴィサほど堂々とはしてなくともお喋りに興じていた周囲の人間たちが水を打ったように静まり返った。

流石にこのまま軽口を叩くわけにはいかず、周りに倣ってどうしたのかと前方に目を凝らす。

目を凝らした先、たくさんの頭が並ぶその先に見えたのは、今まで悠々と長広舌を披露していた前座が恭しく後方に下がり、紗幕から別の人間が現れる瞬間だった。

歩くたびに背に流した黒煙の髪がさらりと揺れる。長身を包むのは、豪奢ながらも気取り過ぎない飾りに彩られた東方のゆったりとしたシルエットの法衣。端正な顔立ちと陽の下で瑞々しく輝く白い肌は、上品さを彷彿とさせれど軟弱さはまったく感じさせない。

それから何よりも意識を惹き付ける、何処にいても何をしていてでも、目を惹かれる紅玉の双眸――。

猩凌(シンリエ)と呼ばれていた男は、悠然とした足取りで舞台に上がり、用意された演説の卓に両手を着いた。

その姿をみとめて数秒、邂逅の日と昨夜の記憶が今と重なった代季が小さく声をあげる。


「あ」

「あ?」

「へんな人」

「…は?」

「へんなひとだ」


熱心には見えずとも、代季にしては珍しいはっきりとした興味の色が浮かんだ瞳の先を確認して、ハルヴィサは思わず大きく首を捻った。


「…軍師殿のことか?」

「軍師殿?」


確認するように語尾を上げれば、前方を見据えていた横顔がこちらを向く。

疑問に疑問を返されても、ハルヴィサはいつものことだと頷き返した。


「いま舞台に登った人のことだったら、王族でありながら軍宮の最高司令官を務める趙・猩凌(ジャオ・シンリエ)、我が国の軍師殿のことだ」

「軍師…」

「ああ、今回の視察は軍師殿が行ったみたいだな。最高司令官と言えど結局は王族だから、易々と王城は離れられない。だからなのかは知らないが、こうして公然と訪れる機会を利用したのかも…な」


それでどうして軍師殿が変な人になる、と言外に含ませて不審な眼差しを送ってくるハルヴィサの視線を横顔に、代季は戻した目線を舞台上の男に定めた。

縷々と流れるように要点だけを簡潔に述べていく彼の、相変わらず飄々とした表情を見ると、間近で接触した日のことが蘇ってくる。


「軍師…」


昨夜は刺客に追われていると言っていた。はじめて出会ったあの日では、護衛の青年が過剰と言っても過言ではないほど過敏に男の傍にいた自分のことを警戒していた。

その時は別段、そんなに気になる問題ではなかったが、いま思えばそれは彼が王族で、国の中枢を担う頭脳だったからなのかもしれない。今さら知った事実に、それでも大した感慨もなく、代季はただ静かにそうだったのかと、ひとりぼやいた。




「……嘘だろ」

「ほんとうだよ」


人気もなく陽の光も当たらない軍校の校舎裏で、ハルヴィサは僅かに目を瞠った。

視察報告及び定期守礼が終わるや否や問答無用でこの場所まで連れて来られた代季は、胡乱げな表情で迫ってきたハルヴィサに事の顛末を問い質された。

誘導尋問の如く洗い浚い全てを話終え、しゃがんだ地面に生えている草をぷちぷちと抜く代季を尻目に、ハルヴィサが額に片手を当てる。

渦中にいるはずの代季より、話を聞かされただけのハルヴィサの方が事の重大さが理解出来ているらしく、どうしたものかと眉間にしわを寄せた。

王族に出くわしたと知った今でも変わらない代季の表情を見据えて、ハルヴィサがか細い溜め息を零す。


「なんですぐに教えなかった」

「へんな人に会ったって、言わなかったっけ?」

「そうじゃなくてだな…、…」


そこまで口にして、ハルヴィサは言い淀んだ。

代季はこの国に籍を置く者ならば幼子ですら知っている事実をまったくと言っていいほど把握していない。

今回も、王族の中でも特別知名度が高い趙・猩凌を知らなくとも仕方のないことかもしれなかった。加えて鈍いのかわざとなのか、何かに動じることのない性格だ。

今さら喧しく騒いだところでどうにもならないと思い直す。


「いや、いい。もう過ぎたことだしな…」


渋い顔で首を振る。

それから対面で手持無沙汰に草を抜き続ける代季に向き直った。


「で」

「で?」

「軍師殿と偶然とは言え二度も対面を果たすどころか、別れ際の台詞がまたなって可笑しいだろ。おまけに襲撃されていたところも“偶然”助けたって。…大体、夜中に王族が護衛も連れず独り歩きってのが根本からして可笑しいんだよ。それ…」

「そうだな、普通ならそこの君のように、そういう疑問を抱くのが所謂真っ当な対応なのだろうな」

「…っ!?」


身を乗り出して代季に事情の重大さと不審な点を説こうとしたハルヴィサの背後、代季の正面から唐突に聞こえた声に、ハルヴィサは軍校生らしい軽やかさで代季の近くまで飛び退った。

自分の背後に気配もなく近付いて話を盗み聞きしていたらしい人物を、ハルヴィサが鋭利に尖らせた双眸で見据える。

微動だにしない代季とハルヴィサの交錯した視線の先を一身に受け止めた影は、ハルヴィサの隣の代季に小さく微笑み掛けた。


「また会ったな、代季」

「――猩凌様」


生い茂る緑を背後に、法衣が汚れるのも気にせずしゃがみ込んだ膝に頬杖をついてこちらを見ていたのは、先ほどまで話題に登っていた猩凌その人だった。

代季の言動と猩凌自身の言葉と背格好から、目の前の男が軍師であることに気付いたハルヴィサが構えを解く。しかし不意過ぎる猩凌の登場に困惑し目を伏せたハルヴィサに、猩凌が紅玉の瞳を向けた。


「君は代季の友人だな。名前を聞いても?」


いくらハルヴィサが貴族とは言え、国の頂きに君臨する王族とこうして向かい合う機会などそうない。普通では有り得ない、王族に多数ではなくひとりの個として認識されている現実に自然と背筋が伸び、ハルヴィサは姿勢を正した。

正面で返答を待つ猩凌に、ハルヴィサが地に片足を着き、頭を垂れる。


「…ハルヴィサ・セテンタ・タスキンスと申します」

「ああ、タスキンス卿のところの御子息か。いい友人を持ったな、代季」

「はい。…いてっ」


軽々と頷いた代季の横腹にハルヴィサの拳が叩き込まれる。

どうして怒られたのかわからない代季は、跪いたままむすりと仏頂面で目を合わせようとしないハルヴィサの横顔を不思議そうに眺めた。




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