松下 劉弦
第98話 夏の陽に
「いつもみたいに相談のメールがきました。私が東京の会社に勤めていた時、パワハラをする上司がいました。その人にパワハラを受けているという人からの相談です。でも、これって私の妄想なんですよね」
「ほほう。それはどうして」
「わたしたちの不幸の根源は、あの上司だと思っていました。わたしも、たぶん劉くんも。赤の他人の復讐を代行したところで私たちの気が晴れないことに気づいていたんです。やればやるほど虚しくなってくる。もうこんなことも終わらせたい。他人の話しではなく、自分の復讐を晴らして終わらせなきゃ。そう思うようになった途端、そのメールです。タイミング良過ぎですよね」
メールが来た、と蓮実に聞いた時、俺もタイミングが良過ぎると思った。むしろ内容を聞く前に蓮実が何を言おうとしているのかわかってしまった。蓮実が言う『妄想』という言葉がしっくりきてしまう。
「自分たちの復讐を果たして終わらせる。誰を、って考えた時、思い浮かべた上司の顔が歪みました。腰や腕、足の関節があらぬ方向に曲がったり、その上司の頭が2つ、3つと増えて、背中から腕が生えたり。わたし、頭がおかしくなってしまったかと思いました。その上司の頭は女の人の頭であったり、顔を見たら元同僚の顔だったりした。その顔もはっきり思い出せない。パソコンに目を移すと、はじめはその上司の名前が映っていたのに、色んな人の名前にチカチカ入れ替わって。わたしは頭を抱えて叫んでいたと思います。そこへ劉くんが、肩を揺すってわたしの目を覚ませてくれました。その時に気づいたんです。わたしが恨んでいるのはその上司なんかじゃない。それを見て見ぬフリをしていた、そこにいた皆んななんだって。その1人1人を恨んでいるかというと、それも違う。わたしは誰かを復讐するなんて望んでいなかった」
それは俺も同じだ。見て見ぬフリをしていたのは、自分も含まれる。だけど蓮実は、そんな俺を責めない。蓮実はそういう奴だ。もっと責められていたら楽だったかもしれない。そうやって人のせいにする自分に嫌気がさした。
「今考えると、最初から死んでたことはわかっていたんだと思います。だけど、それを封印して。この世にしがみついて。ずっと心残りだったことがなんだったのか。なんでもっと早く気づけなかったんだろう。ずっと気にしてたことなのに」
そんなこと、俺にだって1つしかない。
「ねえ、和尚。この子なんでしょ」
蓮実は和尚に近づいた。屈みこんで、和尚の胸の辺りに顔を寄せた。俺から見ると不自然な体勢だ。座布団に座った和尚は自分の膝の上を見下ろしている。蓮実の背中で見えない。
蓮実が振り向いた。
「劉くん。やっと、会えたよね」
3、4歳くらいの女の子と目が合った。その子は和尚の膝の上に、ちょこんと座っていた。
パッと目の前が明るくなった。そこは和尚の部屋で、今は夜だと思っていた。でも俺たちがいるのは縁側だった。そして青空。明るい太陽がこちらに向いている。夏の終わりだというのに、真夏のような暑い日差しが照りつけていた。
俺は、その子が陽夏だと、すぐにわかった。




