松下 劉弦
第97話 パズルのピース
取り乱しているのは俺だけだ。蓮実は落ち着きを取り戻していた。和尚の話をいつも通りの顔で聞いている。俺と和尚との会話の中で、笑顔まで見せている。
「蓮実。お前は大丈夫なのか?」
「うん。さっきまではパニクったけど、なんか考えても仕方ないなって思って。そう言えば入院した記憶も静岡まで来た記憶もないし。そう言われたら、そうなんだなぁーって」
「そんな呑気なこと、言ってられるか」
「そうかなぁ。なんか、もう受け入れちゃった方が楽じゃない。それに......」
なんだか蓮実は嬉しそうだ。なにが、そんなに嬉しいんだ。俺にはさっぱり理解できない。「それに」の後が気になった。
「それに、なんだ?」
「ううん、べつに。和尚、続けて」
蓮実は楽しそうに、和尚に話を続けるよう促した。
「ワシはな、ヒロキが最後に言ってくれた言葉を聞いて、物凄く申し訳なくなった。ワシの命令で殺されとって、ワシにお礼を言うんじゃぞ。こっちが謝らんとならんのに。でも、ヒロキが最期にワシの目の前に現れてくれて、喜んどった。単純に嬉しかったんじゃ。自分に嘘を吐いて生きていくのが、もうしんどくなってたからなぁ。それに町の人たちにも坊さんだと嘘吐いてるのも嫌になった。雲仙さんと優禅さんと相談して、町の人に嘘を白状して、寺を出ていくことを決めた。町の檀家さんを集めて、みんなに話したんじゃ」
蓮実はウンウンと頷いて和尚の話を聞いている。
「そしたら、町の人ぁみんな、『そんなこと最初から知ってる』っちゅうて。だから出ていくな、とみんな口を揃えて言う。元ヤクザで、元受刑者で、さっきまでおった龍幸はワシが殺した幽霊じゃ、ってそこまで説明したら、みんな笑いやがる。『龍幸っていうのは誰ぞ』『そんな子は知らん』『あんたら元々3人じゃろ』って。ワシもわけがわからん。みんなヒロキと話しとったくせに、みんなヒロキのことは忘れておる。雲仙さんも優禅さんも開いた口が塞がらん。まあ、幽霊がおったってこと時点でおかしなことなんじゃが、みんな普通に接してたのに知らんはないじゃろ。それよりも、みんなこの寺のお主様になってくれ、そのままおってくれとワシの話を聞かん。松田のバアさんも、『こんなにみんなが言うんじゃ、本当にお坊さんになっちまえば』と、こうくる。仕方なしに本当にここの坊さんになったってことよ」
蓮実は嬉しそうに胸の前で小さく拍手をした。
「それで、和尚はヒロキさんのことを忘れないように、このお寺の名前を龍幸寺にしたんだ」
「そう。蓮実殿は勘が良い。町のみんなも、前の住職の名前のまま継いじゃ縁起が悪いっちゅうて、ヒロキが自分につけた名前にしたんじゃ。龍幸といあ両方とも伸びる発音が締まりないって思っておったが、『寺』をつけたら締まり良くなった。みんなも、いい名前じゃと気に入ってくれた。なんかむかしからそうだった気がするって言うもんも出てきてな。今じゃみんなヒロキのことなんぞ覚えとる者はいないが、これで忘れんじゃろうと。きっとヒロキも喜んでくれておる」
「それ以前の寺の名前は、なんだったんだ?」
「んー、忘れた!」
なんと薄情な。檀家さんたちも、放蕩息子の時の名前なら縁起が悪いかもしれないが、それ以前の付き合いもあっただろうに。まあ、この名前で20年以上も定着してるなら、それはそれでいいのかもしれない。
「じゃあ、和尚は本当の住職じゃねえんだ」
「バカ者。ちゃんと修行して出家したわい」
「だけど、この寺の名義は和尚じゃねえんだろ」
「むかしはな、不動産関係の仕事だってしておる。名義の変更なんてお手のモンよ。ワシャ、元々ヤクザじゃぞ」
なんか、正規の手続きではないのかもしれない。
「それでじゃ。お主たちは、ワシに何か話があったんじゃろ。蓮実殿」
和尚は、俺じゃなくて蓮実に話を振った。
死んだことは理解した。それがわかれば成仏するもんじゃないのか。でも、俺はまだ消えていない。なにかまだパズルのピースが欠けているような感じ。
蓮実はキョロキョロと周りを眺めている。俺と目が合うと、いかにも楽しそうな笑顔を浮かべる。
「蓮実殿。お主の旦那は、まだわからんようじゃが」
和尚と蓮実は、俺に意地悪な笑顔を向けてきやがる。




