松下 劉弦
第96話 3マス目までもどる
一休ときたら、余裕ぶっこいてお茶なんて啜り始めた。落ち着いている態度が、こちらを揶揄っているようにしか見えない。
「前に劉弦さんと天馬さんで、復讐代行の仕事でどっかの会社に忍び込んだときありましたよね。あの時、隠しカメラがどこにあるか、防犯カメラがダミーじゃないとか大騒ぎしてた時ありましたよね。あれ、僕、何にもしてないんですよ」
「はぁ?お前が仕掛けた隠しカメラだって、傘立てのところにあったじゃねえか!」
「僕はメモ書いて渡しただけですよ。僕が忍び込んでカメラ設置するわけないじゃないですか。不法侵入ですよ」
「そんなこたぁ、わかってるよ!だから警備員のオッさんに見つかっちまったんじゃねえか」
「でも、それ事件になってないですよ。きっと劉弦さんたちの想像力がそうさせたんです」
「何言ってんだよ!じゃあ、今まで俺がやってきたことは、全部俺の頭ん中だけの出来事だったって言うのか」
「そうとも言ってないです。現に劉弦さんは僕たちと暮らしてたわけですから」
もう何言ってるのかわからなくて、イライラしてくる。なんでも見透かしているように涼しい顔をしている一休に腹が立つ。
「物事というもんはなぁ。人の都合よく成り立ってるもんじゃ」
今度は物知り顔の和尚が話始めた。
「人は記憶を勝手に書き換えるもんじゃ。忘れてしまったところは気持ちが悪いから、どうにか良いように繋げたがる。一昨日食ったのは唐揚げじゃったが、昨日食ったものを思い出せん。ずっと考えても思い出せないと、ああ、昨日食ったのが唐揚げかもしれん、と思うようなる。初恋なんかわかりやすいじゃろ。なんのことはねえ事象も、綺麗な思い出として都合よく書き換えとるんじゃ。本当は、ほとんど忘れてとったとしてもなぁ」
なんだよ、そりゃ。初恋と人が死んだのを一緒にしてんじゃねえよ。
「だがなぁ。ああ、昨日食ったのは唐揚げじゃなくて、刺身の盛り合わせだったと思い出したとする。今夜食おうと思ってたもんが豚カツで、揚げ物が2日続いてしまったら胃が靠れるかもしれん。昨夜、刺身じゃったら大丈夫だ、と言って豚カツを食う。でも昨日食ったのは本当は唐揚げだったかもしれないし、もっと脂っこいもんかもしれん。でも記憶を刺身にしたらば、記憶の中では揚げ物が2日連続じゃあないってことになる。人というのは、そうやって記憶を書き換えて、豚カツを食う都合をつけるんじゃ」
「なんだそりゃ。揚げ物2日連続だっていいだろ。それに初恋の話は関係ねえだろ」
「初恋はなぁ、綺麗な思い出として仕舞っとった方がええ。それを現実見てみい。思い出の中じゃあ可憐な美少女だったもんが、数十年したら幻滅するもんじゃ。家庭を持ってるかもしれん。老化して見栄えだって悪くなっとるかもしれん。なんじゃ、この目の前のババアは。だから記憶は記憶のままで都合よくとっておいて、目の前のババアはあの淡い思い出の子とは別人じゃ、と思う方がええ。そうやって都合よく記憶のと繋ぎ合わせたり、切り離したりするもんじゃ。そこの記憶を捻じ曲げたところで、誰も損する奴なんかおらん。人というのはそういうもんじゃ」
「それって、松田のバアさんのことか?」
和尚は目を丸くして下を向き、頬を赤らめた。
「気持ち悪ぃな。いい歳こいて照れてんじゃねえよ」
「違う。その子と松田のバアさんは、別人じゃ」
どうやら捻じ曲げられない記憶もあるらしい。しかし、なぜこんな話になっているんだ。俺はジジイに何を質問して、ジジイは何を答えているのだ。
「どこまで話したかな。話を戻そう。ヒロキが目の前から消えたところまで話したかな」
俺は双六でサイコロを振り、もう少しでゴールというところで「3マス目までもどる」という目を出してしまったらしい。




