松下 劉弦
第95話 天馬の真相
「毎日がそれなりに楽しくて忘れとった。ワシャ、コイツを殺したんだ。ヒロキがくだらねえことが元で他の組の奴を殺しちまったから、その組とこれ以上揉めねえようヒロキを始末することで手打ちにしたんだ。悪ぃのはヒロキなんだが、ワシャあ組のことしか考えないでアイツを守ってやらんかった。そんな考えもおきんかった。それがワシの罪だ。忘れとったけどコイツは幽霊だ。ワシを恨んで化けて出てきたんじゃ。呪われたって仕方あるまい。小指飛ばしたって許されるわきゃあない。ワシャ、コイツの好きなようにされるしかない、そう思ったんじゃ。『すまん』謝ったって仕方ねえが、その言葉しか出てこん。したらアイツは『なんで若頭が殺ってくれなかった』って。『悪いのは自分で、若頭に迷惑かけちまったから、せめて若頭の手で終わらせて欲しかった』となぁ。ワシャ自分の手でヒロキを殺る責任から逃げたんじゃ。ワシの手で殺してやるのが、ワシの責任じゃった。ヒロキの死ぬところを見たくないから逃げたんじゃ。それがワシの1番の罪じゃ」
1番の罪。見て見ぬフリをすること。なにかしてやることはなかったかと足掻くこと。他人や周りのせいにすること。その思いが、過去の自分と重なる。
「ヒロキはなぁ。最後に『俺は若頭の役に立ったのか』と聞いてきおった。自分が組員だった時に役に立っていたのか、手打ちのことで自分が死んだことが役に立ったのか。そう聞きたかったんじゃろう。『お前は役に立った』そう答えてやるのが精一杯じゃった。ヒロキはなぁ、それを聞いて満面の笑顔で『それなら、よかったです』そう答えたんじゃ。それで『今までお世話になりました』と語尾の方は聞こえんくなったが、スゥーっとその場から消えていった。ワシはそれを最後に、もう泣いとらん」
そのヒロキという子分は、それが聞けたことによって、もうこの世に心残りがなくなったのだろう。だから、消えた。死を受け入れた。むかしの俺が聞いたら、そんなファンタジーな話あるか、と嘲笑っていただろう。今の俺なら否定できない。
天馬は今朝いなくなっていた。昨晩、消えたのだろう。アイツの心残りは、弟とミフユさんという女、その息子のナツオのことだったんだろう。自分のせいで不幸にしてしまった。そう思っていた。それが許されたから、もうこの世に留まる理由がなくなった。
「アイツは、なんで死んだんだ?」
「アイツ?」
「天馬のことだよ」
和尚へ向けた質問に、一休が代わりに答えた。
「天馬さんが来て、しばらくしてから調べたんですが、天馬さんは長野を出た後、ヤクザ者に殺されたそうです。犯人は天馬さんが兄弟分の仇で殺した人の舎弟だったそうです。兄貴分が殺されて組に自分の居場所がなくして、その後足を洗ったが半端者の元ヤクザというと社会へ出てもうまくいかず、ほとんど路上で生活していた男です。仇打ちというより、逆恨みでしょう」
ヤクザの話なんか自分には縁のない遠い世界の話かと思っていた。それが和尚や天馬のせいで物凄く身近な話になってしまった。ヤクザ者と一般人。別世界に見えていても、挫折、復讐、逆恨み、どの世界にも同じだ。天馬を殺したヤクザ者の気持ちをわからないと言ったら嘘になる。みんな誰かのせいにしたい。その方が気持ちが楽なのだ。
「天馬さんは昨晩、出ていかれました。最後に少しだけお話をしました。天馬さん、ナツオくんのことが気掛かりだったみたいです。本当の父親から暴力を受け、父親の代わりになってくれそうだった奴は何も言わずに消えてしまった。大切な自分の母親が傷つけられて、大人の男に不信感持ったり、自分が母親を守るために結婚しないなんて言いかねない。家族像に幻滅して普通の大人になれないんじゃないかって、ずっと気にしてたそうです。それともう1人自分のために不幸になってしまったんじゃないかと、弟さんの方も心残りだったそうです。その弟さんがナツオくんのお父さんになってくれた。大切な人を大切な人が守ってくれている。もうそれでこの世になんの未練もないそうです」
そこにミフユさんの名前を出さないのが、アイツなりの強がりだ。そこは突っ込まないであげよう。最後に一休と話したというのが珍しい。俺に一言もなく消えやがって。嫉妬とは言わないが、少なからず腹立ちはある。
「最後に、そんな身の上話、よくお前に話したなぁ」
「ああ、僕も自分の秘密を打ち明けたので」
「なんだそりゃ。中坊の修学旅行か?」
天馬が最後に俺に言わなかった理由はわかっている。言えなかったのだ。俺はあの日、蓮実と自分たちの異変に気づいた。天馬の客が来てると知りながら、自分たちのことで一杯一杯になり、それどころではなかった。
「それにしても弟家族は、朝すんなり帰っていったなぁ」
どういう経緯で天馬が消えたかは理解した。けれど、もう1つ腑に落ちない点が、それだ。
「すんなり、とはどういうことですか?」
「昨日までいた天馬が、朝いなけりゃ、おかしいとは思わなかったのか。アイツらも天馬が死んだこと知らねえんだろ」
どう説明したらいいか、と言うように一休は口を真一文字に閉じて、ふぅー、と鼻から息を吐いた。
「多分、理解なさってると思います。けど、記憶は書き換えられてると思います。昨日は天馬さんの墓参りに来た、そういう感じになってると思います」
「はぁ?なんだよ、その《《そういう感じ》》って。かなり曖昧だな」
「ですから、昨日あの夫婦は天馬さんの墓前で懺悔したんです。そこで許しを乞うた、そういう記憶になってると思います」
「いや、お前ら、客間で話してただろ」
「それは、そうなんですけど。そうとも言い切れないです。客間で話してたかもしれないし、墓前で話してたかもしれない」
「なんだ、そりゃ。お前、言うことが段々和尚みたいになってきたぞ」
一休は態となのか、フフフッと和尚みたいに笑った。続けて和尚もフフフッと笑う。
「劉弦さんたちが優禅さんが作ってくれた料理を食べる、檀家さんたちと話す、依頼された復讐代行の仕事を遂行する。それって劉弦さんたちには実感がありますよね。でも、それが現実かどうか。それはわかりません。全て記憶の話です」
何を言ってるのか、さっぱりわからない。




