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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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92/120

松下 劉弦

第92話 ジジイの昔話(2)


「雲仙さんも優禅さんもワシと同じだ。施設で育ってたから、2人も行き場所がないって。なにもせんとブラブラしとったワシにくっついてきおった。あの2人、なんかワシに懐いてきてなぁ。親子ほど離れてるワシについてきたって、なぁんも面白かないだろうに。2人とも親がいないから、ワシのこと親父の代わりかと思ったのかのぅ。2人が親父だと思ってんなら、また自分の組でも作ってみるのも悪くない。どちらにせよ、この土地には用がないから、どっか他の県へ出ようってことになって。知らん土地に行っても右も左も分からんから、たまたまこの静岡が小さい頃住んどった記憶だけはあってなぁ。親を訪ねるなんて気持ちはこれっぽっちもねえ。ワシを捨てた親なんかまるっきり興味もねえからなぁ。のうのうと幸せに暮らしたったら、ブッ殺いてしまうかもしれん」


 言葉の端々に『悪和尚』の部分が垣間見える。いつもニコニコと笑顔を保たせているのは、この『悪和尚』を隠すためなのかもしれない。


「親に会う気持ちもなけりゃあ、顔も覚えちゃいねえ。歳も取ったし、会ったって分からん。ただなぁんとなくなぁ。小さい頃住んでたところを、ちょっとだけ見たくなってなぁ。そいで朧げな記憶の中、この辺だったかなぁ、というところにはマンションが建っておった。悲しさとか寂しさとかは無かったねぇ。無いなぁ。ただ無いなぁって思った。なんの目的もなく、ただそこにあるもんだと思って無いと知ったとき、衝撃を受けるというより、なんの気持ちの揺れも感じない。あれ?なんかあるじゃろ。ワシはなんも思わないんか。人の気持ちってもんは、こんなに無になれるもんかなぁ。なんじゃ、この気持ちは。お前も、そういう気持ちになったことはないか」


 なんの話をしてるんだ。なんで俺たちのことが見えるのか聞いたら、いきなり身の上話を始めて、ジジイ、ちょっとボケ始めているのか。

 ただ、ちょっとだけ、ジジイが言ってることはわかる。それを知る前は、どうしてもそれがなければいけないとか考えたことなくて、むしろ面倒臭えから無くてもいいやとか思う時もありながら、無いと知った時。それを受け入れられない、でも無いってこんなもんか。無ではないけれど、なんかこんな感じか、と他人事のように受け止めている部分もある。地に足が着いていなくて、フワッと浮かんでいる感じ。今、まさにそんな感じだ。


「それで、この辺をプラプラしとってなぁ。腹が減ったから3人で定食屋で飯を食うことにした。ム所から貰った作業報奨金が少しあるから、しばらくは大丈夫だけど、そんな端金じゃあ生きてけねえ。とりあえず食べたくためにゃ仕事するしかねぇ。雲仙さんと優禅さんは社会経験がないから、と言ったって元ヤクザのワシだってまともな仕事に就いたことがねえ。履歴書なんか知らねえし、どうやったら就職できるか分かんねぇ。やっぱりヤクザやるしかねえのかなぁ、と思ってたところ、『もしかしたら、ケンちゃん?』なんて馴れ馴れしく声かけてくる奴がおってな。お前さんたちも知ってる松田のバアさんだよ。ありゃあ、ワシの幼馴染でなぁ。ワシも40代だったから向こうも40代なんだけどなぁ。久しぶりに会って、『なんだ凄えオバさんになってんじゃねえか』って言ったら、『アンタも凄えオジさんだよ』って言って、やっと自分と繋がりのある人間を見つけたのよ」


 やたら親しげなババアだと思ってたら、ジジイの幼馴染だったのか。


「でな、バアさんの家呼ばれて、こっちの身の上話をしたのよ。元ヤクザだった話やらム所にいた話やら。それで仕事が無えっていったら、『丁度いいから、アンタに聞いてもらいたい話がある』って。仕事の話かって聞いたら、まあそんなもんだって言うんだが、あのバアさん、その後変な事を言うのよ」


 和尚は得意気になって身を乗り出して話した。説教の時もそうだ。ここから、とっておきの話だからと注目を浴びるように言葉を溜める。


「ババアがさ、『仕事って言やあ仕事だけど。もし頼めんならアンタたち《《4人に》》頼めないかねぇ』って」

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