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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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最終章 有無同然〜金や名声や生命、それはそこにあるのか  松下劉弦

第85話 辻褄


 朝から慌ただしく、浅川紗千絵は天馬がどこへ行ったか知らないか、と騒いでいた。コイツは気づいてないから、まだ詳細は話すべきではないだろう。さあな、と曖昧に答えておいた。


 天馬の弟家族は、朝のお説教に参加してから帰り支度を始めた。和尚はゆっくりしていけばいいと言ったが、天馬の弟は会社の有給を3日しか取れなかったらしい。せっかく静岡まで出てきたので、富士山を見てから帰るのだそうだ。富士までの電車の行き方を聞いていたが、和尚はこう答えた。


「ああいうものは近くで見るよりも、遠くから見た方がいい。近くで見ても、ただの地べただぞ」


 まったく。行きたいと言っている人間に品のない答えだ。素直に行き方くらい教えてやりゃあいいのに。なんとも捻くれたジジイだ。


「国道1号線を静岡駅から東に向かって走ってくと、東静岡駅辺りからが綺麗に見えるぞ」


 本人たちは、せっかくの静岡だから思い出作りに5号目まで行ってきたとかの体験が欲しいだけなのに。車で来てねえのに聞いてねえ情報を与えても仕方ないだろ、とウンザリする。天馬の弟夫婦も苦笑いだ。


「なあ、ボウズ。物は全貌を見なきゃいかん。一部分だけ見て知った気になっちゃあいかん」


 坊さんがガキに向かって《《ボウズ》》と呼んでいるのって、笑うに笑えない。


 笑えない理由は他にある。

 俺は気づいてしまったのだ。思い出してしまった過去。彼らに構っている暇はない。蓮実のことが気になる。


 きっかけは一昨日のメールだ。蓮実のところに届いた相談のメール。メールの文面には、思い出したくもない名前が記されていた。蓮実を精神的に追い詰めた奴だ。以前蓮実が勤めていた会社の上司。


 それは今の奴の部下からの相談メールだった。奴からパワハラを受けている、会社は辞めたくない、復讐して奴を辞めさせたい、と。

 依頼人は女性。蓮実と同じようなパワハラを受けていることが書かれていた。復讐したいという彼女の気持ちと俺たちの気持ちがリンクしてしまう。


 ここで、俺もようやく気づいた。

 展開が都合が良すぎる。


 俺たちも、この復讐代行というなんだかわからない仕事に虚しさを感じ始めていた。

 ハラスメントの相談メールなんて次から次に湧いて出てくる。1つ解決してもまた出てくる。果たして、それは解決に至ったのだろうか。なにが善でなにが悪か。それは俺たちで判断できるものなのだろうか。最初の頃は、世のため人のためだと、信じて疑わなかった。

 だけど反感を買う言い方になってしまうが、正直飽きていた。


 そんな時にこのメール。これを最後に終わらせろ、とでも言われているようだ。

 むしろ止める理由を探していた。

 最後に、俺たちを苦しめたあの野郎を痛い目に合わせることができたら終わりにしてもいい、と心のどこかで思っていたに違いない。


 そのタイミングでのこのメールに、俺は違和感を覚えた。


 蓮実も俺と同じような顔をしていた。どうやら蓮実も気づいたらしい。

 蓮美の机の上からノートパソコンは消えていた。




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