松下劉弦
第86話 俺たちに実態はない。
「蓮実も、気づいたのか」
蓮実は椅子に浅く腰掛け、肩を小さくして頷いた。
「天馬くんは?」
不安気な表情を俺に向ける。校則違反がバレていないか同級生に確認してる学生みたいな顔だ。べつに俺たちは悪いことなんかしちゃいない。
「アイツは、もう行った」
不安を煽らないよう、事実だけ伝えた。
天馬と一緒に過ごしたこの3年は、それなりに楽しくやっていた。その3年が、ふっと無かったことのように消えた。その3年というのは、実質の経過年数なのか。俺たちは、もしかしたらずっと立ち止まっていたのかもしれない。全ての輪郭がぼやけている。
俺と蓮実は、あのことがあってしばらくしてから、ここへ辿り着いた。そして天馬と一休に出会った。
ここで復讐代行なんて思いついたのも、その上司のハラスメントがきっかけに過ぎない。
ハラスメント専門の相談サイトを作りたい。言い出したのは蓮実だった。俺は蓮実が前向きになれるならと思って、承諾した。そして彼女はカウンセリングの資格を取った。
だが、相談に乗れば乗るほど彼女は自分の無力さを痛感した。
誰が実際に手を下さなければ、そういう奴はわからないんだよ。それは俺の発案か、天馬が言い出したことなのか、はっきりと思い出せない。多分、俺が口にしたことを、天馬が悪ノリで実行しようとしたのが始めだった、と考えるのが正解に近い。
そんなことをして仏さんに許されるのか。まず最初にそう思った。ここで世話になっていると、やはり《《仏さんの目》》というのが嫌でも気になってしまう。和尚に話したところ、気の済むようにしなさい、という返事だった。
試しに、1人の相談者に復讐の案を持ちかけると、縋り付かれた。復讐代行を実行した。なんとも言えない充実感だった。相談者に結果を伝えると、泣いて喜ばれた。俺は良い行いをしたと満たされた気持ちになった。
そして復讐代行を繰り返した。一時は満たされるのだが、また虚しい気持ちに襲われる。復讐代行をしていることが、自分の気持ちを代行しているに過ぎない。それに気づいても、もう止めるきっかけがない。
自分の本当の復讐を果たさなければ、なにも満たされないのだ。復讐代行なんて、タバコや酒と同じだ。ほんの一瞬の自慰行為みたいなもんだ。
もう終わらせたい。蓮実もどこかで、そう思っていたのに違いない。2人の気持ちが一致したこの時に、都合よく来た相談のメール。これは相談者の依頼ではない。俺たちの想いなのだ。
これは初めから全てなかったことと考える方が自然だ。
その方が辻褄が合う。
俺たちには実態がなかったのだと。




