表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
PR
83/120

浅川 沙千絵

第83話 舜


「私はそれから綾人さんのことを変に意識してしまって。最初は無愛想だったけど、少しずつ打ち解けてくれて。ナツオと遊んでるのを見てると、この人が父親になってくれればなぁって思って。また私の悪いところが出てしまった、綾人さんに無理やり付き合わせるようになってしまった。だから綾人さんがいなくなったのも、私がしつこくしたせいだと思って。でも、綾人さんが急にいなくなって、ナツオが凄く寂しがって。せめて最後にもう1度、ナツオと遊んで欲しかった。ナツオのせいにばかりしてるけど、私自身も諦められなくて。だから探したんです。工場長に聞いても、綾人さんの素性はわからないと答えられました。家族じゃないから警察に聞いても教えてもらえないだろうけど、ダメ元で警察に聞いてみました。親切な警察官の人がいて、『本当は教えちゃいけないんだけど、この人は元犯罪者だから関わっちゃダメだ』って言われたんです。なにか過去にあった人なんだろうな、というのはなんとなく感じていました。警察では身元までは教えてくれませんでした。興信所に行って、捜索まで依頼するお金はなかったので、身元だけ調べてもらいました。それで、綾人さんの実家のある岡山まで行ったんです」


 彼女はそこまでを一気に捲し立てるように喋った。


「そこで、舜さんと出会ったんです」


 あー、そこで弟さんに乗り換えちゃったのね。兄弟だから少なからず似ているところもあるし、元犯罪者で元ヤクザの天馬さんと比べれば、弟さんの方は真面目で身綺麗だ。弟さんの方がナツオくんの父親になってもらった方が世間体できにもいいに決まってる。ここまで彼女が話した内容は、全て言い訳にしか聞こえない。


 天馬さんはタバコを取り出し、火を点けた。客間は禁煙だったはずだけど、それを咎める雰囲気ではなかった。周りを気にしたのか、縁側に出て外を向いてタバコを吸っていた。白いTシャツが背中にピタッと張り付いている。うっすらと透けて見えている阿修羅観音が、なぜか寂しそうに映った。


「俺から。俺が好きになったんです」


 今度口を開いたのは、舜さんだった。


「ミフユが兄ちゃんを探しにウチに来たんです。どうせ俺がバスケ辞めたことや、服役していたこと気にして、兄ちゃんは絶対帰ってけえへんってわかってた。でも、どこで何をしているかずっと気になっとって。それなのに俺は兄ちゃんを探さなかっんかった。父さんは頑固だから探すな言うけど。父さんは俺に気遣つこうて兄ちゃんを許すことができんかったんだと思う。でも父さんや母さんだって、探したかったんだと思う。だからミフユと必死に探したんだよ。でも手掛かりは何一つ見つからなかった。それで利休さんが訪ねて来てくれるまで、俺たちは何も......」


 そこまで喋ると、天馬さんは舜さんの言葉を遮った。


「もう、ええって。お前らは、なんも悪うない」


 舜さんの方言混じりの言葉に釣られて、天馬さんも少し方言が出ていた。ワタシの知らない天馬さんが見えた。


「年頃のナツオ育てんのに、そんな暇ないやろ。行方知れずんなった兄弟探しとるより、お前らの生活の方が大事や。それよりも、ナツオ。随分大きゅうなったなぁ」


 天馬さんは吸い終わったタバコを指先でピンッと弾いて、吸い殻を境内に飛ばした。後で、利休くんに小言を言われるぞ、と思ったが口を挟む雰囲気ではない。


「アイツ、バスケしおんねん。俺に懐かなかったけん、バスケ教えてくれって、俺のこと父親とは思うてないけん、バスケの師匠だって言うてくれたけん」


 振り返った天馬さんの顔は、少し笑みを携えていた。


「お前のバスケは天才やけん。ナツオが上手くなるのも教え方が上手やろ。で、お前、なんで足引き摺っとる」


「あ、これか!これはな、大学の頃、友達の車乗ってて事故ってん。金は保険入っとったから大丈夫だったんやけど、後遺症がなぁ。だから、バスケ辞めたんも、兄ちゃんのせいやないけん。どっちこっち、俺にはバスケ続ける運命やなかった。だから兄ちゃん、俺のことは気にせんでいい」


 なるほどね。何があったか知らないけど、天馬さんは舜さんがバスケできなくなっちゃうようなことをしたわけね。それで責任感じちゃってて、弟さんに会えなかったのね。


「でも、俺は元ヤクザで殺人犯や。お前の怪我がなくても、俺はお前らや家族に迷惑かけた」


「もう、そんなんどうだっていいよ。元ヤクザで殺人犯だって、兄ちゃんは兄ちゃんや。父さんも母さんもそう思うとる。そんなことよりも、俺は兄ちゃんのことを裏切った。そっちの方が悪いことやけん」


 天馬さんは縁側に座って、こちらに背を向けている。舜さんも縁側に足を引き摺って、近づいていった。天馬さんの背中に膝をついて呟いた。


「兄ちゃん、本当ごめん」


 ミフユさんも幽霊みたいに音も立てずに舜さんに近づき、隣にしゃがんだ。


「綾人さん。悪いのは舜さんじゃないの。悪いのは、私。私の方が甘えていたの」


「違う。俺はミフユと一緒になるために、兄ちゃんを探しているフリして、どこかで見つからないことに安堵してた。心配はしてた。けど、本気で探してなかった。やっと会えたんも、こんななってからじゃ。今になって謝っても、もう遅いけん。俺はズルい。本当、ごめん」


 天馬さんはタバコに火を点けようとしたのを止め、立ち上がって振り向いた。膝をつく2人を見下ろした。2人の言葉を噛み締めるように眉間に皺を寄せていた。

 しばらく誰も動かなかった。さっきまで生温かった外の空気に、ものすごく冷んやりした風が吹き込んだ。少し汗ばんだ肌に寒気が走った。


「あ、そういうことかっ!」


 天馬さんがその空気を破るように、なんとも間抜けな軽い声をあげた。舜さんとミフユさんが、屈んだ体勢のまま顔だけ上げた。

 天馬さんは2人の前に屈んで、2人の肩に優しく手を置く。


「全部思い出した。お前らは、なんも悪くない」


 2人の背中の間から、天馬さんの顔が見える。

 あんなに角の取れた優しい笑顔を見たことがない。天馬さんは、まるでお釈迦さんのような優しい目で、2人の肩を優しく撫でていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ