浅川 沙千絵
第82話 ミフユ
「綾人さんがいなくなって、ナツオが凄く落ち込んじゃって。私も落ち込みましたけど、慣れてるんで。男が離れてくの」
重い口を開いてミフユさんが最初に切り出した言葉は、その言葉だった。
「私、しつこいんですよね。特に男の人に対しては、凄くそう。学生時代に友達から、アンタは男に対して執着が凄い、って言われたことがあって。そんなつもりじゃないんですけどね。しつこ過ぎるから、男の人もみんな逃げてっちゃう。でも、好きになったら、止められないっていうか。あぁ、それをみんなは執着って言うんでしょうね」
ミフユさんは自嘲して、哀しそうな笑顔を浮かべた。
「元の旦那、ナツオの父親ですけど、彼も私から離れていきました。私って、重いんですよね。そんな私に嫌気がさしてきたのかな。浮気するようになって、それで私もしつこくそれを咎めて。そうすると、どんどん離れてくんですよね。でも、離婚を切り出したのは私からなんです。私がしつこいから、暴力振るうようになっていって......。ナツオが私を庇おうとしたんです。ナツオにまで手を上げたので、ナツオのために......、ナツオのために別れたんです」
彼女はどういう心境なのだろう。天馬さんと舜さんの前で、この話をする神経がわからない。ナツオくんのためとは言っているが、そこに後悔も見える。同情もするが、苛つきも感じた。彼女の話を聞いていて、なぜこんなに苛つくのだろう。
「ナツオは父親があんなになったのは、自分のせいだと思ってるみたいです。自分がお母さんの味方をしたから、お父さんを怒らせてしまったって。お母さんは悪くないって。自分が不甲斐ないばかりに、私はあの子から父親を奪ってしまった。私が浮気を見て見ぬふりができれば、あの子にそんな思いをさせるなんて......、母親失格です」
なんでだろう。苛ついてしまうのは、このゆっくりと溜めてから喋る話し方のせいなのか。
「だからナツオのために生きよう。そうやって決めたんです。シングルマザーになって、工場で働き始めました。同僚の男の人に誘われても、ちゃんと断ってきました。養ってくれるっていう人もいたんですが、それも断りました」
どうしよう。自分でモテるとでも言いたいのか。同情する気持ちはあるんだけど、内容が鼻について同情してあげられない。
「工場勤めも慣れてきた頃、綾人さんと知り合いました。最初の印象は、ムスッとしていて、少しとっつき難い人だな、って。その時は、この先関わりはないだろうと思っていました。でもある日に、仕事が終わって息子を児童クラブに迎えに行って、その後近所のスーパーで買い物してたんです。そこでバッタリ綾人さんと会ったんです。相変わらずムスッとしてました。同僚なんで一応挨拶はしたんですけど、うんともすんとも言わないで離れていこうとしました」
そこでミフユさんは、フフフッと笑って、上目遣いで天馬さんの方を見た。目が合った天馬さんは、照れたように顔を背ける。
「そうしたらナツオが『あのオジちゃん誰?』って聞くから、『会社の人よ』って普通に答えたんです。買い物が終わって外に出ると、スーパーの外の喫煙スペースで綾人さんがタバコ吸ってたんです。そこへナツオが走っていって、『おじちゃん、ママの彼氏?』なんて言うんです」
またフフフッと笑った。そっぽを向いていた天馬さんも、むかしを思い出したのか小さく笑った。
なんだ、この違和感は。2人で思い出話に浸って、舜さんの存在を忘れてはいないか。それにミフユさんの他人に媚びたような甘ったるい声で『〜んです』という語尾が付く話し方が、妙に癇に障る。
「ナツオが自分から男の人に近づいていくなんて、本当に珍しくて。ナツオの父親が私に暴力を振るうところを見てるもんですから、小さい頃は大人の男の人に怯えていました。でも、綾人さんには違ったんです。なんででしょうね。べつに愛想がいいわけでもないのに、ナツオが声かけたってぶっきら棒で。でも、子供にはわかるんでしょうね。本当は優しい人だって」
彼女のことを良く思えない理由がわかった。彼女はどことなく、後輩の美幸に似ている。気づいたら名前まで、ちょっと似ている。美幸は活発で明るく、ミフユさんはどちらかというとおとなしい感じ。全く正反対の見た目なのだが、男の人に縋って生きてるような感じがした。彼女がワタシに何かしたわけではないのに、ワタシは彼女に裏切られたような気がしてしまう。




