浅川 沙千絵
第78話 再会(1)
ワタシは利休くんたちにエコバッグを指して、「優禅さんに渡してくる」と断り、台所へ行った。
匂いの元はコーンスープ。シンクにトウモロコシの芯が大量にあった。これを裏漉しして作る本気のコーンスープ。流石は優禅さん。
「玉葱と牛乳、それと生ニンニクのチューブですよね」
「ああ、ありがとう。そこに置いといてください」
「天馬さんは?」
鍋をゆっくりとかき混ぜている優禅さんは、「リビングにいませんか?」と首を傾げた。火を止めようとしたので、「大丈夫です。自分で探してみます」と優禅さんに言って、リビングを覗いてみた。
天馬さんの姿はなかった。
弟さんが来ていることを早く知らせてあげたいワタシの気持ちは、余計なお世話なのかもしれない。天馬さん自身は会いたくないのかもしれない。あれだけ他人の事に首を突っ込まないようにしていたのに、もしかしたらワタシの性分は《《お節介》》なのかもしれない。
天馬さんは劉弦さんたちと一緒にいるのかもしれない。蓮実さんの部屋に向かおうとすると、廊下で和尚に出会した。
「あ、和尚。利休くん、今帰ってきましたよ」
「そうですか。じゃあ、お客人も一緒に来てますか」
いつも通りの笑顔で和尚は言った。天馬さんの弟さんも一緒に来るのを、和尚も知っていたようだ。
「食事の用意もまだですし、客間へ通してやってください」
そう言ってニコニコした顔のまま、足音を立てずにスルスルと歩いていってしまった。いつも神出鬼没に現れるので、もしかしたらお化けなんじゃないかと思う。
客間へ通すように言われたので、それに従った。本堂の横にある玄関に向かうと利休くんが靴を脱いでいるところだった。高校生の息子さんも、母親の女の人も靴を脱いでいたが、弟さんは玄関の外で棒立ちしている。
「みんなを客間へ案内してって」
ワタシは利休くんに伝えた。利休くんは弟さんに何か声をかけたが、それでも弟さんは立ったままだった。
「先に奥さんと娘さんを客間に案内してきます」
利休くんはそう言うとワタシに目配せをして、親子を連れて客間へ行ってしまった。えー、ちょっと。ワタシにどうしろって言うの。
「あのー......、とりあえず上がりませんか?」
弟さんは「はい」と返事をして靴を片足脱いだところで、また躊躇っていた。片足だけ踵を出して爪先立ちして止まっている。「マイケル・ジャクソンかよ!」と突っ込む度胸はない。
「あのー、お兄さんと何があったんですか?」
《《天馬さん》》と言っても通じないだろうし、《《綾人さん》》と呼ぶのも気が引ける。
「兄さんは、怒ってますよね」
「?」
あれ?問題があるのは天馬さんの方じゃないのか。地元に居られなくなったと聞いていたから、天馬さんが家族や周りの人たちに迷惑をかけたのかと思っていたが。
「ワタシはよく知らないので」と適当な返事をしておいた。事情を聞いたら面倒臭そうだし、玄関での立ち話もしんどい。ともかく中に入ってもらって、面倒事から逃げたい。
「まあ、あなたが何をしたか知りませんが、お兄さんの方が迷惑ばかりかけてたと思うんで、そんなの帳消しじゃないですか。ははは......」
冗談なのか慰めなのか良くわからないことを言ってしまった。弟さんはクスリともせずに、ただ黙って下を向いている。あー、こういう重い雰囲気、すごく苦手。天馬さんは利休くんに腹を立ててたところ、「やっぱり利休さんが帰ってくるの、嬉しいんですね」なんて意地悪を言ってしまったけど、ワタシも天馬さんの気持ちに賛同する。
ワタシは利休くんが戻ってこないかと客間の方に目を向けると、客間から笑い声が聞こえる。なに談笑してんのよ!この状況どうにかしなさいよ。
そうこうしているうちに蓮実さんの部屋の方から天馬さんが歩いてくるのが見えた。ここは当人同士に任せれば問題ないか。
「なんだよ、こっちが心配してやってんのに」
天馬さんは頭をボリボリ掻きながら、1人でブツブツと文句を言っていた。蓮実さんか劉弦さんと揉めたのだろうか。
「あのー」
廊下を歩く天馬さんに声をかけた。天馬さんはチラッと客間の方に目を向けた。襖は閉まっている。
「誰か来てんのか?」
天馬さんがワタシに向かって言うと、隣にいた弟さんを見て動きが止まった。
「舜......。なんでお前がいるんだ」
弟さんはどこか気まずそうな顔で、「元気だった?」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。
その瞬間、客間の襖が開いた。
「あ!綾人のおじちゃん!!」
本名を呼ばれて振り返るが、そこに立っている高校生を見て天馬さんは何が何だかわからない顔をしていた。上から下までを何度も繰り返して見て、首を傾げている。
「誰だ、お前は」
高校生の子供を目の前に、俺はこんな奴知らん、とでも言いた気な面倒臭そうな視線を向ける。
「俺だよ。ナツオ」
名前を聞いて、眉間に皺を寄せた。記憶を辿るように床を見たり天井を見たりしている。まるで自分の頭蓋骨の中を探るように顔は動かさず、グルグルと目だけを動かしている。次第にゆっくりと片方の眉が上がり、だんだんと目が開いてきて、「あ!」と大きな声を出した。
「なんでお前がここにいるんだ!」
天馬さんは、ポカンと口を開けていた。弟さんとの再会を忘れてしまったのか、ナツオくんの方を向いて呆然と立ち尽くしていた。




