浅川 沙千絵
第76話 漢字の由来
天馬さんも背が高い方だが、天馬さんの弟と紹介された男の人はもっと背が高かった。180センチは超えていると思う。弟さんは誠実そうで、雰囲気だけ見ると似ていない感じがした。でも目元から頰の辺りはなんとなく天馬さんの面影が見えた。
足を怪我しているのか少し階段の上り方が独特だった。右膝が伸びないのか左足で1段上がり、右足をその隣に置く。左右交互に上らない代わりに、ピョコピョコと足の運びが早い。
現在怪我をしているというよりは、むかしの怪我の後遺症なのか。家族も見慣れているようで、それについては何も触れない。背が長いので、むかしバレーやバスケで怪我をしたのではないだろうか。
「足、大丈夫ですか?」
階段の中腹まで来ておいて、「大丈夫じゃないです」と答えられてもどうすることもできないが、なんとなく無視できなかった。
「大丈夫ですよ。むかし靭帯をやっちゃいまして」
天馬さんの弟は照れたように笑った。元スポーツマンの爽やかな笑顔だ。本当に天馬さんと血が繋がってるのか、と疑ってしまう。
「ねえ。綾人のおじちゃん、どこ?」
高校生くらいの男の子は、もの凄く目を輝かせて聞いてきた。《《綾人のおじちゃん》》とは、天馬さんのことか。このくらいの年頃の男の子は、みんな思春期で愛想がないものだと思っていた。この子は、そんなに叔父のことが好きなのか。天馬さんはむかし、この甥のことをえらく可愛がっていたに違いない。
天馬さんの本名は、辻村綾人というのか。
むかしの私だったら、すぐに字画を調べていたかもしれない。でも今は止めるようにしている。和尚に言われたからだ。
以前、口煩い檀家さんに嫌味みたいなことを言われて、その人の字画を調べた。お節介で、デリカシーがない、と書かれていた。なるほどな、と納得しているところ、和尚がその様子を除いていた。
『なんと書いてありましたか?』
スマホを見ている私に、和尚はいつもの笑顔で聞いてきた。ワタシがいつも字画を調べているのを和尚は知っていたようだ。いつもフワッとしているクセに、見るところは見ている。
『お節介で、デリカシーがない、って書いてありました』
ワタシは、書いてあることをそのまま伝えた。「嫁の貰い手がないなら、うちの親戚を紹介しようか」と檀家さんに言われた言葉に腹が立っていたので、少し乱暴な答え方になってしまった。
『ほほう。それは辛辣ですな』
和尚は楽しそうに笑った。
『名は体を表す、と言います。字画や漢字で、その人の為人が形成されていくでしょう。でもね、『氵』を3画で数える人もいれば、『氵』は元々『水』という漢字でできているから4画で数える占い師さんもいる。字画占いというのは、1画の違いで全く別の性格や運勢になってしまいますね』
べつにそんなに字画占いに拘っているわけじゃないけど、何も言い返せなかった。そんなワタシに和尚は更に続けた。
『沙千絵さんは「幸せ」という漢字の由来をご存知かな?』
「幸」の漢字は、この龍幸寺にも含まれる字。ワタシは首を振った。
『これは元々象形文字でな、《《人が手枷足枷をつけられた状態》》の文字なんですよ。むかしは罪人に対して残虐な刑が課せられた。だから、手枷足枷くらいならその方がマシ。酷い目にあわないだけ幸せ、という意味だったと言われておる。罪人が手枷の刑から逃れられたのも、そう言うようじゃ。本来の「しあわせ」は、運がいいとか、巡り合わせがいいという意味でなぁ。今で言う「幸せ」と、ちょっと違うなぁ。今では、子供に幸せになって欲しい、そういう意味を込めて名付ける時によく使われる字ですねぇ。この寺だって、そう。誰も自分の子が手枷足枷されるために付けるわけじゃない』
なんだか恐ろしい話をニコニコ話す和尚の方が怖い。
『名前の字とは、そういうもんです。親がその意味を知って付けても、知らなくて付けても、どっちでも良い。親がどんな気持ちで付けたか知っても知らなくても、付けられた本人がこれからどう生きるかなんてのは本人次第。字ばかりを見るのではなく、人そのものを見なさい』
ワタシはそれから、字画占いは見ないようにしている。




