辻 天馬
第74話 石コロ
さっきから浅川沙千絵が俺の視界にチラチラと入ってくる。何か用があるのかと声をかけようとすると、態とらしい何か思い出したような仕草で離れていく。なんだ、コイツは。
悲しいかな男の性で、浅川沙千絵の胸ばかり目で追ってしまう。用もねえのに俺の目の前でユサユサしてんじゃねえよ。
劉弦と蓮実の様子も気になる。明らかに俺に隠し事をしている。2人の間になにかあったのか。俺の知らない間にヨリを戻したのか。もしヨリを戻したのなら、テンションが低いのは辻褄が合わない。そんなに凹むくらいなら、ヨリなんか戻さなければいいのだ。
もしかしたら、お互いにもう気がないくせに、魔が差して関係を持ってしまったのか。まさか1度きりの過ちで、妊娠したとか。さっき蓮実は、夏バテかもなんてほざいてやがった。それは《《つわり》》じゃないのか。それで劉弦は和尚に相談してたのか。まさか、まさか、堕ろすつもりじゃないのか。和尚に、堕胎は宗教的に大丈夫なのかを確認しに行ってたとか。
べつに2人とも、今でも仲がいいんだからヨリくらい戻せばいいじゃねえか。死んだ娘に悪いとか思ってんじゃねえだろうな。むしろ堕ろす方が、娘に申し訳が立たねえだろ。周りのことなんか気にすんな。友人として、そう言ってやればいいのだろうか。
もしかして浅川沙千絵のことを気にしてるんだろうか。浅川は、十中八九、劉弦に惚れている。彼女の態度を見てりゃあ、なんとなくわかる。それに、周りは俺が浅川に気があると勘違いもしてる。そんな雰囲気だ。俺は彼女になんか惚れちゃあいない。ただ、長野にいた女に似ていただけだ。みんなは俺は長野でそういう女と暮らしたたことなんか知らないし、話そうとも思わない。
長野の女にとって、俺は出会うべき男ではなかった。俺なんかと一緒にいたら、彼女は不幸になっちまう。彼女の息子もそうだ。アイツも大きくなっただろうな。やけに俺に懐いてきて、可愛い奴だった。
べつに未練があるわけではない。つい最近までは思い出さないようにしていた。こちらが思い出したところで、やり直せるわけじゃない。やり直すなら彼女と出会う、もっと前からやり直さなければ意味がないのだ。現在あの親子が幸せな暮らしているのなら、それでいい。
せっかく思い出さないようにしていたのに、浅川のせいで少しだけ思い出してしまった。似てるからって、浅川が気を持ったのではない。むしろ逆だ。せっかく忘れかけていたのに思い出させて、鬱陶しい存在だ。それを目の前でデカい胸をユサユサとしやがるから、目のやり場に困る。惚れた女に似てなくても、あれは見ちゃうだろ。その悲しい男の性に、自分で腹が立ってくる。
くだらねえことを考えてしまった。頭に浮かんでしまうあの浅川のデカい胸の映像を、無理やり一休の坊主頭に切り替えた。あの頭を引っ叩くことだけを考えていよう。
竹箒で境内の砂利を平す。
この砂利たちは、いつからここにあるのだろうか。この寺が建てられた時に運ばれてきたのだろうが、そう言えばこの寺が建立されてからどのくらい経っているのだろう。まあ、たいして興味はない。意外に和尚が建てた新しいものなのかもしれない。
なにかしらの縁で、ここに流れ着いたのだろう。俺と同じだ。劉弦も、蓮実も、一休も同じ。浅川も、同じようにここに辿り着いた。あまりオカルトっぽいことは好きじゃねえが、なにかに吸い寄せられるように、ここに集められた気がする。
「なにこれ!凄え、丸くね」
遊びに来ていたガキが、石を拾い上げた。
「凄えツルツルじゃん!」
連れのガキが覗き込んで、嬉しそうな声をあげている。なにがそんなに嬉しいんだ。
「オレ、もっとツルツルの探す!」
せっかく平した砂利をまた散らけている。だか、そんなことでは腹立たない。俺だって多少、お釈迦さんの教えが身に染みてきている。小さなことで怒っても仕方がない。
石を拾ったガキは、大切そうに短パンのポケットにしまっていた。
砂利も1つ1つ違う。同じ顔はいない。だが、今ガキが持っていった石がどの石かなんて思い出せない。
どういう巡り合わせかこの境内に運ばれた石は、いつの間にか無くなっても気づかない。俺も、そんな石みたいなもんだ。
あのガキは、あの石をいつまで大切に持っているのだろうか。すぐに忘れてしまうかもしれないし、大人になってもずっと大切にしているかもしれない。
本堂の方から、いい匂いが漂ってくる。
もう、そんな時間か。




