辻 天馬
第71話 ビール
今日の訪問は松田のババアのところでお終いだ。
あの後は、フフフと定期的に笑う和尚の後ろを、ただついて歩いて帰るだけだ。松田のババアは、口が悪いが飲み物を出してくれたので、今日は脱水症状はない。だが、このクソ暑い中、こんなに歩いたら、寺に着く頃には既に喉が渇いていた。
一休がいないこの4日間で、檀家回りをする羽目にはなったのだが、唯一良いことと言えば、夕飯時のビールが格別に美味い。ビールの液体が砂漠のように渇いた喉に吸収されることを想像しただけで、帰る足が早くなっていた。歩くのが遅い和尚が焦ったかった。あんまりにもトロトロと歩いているので、抱えて帰ろうとさえ思ったくらいだ。
「利休さんから電話ありましたよ」
開口一番、雲仙さんが言った。そんなバカンス小僧のことよりも、今日の飯だ。油とニンニクのいい香りがリビングに充満していた。優禅さんは台所で大量の鶏の唐揚げを揚げている最中だった。マジで、ビールが飲みたい。劉弦の奴は「唐揚げにはハイボールだろ」と格好つけて言うが、間違いなく俺はビール派だ。
劉弦の野郎に文句を言おうと思っていたが、それよりも先にビールだ。もう、他のことなんか考えられない。俺は優禅さんの邪魔にならないよう、台所には入らず、忠犬のように唐揚げを待つ。優禅さんはこちらをチラッと見ると、愛犬を眺めるような優しい目で、「もう少しお待ちください」と言った。舌を垂らして「ワン!」と返事をしてしまうところだった。
優禅さんは微塵切りにしたタマネギと茹で卵を混ぜて、お酢とレモン、マヨネーズを取り出した。
「今日はタルタルにしますね」
あー、もうそんなことしなくていい。優禅さんのタルタルソースも美味いけど、今日の俺は、ノーマルな唐揚げでビールだ。
優禅さんは網状のオタマで唐揚げを掬い上げた。ステンレス網の乗っているトレイにドカドカと乗せていく。そして、先に揚げていたトレイの唐揚げを、さっと油に通す。2度目を短時間で揚げることで、衣サクサク中身はジューシーな唐揚げに仕上がるのだ。喉がカラカラなはずなのに、涎が出る。
優禅さんは鉄の菜箸で唐揚げを1つ挟み、小皿に乗せてくれた。そこにタルタルソースをかける。あー、かけないでぇ。親切に爪楊枝を刺してくれてある。
「それも食べてみてください。後で出す時は、天馬さんの分はソースかけないでおきますね」
うわぁ、なんという行き届いた心遣い。お言葉に甘えて味見しようとすると、台所に雲仙さんも入ってきた。皿など配膳をし、冷蔵庫のサラダを取りにきたのだ。
唐揚げを口に運ぼうとすると、雲仙さんは俺に掌を向け、ちょっと待て、のポーズをする。焦らすなよ、と思っていると雲仙さんは冷蔵庫からキンキンに冷えたビールグラスを出した。くぅわぁ〜、こちらもなんという心遣い。
俺は味見を少しの間おあずけして、キンキンに冷えたグラスを持って、家庭用のビールサーバーの前に立った。レバーを押す。この瞬間がたまらない。5分の4くらい入れて、残りの5分の1は、泡だ。今度はレバーを手前に引く。
あー、生きてて良かった。
グラスの縁ギリギリのところで揺れる泡を見ていると、辛抱たまらず一気に胃に流し込んだ。あー、生き返るぅ〜。ホップの苦味と炭酸が、俺の喉を苛めてくるぜぇ〜。
そして直後に口に放り込んだ唐揚げ。やっぱ、タルタルも美味い。疲れた体にお酢の酸味がありがてえ。熱い肉汁で舌が火傷しそうだが、そいつをビールで冷やす。最高だぜぇ〜。
ビールは二口で飲み切っちまった。優禅さんに視線を合わすと、「どうぞ」と目配せをしてくれる。
「生、生、生、生」
歌うようにサーバーからおかわりを注いでいると、劉弦が冷めた目で見てきやがった。
「お前が言ってると、変態みたいだぞ」
やっぱりぶん殴る、と思ったがビールを目の前にしたら、そんなことどうでもよくなった。




