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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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68/120

辻 天馬

第68話 奉公人のボヤキ


 この忙しい時にあのクソガキは出家だなんだって出掛けていきやがった。俺は不覚にも、和尚へのアイツの想いに感動してしまったが、アイツが四国へ行ったせいで、俺の雑務が増えた。お堂や境内の掃き掃除に加え、一休が担当だった和尚の部屋の掃除まで誰かが代わりにやらなきゃならない。檀家さんへの挨拶回りまで付き添わされていたなんて知らなかった。それに丁度お盆の時期なので、檀家周りの件数が多い。

 劉弦りゅうげんの野郎は、和尚の部屋掃除の方を選びやがって、俺が檀家さん回りに行く羽目になってしまった。一休も一休だが、劉弦の奴にも腹が立つ。

 このクソ暑い中、長袖の作務衣を着て1件1件回るのは、まさに苦行だ。俺は一休みたいに出家するつもりなんかないから、そんなもの耐えられない。和尚は呑気に「愛想良くしてなさい」と言う。汗一つかいていない和尚を見ると、このジジイの体の水分は枯れているんじゃないかと思った。檀家さんの家にあがり、軽くお経を読んで、たいした話でもない雑談をし、お布施という大金をいただく和尚が悪の化身に見えてしまう。


「前の若い子は、本当にニコニコして可愛らしい子でしたね」


 檀家さんの軽い嫌味までいただくことになる。和尚ばかりがお茶をご馳走になり、奉公人の俺は遠慮している。普段気を遣わない礼儀を気にしているのに、正座して待っている俺の不満は顔に出ているのだと思う。俺は檀家さんたちに、あまり良く思われていないことを痛感させられる。それにしても一休の奴は、こういう場面では愛想良くしてるのか。みんなアイツの本性を知らないだけだ。


 でも1番腹が立っている理由は、2日前の晩の電話を聞いてしまったからだ。

 こっちは何も飲まされないで喉が渇き過ぎて、脱水症状一歩手前まできていた。台所で蛇口に直接口をつけて水分補給してた時だ。夕飯の支度を始めた優禅さんの携帯が鳴った。優禅さんの受け答えで、相手が一休だとわかった。優禅さんが隣の応接間にいた和尚に携帯を持っていった。


「はあ、そうですか。それはそれはご苦労様」と労いの言葉の後、向こうの話に相槌を打つ。「ほう、ほう。それは良い志ですね」などと、いったい一休はどんな報告をしているのだ。早く用を済ませて帰って来い。


「君は、今まで旅行なんかしたことがないでしょ。まあ、こんな機会もないですから。修学旅行だと思って、ゆっくりしてきなさい」


 はあ?旅行?アイツは出家するために四国へ行ったんじゃないのか。


「こちらは、劉弦さんも天馬さんもいるんですから、大丈夫ですよ」


 何か言ってんだ、和尚。アイツはバカンスを楽しんでるのか。巫山戯るなよ。


 和尚と一休の電話を盗み聞きした後、一休に電話をした。用が済んだなら帰って来い、と言ってやろうとしたが、奴は電話に出ない。

 それにしても出家なんて1日でできるものなのか。和尚や優禅さんに聞いても、一休を外に出してる手前、はぐらかされるはずだ。劉弦に聞いたってアイツがわかるはずもなく、ネットで調べてみた。

 坊さんになるための資格はない、と記載されている。仏教系の学部がある大学、専門学校や通信教育、高卒でも寺院に2年以上の奉公でなれるようなことが書いてある。

 アイツは、なにしに四国へ行ってるんだ。和尚は、アイツに『修学旅行』と言った。アイツは両親から育児放棄され、まともに学校には行っていない。旅行なんて行ったことがないんだろう。俺は地元で中途半端にグレていたが、育児放棄なんかされてねえから、小さい頃は家族旅行も行ったし、学生の頃だってツレと楽しい思い出はある。

 アイツには、それがない。本人は、いたって気にしている様子もない。アイツにも思い出の1つや2つ作ってやったっていい。俺はアイツが嫌いなわけではない。生意気だからムカつくだけだ。

 10代最後に思い出作りもいいだろう。


 だが、俺が大変な思いをするのは、話が違う。

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