数原 利休
第67話 似た人
「ああやって、たまに俺らが顔出すと、組長の顔になるんだよ」
車の後部座席に座ると、桜庭さんは遠い目をして言った。
「お前の親父がいた頃ってのが、オヤジが1番輝いていた時代だったんじゃねえかな。だから、俺らが行くと、その頃に戻っちまう」
「あのー、僕、息子じゃないんですけど」
「あー、そうだった、そうだった。俺もボケできたかもしれんな」
そう言って豪快に笑う。
「あのー、車、どこ向かってるんですか?辻村の家なら、場所教えてもらえれば、自分で行きますよ」
「歩くにゃ遠いぞ。遠慮するな。なあ、テツジ」
テツジさんは元ヤクザと思えない優しい笑顔を向けた。
親切な押し売りだ。これも田舎特有のものか。もう今日は疲れたので、どこか泊まるところを探して、天馬さんの実家はまた後日にでもしたいのに。僕には、特に急ぐ理由はないのだ。
用が済んで早く帰れるのはいいが、あまりにも展開が早すぎる。こちらに着いて1日で辿り着いてしまった。
知ってる人がいなくて手がかりがない、住所を尋ねたが引っ越してしまってもう住んでいない、その後の消息を知る人がいない、既に亡くなっている、などの障害を想定していたが、ほとんど苦労なく到達してしまった。
そして目の前にある一軒家が天馬さんの実家。勝手に貧乏でボロボロの家を想像していたが、真新しい二世帯住宅。近所にはスーパーや飲食店が並び、住みやすそうな町だ。この実家の周辺は、わりと開けていて、なんだか拍子抜けしてしまった。
『辻村』と書かれている表札。桜庭さんがインターフォンを押した。
『はいー、あ、桜庭さん』
インターフォンのスピーカーから声。
しばらくしてドアが開いた。
「急にどうしたんですか?お久しぶりです」
男の人が出てきた。さっきのインターフォンの声の人だ。歳は40代前半といったところ、多分天馬さんの弟だ。
ドアが開くと、中から調味料の匂いが漂ってきた。夕飯の支度を始めるような時間だ。やっぱり明日にした方がいいんじゃないかと、改めて思うが僕のせいじゃない。
「ごめんねぇ。夕飯時かい?」
「いえ、まだ妻が作り始めたところで。父に会いに来たんですよね。いますよ。良かったら、上がってください。もうすぐ息子が帰ってきますので」
「おー、ナツオくんかぁ。会うのは久しぶりだなぁ」
「車で来てます?じゃあ、こちらへ停めてください」
彼は外履きのサンダルを履いて、玄関から出てきた。ひょこひょこと頭が動く。片足を引き摺っていた。
庭先のガレージには1台のワンボックスが停まっていた。隣のスペースが空いている。
「父ももう歳ですから、この間免許証を返納したので」
テツジさんが車を駐車していると、学生服を着た男の子がやってきた。背が高い男の子だった。僕よりも身長が高い。
「おかえり」
彼が言うと、男の子は小さな声でぶっきら棒に「ただいま」と言い、家に入ろうとした。
「ねえ。桜庭さんに挨拶は」
息子に「ねえ」と呼ぶのが少々気になったが、他人の家のことだから気にしないことにした。目を見ずにペコッとだけお辞儀をして、家の中に消えていった。
「桜庭さん、すみません。挨拶はしっかりしようって教えてるんですけどね」
「いい、いい、そんなもんは。高校生っていったら思春期だから、しょうがない。それにしても、大きくなったなぁ」
「まあ、バスケやらせてるんで」
「そうか、そうか」
玄関の方から女の人の声が聞こえた。
「桜庭さん、こんばんは。ナツオ、失礼がなかったですか?」
「ああ。いいの、いいの」
桜庭さんは機嫌が良く、少し照れた様子で手を振って答えた。桜庭さん、こういう地味目の人がタイプなのか。人妻だぞ。彼女は、少し天馬さんの弟よりも歳上に見えた。長い髪の人だった。歳の割にスタイルは崩れていない。その辺の40代と比べれば、綺麗なおばさんだと思う。
「もし良かったら、夕飯食べていきませんか」
桜庭さんは遠慮するが、作り過ぎたからというので、ご馳走になる流れになってしまった。料理の匂いがしたことで、空腹を感じ始めたところだ。
それにしても想定外のギャラリーがあるところで、天馬さんの家族といったい何を話せばよいのか。個人的に用もないし、かえってギャラリーがいた方が間がもつかもしれない。
彼女はテツジさんにも会釈をし、僕の姿を見て一瞬止まった。
「ああ、コイツか。この子は、綾人の息子だよ」
「え?」と大きな声を出したのは天馬さんの弟だった。
「兄は、結婚してたんですか?」
桜庭さんは、なんでこんな面倒なことばかり言うのだ。天馬さんの弟が驚くのも無理はない。だって、嘘なのだから。今度は組長さん相手のように嘘に付き合うつもりはない。
「違うんです。僕は、天......綾人さんと同じところにお世話になっていて、同僚みたいなもんです。まったく、親子とかそういうのじゃないです」
慌てて訂正する僕を見て、また桜庭さんとテツジさんは笑っている。もう、面倒臭い。
「でも、兄と同僚って。今、兄はどこで何をしてるんですか」
弟さんも、親子ではないと理解はしてくれたものの、音信不通だった兄弟の知り合いが、突然家に訪ねてくる理由がわからない。そんな理由、僕にだってわからないんだから。
「兄に、何かあったんですか?」
「ぜんぜん。ピンピンしてます」
「とりあえず立ち話もなんですから、上がってください」
僕たちは天馬さんの弟さんに招き入れられた。奥さんは、弟さんの後ろで驚いた表情を隠さないでいる。
どことなく沙千絵さんに似た雰囲気の人だった。




