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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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数原 利休

第66話 ヤクザスイッチ


「兄ちゃん。もっと、こっちへ来い」


 組長は、マフィアのボスがファミリーをハグするように、大きく手を広げて手招きした。まあ、ヤクザのボスなんだけど。


 僕が近づいて組長さんの前に立つと、腕や腰を両腕で挟むようにパリパシと叩いてきた。そして、指をクイッと曲げて、手首を振る。顔を近くで見せろ、というのだろう。僕はその場で屈んで、顔の位置を組長さんに合わせた。組長さんの分厚い掌が、ドンッと両肩に乗った。


「おう、おう。体もしっかりしちょる。んー、いい目をしちょる。綾人も、いい目をしとった」


 だから息子じゃないのになぁ、という気持ちを悟られないよう会釈をし、ありがとうございます、と返事しておいた。


「アイツは、若い頃の桜庭に似とった。いい極道になる目をしてたど。だけどな、アイツには悪いことをした。まだ兄弟の死を受け入れられんかった。それをアイツに教えてやれんかった。それがなかったら、今頃はウチでいい極道になってたかもしれん」


 組長さんが何を言ってるのかわからない。多分、そのことがきっかけで、天馬さんは故郷を捨てることになったのだろう。



「綾人は元気か。今、どうしちょる」


「今は静岡で、僧侶をやっております」


 全員の動きが止まった。3人から一気に視線を浴びる。僧侶というのは、まずかったのか?

 しばらくの沈黙の後、3人とも同時に笑い出した。


「ヤクザが、坊主か」


「元ヤクザが、死んだ人を拝むなんて、冗談にもなりゃしなえ」


「まあ、ヤクザも坊主も似たようなもんかも知れないですねえ」


 なにが可笑しいのか、3人は楽しそうだ。そんなヤクザがたちの冗談に、職員の女の人も普通に笑っている。ヤクザでも老人だから怖くないのか。


「死んでる人の数を見てるのは、お坊さんの方が多いですよ」


 職員の女の人は慣れているようで、冗談まで参加してきた。しばらく笑っていいのかわからないような冗談が含まれた談笑が続いた。


「それで兄ちゃんも、坊主なのか」


 組長さんは、蚊帳の外になっている僕に話を振ってきた。この話の流れで、僕が坊主頭なら、誰でも察しのつくところだろう。


「はい。これから出家します」


「ほう。大出世じゃねえか」


 これが出世と呼ぶべきものなのかわからない。和尚にお世話になり、時間が経ち、自然の成り行きとしか考えられない。


「それで、坊さんになる前に1度、お爺ちゃんお婆ちゃんに会いに来たのか」


 お爺ちゃんお婆ちゃん?と思ったが、そう言えば僕は天馬さんの息子ということになっているんだった。「まあ、そんなところです」と曖昧に返事しておいた。


「生意気な物言いも、綾人にソックリやなぁ」


 この人たちは20年以上も経って、そんな下っ端の記憶が本当にあるのだろうか。天馬さんがいなくなった後だって、いろんな人の出入りはあっただろうし、天馬さんだけ特別なわけがない。そんなに鮮明に覚えていられるのか。


「この後、辻村さんのところへ連れていってやるつもりです」


 桜庭さんが言うと、組長は「こんなところへ寄らずとも、モタモタしねえで早く連れてってやれ」と急かした。


「辻村さんたちは、先月もお見舞いに来てくれたばかりだ。早く退院してご挨拶したい。兄ちゃん、よろしく言うといてくれ」


 組長さんは、そう言って自分の太腿の辺りをパンパンッと叩いた。ボケて介護施設に入れられたのではなく、足の不調で入院していると思っているようだ。自分がボケているとは思ってもみないのだろう。


「じゃあ、そろそろおいとまします」


 桜庭さんとテツジさんが膝に手を突いて頭を下げるので、僕もつられてマネしてしまった。


「ワシが早く治るよう、神様にお願いしとってくれ」


 お寺は神様じゃないんだけどなぁ、と思うのだが、これを普通の人に説明するのも面倒臭いのに、ボケた人相手じゃもっと面倒臭いから、「はい」と素直に返事をしておいた。


「あと、兄ちゃん」


 急かすわりには引き止めてくる。寂しいのか。


「《《家族》》は大切にせえよ」


 組長さんは車椅子の上で踏ん反り返り、ここ1番のドヤ顔でお別れのセリフを言った。

 僕らはもう1度頭を下げて、職員の女の人に会釈して、この場を後にした。


 廊下に出て振り返ると、覇気のない目で職員が持っている籠にタンバリンをしまっていた。スイッチが切れたように、さっきまでの威厳はどこかへ行ってしまっていた。




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