数原 利休
第64話 家族というものは
陽は西に傾き始め、日差しはより強くなっていた。
午後の日差しは午前のものと比べて色濃く重く感じる。車内の空気中の水分が熱せられ、まるでお湯にでも浸かっている気分だ。
「すみません、暑いっすね。すぐクーラーで冷やしますんで、ちぃと待っててください」
テツジさんは車のエンジンをかけると、カーエアコンを全開にしてドアを閉めた。日差しは暑いが風がある分、外の方がマシだった。
彼は電子タバコにスティックを挿し、電源を入れた。磯臭い潮風にプレハブの小屋。田舎の風景と電子タバコを加熱待ちしている元ヤクザの姿がマッチしない。電子タバコが田舎の風景に合わないのか、元ヤクザに合わないのか。こういう場合は、紙タバコの方が合うんじゃないかと思うのだが、ご時世だから仕方がない。
「あ、すみません。お兄さん、喘息持ちとかじゃないっすよね」
「大丈夫です。僕の周りにも平気でパカパカ吸う人がいますので」
それは天馬さんのことだ。僕が電子タバコをじっと眺めていたので、テツジさんは気にして言い訳がましいようなことを話し始めた。
「味がわかんなくなるからって、料理長にも怒られるんすけどね。しばらく禁煙してみたんですけど、ガムや飴とかで口を誤魔化すと、結局口内炎ができたりして。そっちの方が味がわからのぅなるんよね」
機械音がして、車がブルンと震えた。
「まあ、料理長はむかしタバコ吸ってた人だからな。タバコ吸ってる奴見るとイラつくんだろうな。電子タバコにいたって大差ないだろうけど。それにな。家族が禁煙しろってうるさいんだよね。タバコ臭いだ、息が臭いだって。家族だから、健康を気にしてくれてんだろうけどね。家族に心配かけちゃなんねえから」
彼の言うことに何か引っかかった。僕はガムや飴で口内炎ができたこともないし、紙タバコと電子タバコの違いもわからない。だけど、1番わからないのは《《家族》》というところだ。
「家族だと、なんで心配かけちゃいけないんですか」
人に心配かけることは良くないことだとわかる。だけど、なんで家族だとダメなのか。テツジさんの言う家族というものは、血の繋がりだけのことを言っているのか。
「そう言われちゃうと、なんでかな?やっぱり、将来息子、娘に迷惑かけとうないですからね」
テツジさんも説明していて、自分で首を傾げている。答えていて自信がないのか。
世の中は《《家族》》ということだけで、大した理由もなく、いろんなことを片付けてきたのだと思う。それで《《家族》》という縛りの中で色んな揉め事も生まれてきたのではないか。それなのに《《家族》》というものを明確に説明できる人に会ったことがない。
「テツジさんも組にいた時、組員は《《家族》》だったんですよね」
「そうそう。組長が親父でカシラが兄貴。やっぱりカシラには迷惑かけれないし、困ってる時は助けたい。そう思うんやないですか」
血が繋がっていないのに、親子や兄弟の契りを交わす。家族の意味もわからない僕にとって、なぜ《《家族》》という枠に嵌め込みたいのかがわからない。親子や兄弟の契りを交わすのは、迷惑をかけないようにするという一種の契約みたいなものか。そうなると契約を交わしていない生物学上の親子は、何をもって制約されているのか。ますますわからない。
海外のマフィアも仲間のことを《《ファミリー》》と呼ぶ。人はどこの国に生まれても、みんな考え方が同じなのだろうか。
自分を産んだ親を考えてみても、なんとも思わない。むしろ最近では顔も思い出せなくなっている。
和尚たちのことを考えてみる。こちらは《《ファミリー》》の方か。和尚にはお世話になっているし、迷惑はかけちゃいけないんだろうけど、そこに健康を気遣うという感覚が湧かない。僕が体調を崩したところで、劉弦さんも天馬さんも心配しないだろう。もし天馬さんが不治の病にかかっていたら、ザマアミロ、と思うだろう。
「待たせたなぁ」
桜庭さんは光沢のあるグレーのダブルのスーツで登場した。まるでアルミホイルを着ているみたいだ。この暑いのに、通気性が悪くはないか。
桜庭さんと僕は後部座席に乗った。しばらくエアコンをかけていたせいで、車内は充分な温度に冷えていた。
「組長さんって、お身体が悪いんですか?」
施設というからには、体を悪くしてリハビリをする所にいるのだろうか。それとも、あとは1つしかない。
「あぁ、オヤジももうボケちまってるからな。ホームだよ、ホーム」
やっぱり老人ホームか。組長が老人ホームというのはイメージが湧かない。そういう人は、そういうところにおとなしく入るものなのか。それとも問題ばかり起こすトラブルメーカーになっているのだろうか。もしかすると、自分が誰なのかもわからなくなるまでボケてしまっているのか。
テツジさんの言い方だと、定期的にお見舞いに行っているようだ。桜庭さんやテツジさんのことは判断できるくらいなのだろう。しかし、そんなボケた人に、僕は会って何を話せばいいのか。
桜庭さんの方を見ると、ニンマリと笑った。
「ボケても、オヤジはオヤジなんだよ」
乞うご期待、とでも言いた気な笑みだ。桜庭さんも、和尚も、どうして僕を人に会わせたがるのか、いまいち釈然としない。




