数原 利休
第62話 桜庭の過去(2)
ガラガラ、ガタン、ガラガラッ。
戸が開く音がした。
「若頭」
出入りに年配の男の人が立っていた。白髪混じりではあるが背筋は桜庭さんよりシャンとしている。桜庭さんよりは若い。50歳くらいに見える。若頭と呼んでいるから、元組員なのだろう。彼は、風呂敷包を持っていた。
「おう。テツジ」
テツジと呼ばれた男の人は、僕を見て少し戸惑っていた。僕と桜庭さんとの関係性がわからなかったのだろう。人探しで、ふらっと立ち寄っただけたので、関係性は無関係なのだけど。彼は遠慮がちに、そろりと近づいてきた。
「お客さん?ご親戚か誰かですか?」
「いや、そうじゃねえんだよ。まあ、座れ」
元子分が現れたことで、桜庭さんは僕と2人の時よりも背筋がシャンとし、眼光が鋭くなった。
テツジと呼ばれた男は、ソファに僕と1人分のスペースを開けて、隣に座った。目の前のテーブルに風呂敷包を置いた。
親戚ではないと言われては、余計に関係性がわからない。相手はただでさえ幼く見られてしまう僕だ。親戚じゃなかったら、いったい誰なのだ。もしかしたら隠し子か、それとも隠し子が産んだ孫か。そんな感じで色々考えて目が泳いでいる。結果、相手が誰であっても兄貴分の客人だということで纏まりがついたのか、「どうも」と丁寧に会釈してきた。いえいえ、僕は単なる通りすがりの者ですけど。
「えーと、そう言えばなんだったかな?」
どうやら自分の思い出話をしているうちに、僕が何で訪ねてきたら忘れてしまったようだ。
「あの、人探しで」
「そうそう。兄ちゃんは人を探してるんだったよな。そうだった」
桜庭さんはそう言って膝を叩いて立ち上がった。
「人探しなら、このテツジも力になれるかもしれねえ。コイツは、今は岡山市の《《一流ホテル》》のレストランで副料理長をやってんだ。ホテルなら色んな人がくるからな。兄ちゃんが探してる人を知ってるかもしれない」
テツジさんは半泣きのような顔を向けて、必死で手を振っていた。
「ぜんぜん。普通の観光ホテルです。ただ経営者の身内だってだけですよ」
「なーにを言ってやがる。俺ら世界だって、料理の世界だって同じだろ。実力社会だ。血筋で上に上がれるもんじゃない。お前がうちの者の中で、1番の出世頭だ。そうだ、外は暑かっただろ。今、冷てえもん出してやる」
「カシラ。いいっすよ。俺には気ぃ遣わんでください」
桜庭さんは、テツジさんが止める手を振り払って、また奥のキッチンへ向かっていってしまった。テツジさんはソファから腰を浮かせた状態で止まっている。
かつての兄貴分に客人扱いされるのは御法度なのか、気にして中腰のままの体勢でいるが、この人ももう歳なのですぐに膝が震えてきている。
「いいんじゃないですか。座れば」」
見ていて居た堪れなくなったので、座るように促してみた。べつに自分の家でもないのに偉そうに見えてしまうとか、僕はあまり気にしない。
「いや、ですけど......」
「なんだか桜庭さんも、嬉しそうですよ」
この人を見ていたら、自然とその言葉が出てきた。他人に気持ちに気づいたことに、自分でも驚いた。でも、この人たちを見てたら直感的にそう感じた。
「お兄さん、そう言えば人を探してるって?」
「そうです。辻村さんってご家族を探してるんですが」
辻村、と呟いて腕を組んで頭を傾げた。
「どっかで聞いた名前だなぁ」
そう言いながら、テツジさんは風呂敷を開いた。中から大きなタッパーが1つと小さいタッパーが6つ。半透明のタッパーからは料理が入っているのが見えた。
「今日は休みだったんで、朝から腕を振るっちまいましたよ。あっ、でもこれは昨日出た店の余りってことにしとってください。カシラ、態々作ってきた言うと、ごっつい怒るんですよ」
テツジさんは人差し指を唇に当てて、小声で言った。
「カシラ、むかし食えない時期があったらしくて、食い物は粗末にすんなって。食えるだけで有難ぇんだから、持ってくるなら残飯にしろ!って。こんな暑い日に昨日の残り物じゃあ傷んじまうんですよ。まあ、でもカシラには美味いものを美味い状態で食うてほしいからね」
桜庭さんが戻ってきたので、テツジさんは慌てて話を止めた。
「なんだよ。俺には内緒の話か?」
「いやいや、探してる人の話ってのを聞いとっただけですよ。それよりも、カシラ。うちの料理の残り物持ってきましたよ。こっちのタッパーは保存用です。夏ですから、冷凍保存しとってください。こっちの大きゅうのは日保ちせんので、今晩にでも食うちゃってください。保存用のやつは、こっちが茄子のあんかけでご飯にかけて食うと美味いです。こっちは......」
テツジさんは料理の説明で誤魔化した。
「いつも、悪いなぁ」
「カシラが食べてくれるんなら、こっちも余らせんで済みますんで、助かっとるんですよ」
テツジさんは一通り料理の説明をすると、冷蔵庫に向かって、小さい方のタッパーを冷凍庫に入れた。桜庭さんは大きい方のタッパーの蓋をあけた。鶏モモとピーマンが見えた。照り焼きのようだ。桜庭さんは鶏モモを1つ摘み上げて、肩に放る。
「なんだ、こりゃ。美味いな。ちょっと酢がきいてるのか」
「そうっすね。お酢は防腐効果があるんで、夏場はいいんですよ。それに、美味いし」
「どうだ。兄ちゃんも食ってみな」
桜庭さんは僕にタッパーを差し出す。僕も1つ貰った。
甘酢とケチャップの酸味が程よく、それなりに美味しかった。そんな感想になってしまうのも、いつも食べている優禅さんが作るものが美味過ぎて、テツジさんの料理への感動が薄れてしまう。
テツジさんは、タッパーを冷凍庫に仕舞うついでに冷蔵庫の中を整理していた。
「カシラ、きゅうり傷んでますよ。これ、捨てますよ」
「バカヤロウ。もったいねえだろ。その白いところ洗えば食えるんだよ」
「なに言ってすか!もうグチャグチャになってるじゃないですか。こんなもんで腹壊したら、もったいないもクソもねえですよ」
「バカ。俺は大抵のもの食ったって、簡単には腹壊さねえよ。そんなヤワじゃねえんだ。ったく、小姑みてえにうるせえなぁ。なあ、兄ちゃん。もう1個食いな」
僕は素直にもう1つ食べ、柄にもなく「とても美味しいです」と社交辞令を口にした。たしかに美味いが特別と言うほどでもない。しかし、桜庭さんにとっては、きっと特別に美味いものなのだろう。そこにはテツジさんの愛情が籠っている。そして、愛情なんて感想が出ることに自分で少し戸惑う。
あ!と突然、テツジさんは大声をあげた。
「なんだよ、今度は。冷蔵庫に死体でも入ってたか」
ヤクザが言う冗談なのだろうが、こちらにはキツ過ぎる。
「お兄さんが探してる辻村って家族、綾人の家族のことですか?」
たしか天馬さんの本名は、辻村綾人だった。やはり天馬さんはこの組に関係があったのだ。
「兄ちゃん、綾人の知り合いか。もしかして、綾人の息子だったのか」
また田舎特有の勘違いが発生してしまった。1つの手掛かりに辿り着いたと思ったが、まずはこの勘違いの訂正をしなければならない。




