数原 利休
第60話 独り言
「ご飯とか、どうしてるんですか?」
桜庭さんを見ていて、つい口から出てしまった。普段は他人のことなんか気にならないのに。
桜庭さんは見たところ70歳を越えているのか、和尚と同じような年齢に見える。背筋はシャキッとしていても、顔や首筋の皺でそのくらいの年齢ではないかと推測される。こんなお爺さんが、こんなボロ小屋で1人でご飯を食べているのか、と思うと少し胸が締め付けられた。なんだ、この感覚は。
あまり気にしたことはなかったのだが、お寺での食事は決まった時間に全員で和尚を囲んで食べる。それが当たり前になっていた。
桜庭さんが1人で食事している姿を想像した。この人もむかしは組員がたくさんいて、食事は大勢で摂っていたはずだ。現在は1人しかいない事務所で、どんな気持ちでご飯を食べるのだろう。
「自炊してるよ。1人で暮らすようになって、普通の食事くらいは作れるようになったんだよ」
一人暮らしのお爺さんが言うと、なんだか不憫に思えてくる。1人でいったい何を作っているのだろう。そういう職業じゃあ、まともに年金なんか払ってないだろうし、食費はどうしてるのだろうか。
「そんな心配そうな顔すんなって。たまに元組員が野菜とか魚とか、食材を持ってきてくれるんだよ。今じゃまともに漁師になったり、スーパーで働いてる奴もいる。町を出て、ちゃんとした会社員になった奴もいるぞ。みんな、たいしたもんだ」
桜庭さんは、まるで親が子供を自慢するような満足気な笑みを浮かべた。テレビやマンガの世界しか知らないが、ヤクザというのは組長のことを『親父』と呼んだりする。桜庭さんは元組員にとって親みたいなものなのか。
「桜庭さんは訛ってないけど、地元の人ではないんですか?」
「ああ。出身は......」少し言い淀んだが、僕の顔を見てフッと笑った。
「君は、なんで俺の名前を知ってんだい?」
「港の人たちに、むかしからここに住んでる桜庭さんっていう人がいるって聞いたので。むかしのことなら桜庭さんなら知ってるかもって」
「ああ、そうかい」
桜庭さんは、そのことにはあまり興味がなく聞いただけだという軽い返事をした。そして思い耽るように天井を見つめてから、「神奈川なんだ」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。もしかして、彼にとって過去の話は触れてはいけないものだったのかもしれない。
だけど、たまたまふらっと立ち寄った身も知らずの子供相手に隠し事をしてても仕方がない、と思ったのかポツリポツリと独り言のように話し始めた。




