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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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50/120

浅川 沙千絵

第50話 毎日がスペシャル


 劉弦さんを含めて、3人で詳細の打ち合わせをした。

 2人はワタシの話を真剣に聞いてくれた。復讐の作戦を立てるなんて子供じみた題材だけど、ワタシの頭にはいろんな案が浮かんだ。なんの抵抗もなく、思ったことを発現できた。

 劉弦さんも遠慮なく意見を言ってくる。そんなことはできない、そうハッキリ言い返すこともできた。今までのワタシは遠慮ない言葉を浴びせられると、なぜそんなことを言うのだろうと考えているくせに、当たり障りないよう肯定も否定もすることができなかった。ワタシの口から発する言葉は自分の意見ではなく、相手に求められている言葉だけ。そこに自分の意思などなかった。

 でも、この人たちには言い返せる。嫌なものは嫌だとハッキリ言えばよかったんだ。そんな当たり前のことに気付かされた。

 最初は気乗りしていなかった天馬さんも意見を言ってくれた。意外にワタシをフォローしてくれるのは、天馬さんの方だった。劉弦さんは、天馬さんが嫌がらせを考える天才だと言っていたが、辱めを受けるような嫌なことを提案してくるのは劉弦さんの方だ。もしかしたら彼は性格が悪いのかもしれない。


「いや、それは彼女には無理なんじゃねえか」


「なんだよ、天馬。お前ならいつももっと変なこと思いつくだろ。お前が止めるなんて、らしくないな」


「違うだろ。この子にはまだ無理だって」


「こんなこともできねえなら、俺たちの仲間なんて務まんねえよ。なあ、浅川さん」


 劉弦さんは、ワタシを揶揄からかっていると言うより、天馬さんを揶揄っているように見えた。冗談でも下品なことをさせようとする劉弦さんに、脈ナシであることを突きつけられているようで萎えるし、腹が立つ。


「ちょっと、2人とも。ちゃんとワタシの話、聞いてます?2人には刑事の役をやってもらいたいんです。わかりました?」


 ヘラヘラして巫山戯ふざけている劉弦さんと、不貞腐れてそっぽを向いている天馬さんに一喝した。


「そんなんで、本当にうまくいくか?」


「俺は、その旦那を誘惑すること自体、反対だぞ」


「なんだよ、お前。それじゃあ話がフリダシに戻っちまうだろ」


「だって、その旦那はすぐ女に手を出すような奴だぞ。家で2人っきりになることが危険じゃねえか」


「もう!2人とも黙ってください。これでいきますから!」


 ワタシたちは、早速蓮実さんに相談者へアポを取ってもらった。翌日、奥さんと打ち合わせをし彼女の許可を取れれば、早ければ明日から実行に移すつもりだ。

 3人で話しているうちに外が暗くなり始めていた。帰り支度を始めていると、部屋の外からいい匂いが漂ってきた。


「沙千絵ちゃん、帰っちゃうの?」


 蓮実さんに声を掛けられた。もう下の名前で呼ばれた。ワタシも頭の中では蓮実さんと呼んでいたのでおあいこなんだけど。カウンセラーだからなのか、相手との距離を縮めるのが早い人だな、と感心した。


「うちの僧侶がね、夕飯作ってくれたんだけど、食べていかない?」


 肉の焼ける匂いだ。ワタシはあまりグルメではないが、匂いだけで期待させられてしまう。

 今日は母になにも言ってこなかったから、夕飯の支度をしているかもしれない。確認のために母に電話すると「今から作ろうと思ってたんだけど、何食べたい?」と言う返事だった。外で食べてくると告げて電話を切った。


「じゃあ、遠慮なくいただいてもいいですか?」


 蓮実さんは人懐っこい笑顔で頷いて、台所まで案内してくれた。図々しいかなとも思ったが、この匂いを嗅いでしまったら断ることはできない。そしてダイニングルームに着くと、また驚いた。お寺に見合わないと言うと失礼かもしれないが、高級なレストランのように食事が並んでいた。

 頭に手拭いを巻いた背の高い男の人が、皿を運んでいた。


「どうぞ。お掛けになってください」


「アナタが作ったんですか?」


「私じゃなくて、優禅さんがいつも作っているんです」


 奥の御勝手を覗くと、もう1人似たような背の高い男の人がフライパンを振っていた。ステーキの上にフワフワした白い物が乗っていた。その上に卵黄が乗っている。多分白いのは、卵の白味をメレンゲ状にした物だろう。クレソンが乗っている夕食なんて家庭料理で見たことがない。ワインセラーに冷やした赤ワインまで用意されていた。お坊さんが、こんなに贅沢な洋食で、しかもお酒まで並んでいるというのが不思議な感じがした。


「今日は、なにか特別な日なんですか?」


 ワタシが訪ねると、小さなお爺さんが笑いながら近寄ってきた。彼のことを、みんなが和尚と呼んでいた。


「私たちには、毎日が特別な日なんじゃよ。なんでもなく普通に暮らせる、そんな普通に暮らせることが特別じゃないか」


 ハハハハハー、と気持ちいいくらいの大きな声で笑いながら長テーブルの《《お誕生日席》》に座った。

 ワタシは蓮実さんの隣に座らせてもらった。


「あのね。ご飯の前にちょっとだけ、和尚の長い話があるから。少し、我慢してね」


 蓮実さんはそう小声で言って、クスッと笑って肩をすぼめた。しばらくして和尚の話が始まった。天馬さんはフォークで肉の端を突いたりして、つまらなそうな顔で聞いていた。双子みたいな体の大きいお坊さんは、雲仙さんと優禅さんだと紹介された。彼らは、和尚の話に絶妙なタイミングで頷いたり笑ったりしていた。和尚は上機嫌で話し終え、早速の食事となった。

 まずはスープをいただく。見た目はジャガイモのビシソワーズかと思ったら、ほんのり甘い味がした。上に浮いているものがクルトンかと思っていたら、柔らかかった。それは桃の果肉だった。ビシソワーズ自体もほんのりピンク色だ。カリカリに焼いたフランスパンの上にアンチョビとチーズ。トマトのリゾット。ずっと気になっていたステーキは、卵黄を潰してメレンゲと絡め、焼き加減がレアな肉と一緒に口に入れると、自然と笑みが溢れてしまう。


 美味しい料理を前に天馬さんは、坊主頭の男の子と小競り合いをしている。坊主頭の子は小学校高学年か中学生くらいだろうか。きっと和尚のお孫さんだろう。そんな子供と言い争いをしていることに驚いたけど、「いつものことよ」と蓮実さんは楽しそうに笑う。お世話になっている和尚のお孫さんにそんな態度でいいのか、と思うのだがお孫さんの方もかなり生意気な態度で、言い争いでは若干天馬さんの方が負けているところが滑稽だ。


「どうぞ」


 そんな彼らを眺めていると、雲仙さんがワタシのグラスにワインを注いできた。自然とお酒も進んでしまう。


 この人たちは、こんな料理を毎日食べているのか。和尚は毎日が特別な日だと言っていた。こんな美味しいものばかり食べていたら、毎日が特別じゃなくなってしまうのではないか。

 面倒臭いことを考えるのはやめよう。今は、この料理を楽しむのだ。


 食事を終え、ワタシは久々に酔っていることに気づく。


「私の家、すぐ近くだから泊まっていきなよ」


 蓮実さんは気軽に誘ってくれた。ワタシはその言葉に甘えることにした。彼女の家はお寺から歩いて15分ほどの距離にある2DKのアパートだった。彼女の部屋でシャワーを浴び、彼女に着替えを借りた。背格好が同じくらいなので、パジャマのサイズも同じだった。彼女はワタシにベッドを勧めるが、さすがにそこまでは甘えられない。「なんか修学旅行みたいね」と楽しそうだった。ダイニングに置いてあったソファを寝室に持ってきて、並んで寝ることになった。


「毎日、楽しそうですね」


 彼女は「そうね」と言ってフフフと笑った。


「毎日、あんな感じなんですか?」


「和尚はね、日々生きてることが幸せなんだって教えてくれたの。昨日と同じ今日なんて無いんだって」


「でも、あんな贅沢しちやっていいのかな、って思っちゃいました」


「みんな、最初はそう思うよね。和尚はね、諸法無我って言うのよ。お釈迦さんの言葉で、あらゆるものには実体性がないってことなんだけど。まあ、世の中いろんなことが決まってるんだから、身も心も流されちゃう方がいいよ、って意味でもあるらしいよ。だから、1日1日が特別な日なんだって。意味、わかる?」


 なんかそんなような歌があったなあ、と思ったが誰の何という歌かは思い出せなかった。よくテレビのCMで流れていた気がする。でも、そのCMが何のCMかも思い出せなかった。


「なんか言い訳っぽいですね」


「そうね」


 ただただ楽しい1日だった。そんな感じで修学旅行の女子トークのような夜を過ごした。話疲れて、そのまま寝てしまった。劉弦さんとのことは聞けなかった。








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